霊鉄のヴァリアント 4
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翌日、僕は彼女の服を着替えさせた。幸い近県から時折遊びに来る妹のために、こちらでストックしている服があった。
彼女が纏っている金属のように鈍く輝いている服? の様なものは彼女が持っている正方形の金属と同じ性質のようで、それは彼女の「脱納」の命令に従って彼女の左上腕に集まってリングの形になった。
彼女はそれを僕の目の前で行ったが一応背中は向けていた。後ろから僕は見ていた。本来なら目を逸らさなければならなかったが彼女の見事なまでに均整の取れた肢体と女性らしい丸みを帯びたふくよかさの中に強く「戦闘」を意識させる何かに僕の視線は奪われていた。
(第二世代の戦車の……………まるで避弾経始のような体―――綺麗だ)
「私の装甲は脱いだぞ、次どうすればいい」
「(装甲だったのか…)この服を着て。僕の妹のだけど」
そう言って僕は彼女に黄色のワンピースを渡した。
「ただの薄い布じゃないか………もし襲われたらひとたまりもないな」
「いや、襲う奴、滅多にいないから………安全だから安心して」
僕たちは広島行きリニアの定刻である9時に間に合うよう早目に改札口に向かったが先輩と勝、良子は既に集まっていて僕たちを迎えた。
先輩の麻里衣は僕の前に進み出てこう言った。
「勝から聞いたんだけど独り者のキャプテンにも春が来たんだってぇ………この子か」
「彼女はネフェリィム・ヴァリアント。一昨日、長野で知り合いになったんです」
麻里衣は僕を通り過ぎるとネフェリィの周りをぐるりと一周した後、挨拶した。
「私は島崎麻里衣、キャプテンと同じ学内で一級上なの。専攻は鉱物化学…………まあ、それはいいか――――それよりネフェリィさん、貴女とても綺麗ね。それと怒ると多分怖い人になるかな」
「何で麻里衣先輩が知ってるんです? 勝には言ってなかったけど」と僕は聞いた。
「以前、そんな人と一度だけ旅行したことがあるの。お兄ちゃんの友達と一緒に………今回、行先も同じだなんて奇遇よね。そう思わないキャプテン―――」
「マリイ、だったかな? お喋りな女は嫌われるぞ。私たちは宿営地の移動をしているんだ。気を抜くな――――ハジメ、チーフはお前だ。皆を早く乗り物に乗せろ」
ネフェリィは少し語気を強めて言った。こっちの世界のゆっくりとした雰囲気に馴染めていないようだ。
全員、ネフェリィの言葉にどう対応してよいのか分からず黙った。
僕は勝から渡された切符を持って全員を定刻のリニアへ乗せた。全員が席に着いたところでネフェリィは次のように言って足をテーブルの上に投げ出した。
「悪いが寛がせてもらうぞ」
舞い上がるスカートの裾からナマ足と脚の付け根に目が行く。
「ウワワァッ!」
僕は叫ぶと慌てて彼女のスカートの裾を引っ張り脚の付根が見えないように隠した。
彼女は下着を着けていない。上はジャケットで目立たなくすることは出来たが下は用意ができなかった。
「ネ、ネフェリィ―――こっ、ここでそういう事はダメなんだよ。この世界では兵士には礼節が求められるんだ…」
「軍規か…私も兵士だから――――まあ、仕方がないな」
そう言うと彼女はスッと脚を下ろした。
僕は皆の方を向いて様子を伺ったが見たのか見なかったのか誰も何も言わない。恐らく皆は気が付いたのだと僕は感じた。
勝がバッグに手を突っ込んでゴソゴソと何かを探している。
勝はカードの様なものをネフェリィに渡した。
「君の渡航証明書、パスポートだ。ここでは有効な武器になる」
「この薄い板が、か?」ネフェリィは光に当てて透かして見たりした。
麻里衣が彼女にこの世界の戦いについて説明をした。
「あなたが居た世界は力で勝敗を決していた時代…ここの世界と時代は敵味方であっても共生しなければやっていけない社会構造なの。それぞれの国が軍隊を持っているけどそれを前面に出して行使する国はないわ。
世界のパワーバランスは軍事力じゃなくて経済が支配している…この時代の戦いは経済で勝つための情報戦や産業の創出力をどう維持していくかに掛かっているの」
ネフェリィは少し下を向いて目を閉じるとフッと薄笑いして次のように言った。
「マリイは戦いの本質を理解していない。戦闘で敗れた者は生きて行けないんだ、私は自分が生きるために戦ってきたんだ」
「聞いていて何か空しい感じがする…」と麻里衣は言った。勝と良子も下を向いたまま黙っている。
僕が学生である以上、頭に思うだけでも嫌だが(それは自分の事も言っているから)、その日を楽しく生きる学生を前にネフェリィは歳こそ下だが格の重さは遙かに上に感じた。
(多分この子はギリギリのところで生きてきて後ろを振り返る余裕なんて無かったんだ……)
確かに悩みや苦しみは人に歩んできた重みを持たせる。だが、それは人が幸せになる事とは関係がない。
僕は席を立ちネフェリィの手を引っ張って立たせた。
「僕はチーフとして君に話がある。ちょっと、来いや」
皆は一斉に僕を見た、皆は僕の癖を良く知っている。僕が何かに集中したり本気の時は田舎の訛りが出ることを――――
僕は彼女を連れて化粧ルームへ入るとこう説明した。
「僕たちは宿営地を移動している、でも戦争をするためじゃない。お互いの理解を深めるために一緒に旅をするんだ。この世界ではこういうことを『旅行』って言うんだ。
君の居た世界とは全然違うかもしれないけど今は皆と楽しく過ごそうよ。」
彼女は洗面台の鏡の方を向いたまま答えた。
「自信は無いな……私は皆が言っている事がよく理解できないんだ。言葉を労して面白いのか?」
「じゃ、聞くけどネフェリィは戦闘が楽しいのか」
「私は戦人だ。戦うことが私の本分だが―――楽しくはない」
「君がしてきたことを部屋で脅された時に僕は知った。それだけで僕は死ぬかと思ったんだ………普通に考えても償いきれない程の罪だ」
彼女はカッと目を開くと僕の肩を掴み壁に ”バンッ“ と叩き付けると首を絞めつけた。
「知った風に言うな‼ 私たちは『神』から自分を守るためにアベルの血の復讐者を打ち倒すことを許されているんだ――――ハジメっ、それ以上しつこく言うと殺すぞっ!」
「グゥゥ、ゲㇸッ―――好きにしろ…………君に殺られるなら………理由も……付く………」僕は遠のく意識の中で彼女の顔を見たがそれは歪んで見えた。
「そんな顔で私を見るな―――クソォッ!」
そう言うと彼女は手を放して退き、後ろの壁へ背中を着いた。彼女は壁にもたれる様にしてその場に崩れると床に手を着いて肩で荒い息をし始めた。
僕もその場に崩れたが腰を引き摺るようにして彼女に近づいた。僕は彼女の背中を手でさすりながら労るように言った。
「ごめん、ネフェリィ…誰だって好きで人の命に手を掛ける人間なんていない………君の気持ちを理解できていなかった……僕は最低だ」
深い鎮痛を帯びて僕たちは皆の居る席へ戻った。列車は既に減速を始めていて窓からは広島の郊外が見えた。
リニアが広島駅へ滑り込むとそこからバスに乗り呉港へ向かい、そこで更に船に乗り換えて目的地の愛媛県松山へ向かう。
時速七百キロを超えるリニアに乗っていた時間より船に乗っている時間は遙かに長い。
僕とネフェリィはデッキから瀬戸内の海を見ていた。
列車で揉めてから彼女は余り喋らない。僕はどうして良いのか分からなかったが、それでも横に居てやりたかった―――いや、僕自身が彼女の横に居たかったのか…………
僕は横に居る彼女の肩に手を回して昔の話をした。
「あそこに島が見えるだろう、小さな島だ。僕が高校生の時、あそこで死に掛けたんだ」
「盗賊か何かに襲われたのか?」
「襲ってくるのが人とは限らないよ………イモガイにやられたんだ、毒性の強い種類の貝だった。
僕は高校の最後の夏にカヤック………小さな船だ。それでこの海を渡っていたんだ。二日目にあの島で停泊していた。翌日に艇を出そうとしてその貝に刺されたんだ、僕は一端、浜に上ったけど吐き気と痛みに襲われて気を失ったんだ。そのままだったら命を失ってた……」
「……どうやって助かったんだ」
「僕の実家に着いてから話そう………」
「分かった、後で話してくれ、それと―――――手を……」
そう言うと彼女は肩に回した僕の手を握った。
僕は慌てて手を引っ込めようとすると彼女は僕の手を引っ張ってこう言った。
「このままでいい、暫くこのままで居たい…………こうしてくれていると落ち着く」
この時、やっと僕は気が付いた。彼女はこの世界に来てからずっと心の休まる暇が無かったのだと。
僕は少しだけ彼女を自分の方へ引き寄せた、彼女の髪が僕の肩に触れる。
「ハジメは………私が欲しいか」
「そ、そんなこと――――言ったら…」
「何もしない――――欲しいか」
「……欲しいって言ったら」
彼女は優しい表情で僕を見ると手を僕の頬に添えて軽く唇を重ねた。
「考えておくよ…ハジメ」