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前夫の忠告

前回に引き続きアリスタ視点です。

「……それは迷惑をかけたな」


 アリスタの話を聞き終えた宰相閣下は憂わし気な溜息を吐いた。その姿さえ麗しい。


 ここは皇宮の一画にある宰相府、その中にある宰相の私室である。


 訪ねてきたアリスタに宰相閣下は最初怪訝そうな顔をした。


 アリスタの父と宰相閣下が友人で、彼の息子ハークとアリスタが友人であっても、宰相閣下とアリスタが個人的に親密ではないのだ。突然自分を訪ねてきたアリスタに対して怪訝に思うのは当然だ。


「内密な話があるのです」とアリスタは約一時間前の宰相夫人とのやり取りを宰相閣下に話したのだ。


「あの女……失礼しました。奥方が何を思って私とエウリの話をしたかったのかは、あのお……奥方の金切り声……いえ喚き声……えーと」


 うまい言い回しが思いつかず言葉に詰まるアリスタに宰相閣下は苦笑した。


「私に気を遣わなくていい。あれとは政略結婚で愛情などない。ハークとデイアを産んでくれた事だけは感謝しているが、それだけだ」


「妻を悪し様に言っても私は気にしない」という宰相閣下の言外の言葉に気づき、アリスタは多大に安堵しながら少しだけ本当にほんの少しだが宰相夫人に同情した。


 宰相夫人がエウリに対して「泥棒猫」だの「誑かした」だのと言ったのは、結局は嫉妬だと気づいたからだ。


 夫の愛情を奪い(宰相夫人にとってはそうだろう)第二夫人におさまろうとするエウリへの嫉妬だ。


 つまり宰相夫人は夫である宰相閣下を愛しているのだ。


 だからこそエウリが、いや自分以外の女性が夫の「妻」となる事が許せない。


 愛する人の伴侶は自分一人でなければ我慢できない。


 その気持ちは分かる。


 だが、宰相閣下の気持ちも分かるのだ。


 ほぼ初対面のアリスタ相手にすら金切り声で人の悪口を言う女に好意など抱けるはずがない。


「あの女の金切り声に耐えられず離れたので、結局あの女がエウリについて私と何を話したかったのかは分かりませんが悪い予感がするのです」


 宰相閣下の許可が出たので、アリスタは遠慮なく彼の正妻を「あの女」呼ばわりした。


 アリスタがそう言っても宰相閣下は気を悪くした様子はなく(自分が許可したのだから当然だろうが)何か考え込んでいる様子だった。


「あの女を見ていた男二人がいました。どう見ても普通の男達じゃない。軍人か諜報員か、その仕事ができるように鍛えられた私兵か。何の目的で貴方の奥方を見ていたかまでは分かりませんが、もし貴方やエウリに危害を加えるための前段階で周辺にいる人間を調べるためだとしたら」


 アリスタの言葉を宰相閣下が遮った。


「……それはない」


「なぜ、そう言い切れるのですか?」


「……君が見た男達は、おそらく私の部下達だ」


「え?」


「少し接しただけで分かっただろう? あれを野放しにしておけない。あれが問題を起こせば家族である私とハークとデイアは巻き添えを食うし、あれの兄である皇帝陛下も無関係でいられない。それを防ぐために常に部下に監視させているんだ」


「……それは、何というか……」


 自分の妻を監視する、せざるをえない宰相閣下に対して何を言えばいいのか、アリスタは言葉が見つからなかった。


「……君に気づかれるとは、あいつらの能力不足だな」


 ぼそりと呟く宰相閣下にアリスタは慌てた。自分のせいで誰かが責められるなど起こってほしくないのだ。


「私も一応軍人の端くれですから。宰相夫人は全く気づいていないようだったので、彼らの能力に問題はないでしょう」


「確かに、君は優秀な軍人らしいな」


 アリスタに地獄の特訓を施したパーシーも精神面では散々扱き下ろしてくれたが(曰く「甘ちゃんなお坊ちゃん」「そんなだからエウリに離婚されるんだ」等々)陰では軍人として必要な身体能力は備えていると認めてくれていたらしい。


「……彼らが貴方の部下で奥方を監視していたのなら、もしかしなくても、私がわざわざ忠告しに来なくてももよかったという事ですね」


「……赤の他人になった前妻に何が起こっても君の責任ではないのに、わざわざ知らせにきてくれたな」


「それは優しさか? 今もあの子を想っているのか?」という探るような宰相閣下の視線から逃れるために、そっとアリスタは目を伏せた。


「……夫婦でなくなっても、彼女は大事な幼馴染ですから」


 今も愛している女性、大事な幼馴染、どんな想いであれ、あの女がエウリに何をするか心配だったのは本当だ。だからこそ、あの女と別れたその足で宰相府まで来たのだ。


「貴方が何を思って、エウリを『妻』にしようとしているかは分かりません」


 どんなにエウリを想っていても、アリスタが優先し守るべきなのは自分の家族、妻と息子、そして、これから産まれてくる第二子だ。


「でも、『妻』にするのなら、どうか彼女を守ってください」


 エウリを守るのは、彼女を「妻」にしようとしている宰相閣下であるべきなのだ。


「当然だ。あの子を守ると私は誓ったのだから」


「妻」だからエウリを守る。


 宰相閣下の言葉には、それ以外の想いが込められているような気がした。


(ああ、この方はエウリを大切に想っているんだ)


 あんなとんでもない結婚条件を受け入れたのだ。宰相閣下がエウリを女性として愛していないのは予想していたが、それを今確信した。


 今もエウリを想っているアリスタだから気づいた。


 だが、恋愛感情でなくても宰相閣下は誰よりもエウリを大切に想っている。それだけは確かだ。


「赤の他人となった私が言うのはおかしいですが……エウリをお願いします」


「アリスタイオス?」


 宰相閣下はアリスタの言葉に「正妻からエウリを守ってほしい」という以外の意味も含まれていると気づいた様子だ。


「貴方ならば、エウリが抱える痛みも闇も全て受け入れ支えられると今確信しました」


 エウリにも言ったが、宰相閣下が、なぜあんな結婚条件を受け入れてまで息子の想い人であるエウリと結婚しようとしているかは理解不能だ。


 気にはなるが、赤の他人であるアリスタが踏み込んでいい事ではない。


 だが、これだけは分かる。


 エウリの「夫」、共に人生を歩む者として彼ほど相応しい人はいない。


 ――もし無理矢理私を抱いて子供ができたとしても、どんな手段を用いても堕胎するし、最悪宿った子供ごと死にます。


 初夜の失敗の後、エウリが言った言葉だ。


 あれは本気だった。


 エウリに何があって、あそこまで子供を持つ事を忌避するのかは分からない。


 けれど、アリスタやハークのようにエウリを恋愛感情で想う男では駄目なのだ。


 ……エウリを本気で愛しているハークには悪いけれど。


 二年前、ハークはエウリと結婚しようとしているアリスタに食ってかかってきたのだ。


「私も本気で彼女が好きなんだ。だから、私か君か、彼女に選んでもらおう」


 男爵令嬢と侯爵令息。普通なら家格があまりにも違いすぎて結婚できるはずもないが、宰相閣下なら息子が選んだ女性ならと、あっさり許すだろう。


 普通の女性ならアリスタではなくハークを選ぶ。将来の宰相、侯爵という事を抜きにしても素晴らしい人間だからだ。宰相閣下によく似た麗しい容姿、それに似合う高潔で清廉な心。


 勝負するまでもない。


 けれど、ハークがエウリを愛しているように、アリスタもエウリを愛している。


 ハークが自分よりも優れた人間だとしても、彼との友情がなくなったとしても、エウリだけは渡せない。


 ハークに求婚されれば、エウリだってアリスタではなく彼を選ぶと当時は思っていたのだ。


 ……まさかハークの求婚から逃れるために、とんでもない条件付きとはいえ彼の父親との結婚を決めるとは思わなかった。


 ハークの祖父、宰相閣下の父君が亡くなり、ハークもエウリに求婚するどころではなくなった。その隙にアリスタはエウリと結婚したのだ。


「ここに来たのは、貴方の正妻に気をつけてほしいという忠告のためでした」


 本当に、それだけだったのに。


「でも、こうして貴方とお話できてよかった」


 アリスタは、これでようやくエウリを諦められる気がした。


 離婚し新たな妻を得、子が生まれても心の奥底では全然アリスタはエウリを諦められていなかったのだ。


 自分はエウリに相応しくない。あのまま結婚していても互いに不幸になっていたと分かっていても彼女への恋情を断ち切れていなかった。


 なぜならアリスタと離婚した後、エウリは誰のものでもなかったから。


 男性に嫌悪を抱き子供を持つ事を忌避するエウリは、もう生涯誰とも結婚しないだろうと思っていたのだ。だから、アリスタは自分は再婚し子供も生まれたというのに勝手だと重々承知しながら安堵していたのだ。


 恋愛感情でなくてもアリスタよりも誰よりもエウリを大切に想う宰相閣下がエウリの「夫」になる。


 これでようやくアリスタは本当の意味でエウリを諦められる気がした。








次回は約十四年前の話になります。

視点もエウリではなく四歳のハークことハーキュリーズです。


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