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前夫にとっての前妻、おまけで宰相夫人

この物語は基本的に一人称よりの三人称です。

主に主人公のエウリ視点ですが、今回はエウリの前夫アリスタ視点です。

「……アリスタ様、何だか変わりましたね」


 エウリは話題を変えた。


「それは、いい意味でかな?」


「はい。私と結婚していた頃は、生真面目で真っ直ぐで、その反面頑固で。その気性のために必要悪を認められない方だった。人間としては美点ですけれど将来帝国を守る将軍になる方としては心配だったんです」


 だからこそ、アリスタはエウリの「夫」として相応しくなかったのだと、今では理解できる。「重いもの」を持つエウリには、清濁併せて吞み込める度量が必要なのだ。


「私がいい意味で変わったというのなら、ノーエやアクタ、パーシー様のお陰だな」


 アクタはアリスタの息子、アクタイオンの愛称だ。


「パーシー?」


「なぜ、ここで彼が出てくるの?」と言いたげなエウリに、アリスタは苦笑を向けた。


「ノーエがアクタを妊娠中にな、パーシー様に『今のままじゃ、とても将来の将軍として相応しくない』とか言われて、あちこち連れ回されて鍛えられたんだ」


 アリスタは、その間の地獄の特訓を思い出して遠い目になった。


「……お陰で、いかに自分が甘い人間か分かって君達を恨む気持ちはなくなったけど……あれは本当にもう二度と味わいたくないな」


 エウリとの離婚に協力した彼を勿論最初は恨み「誰が言う事を聞くか!」と頑なに反発するアリスタに、パーシーは鼻で笑い、こう言い放ってくれたのだ。「そんな甘ちゃんなお坊ちゃんだから、エウリに離婚されたんじゃないか」。


 精神的にも肉体的にもたっぷりといびられた数ヶ月だった。本気で産まれてくる子供の顔も見ずに死ぬのかと何度思った事か。


 パーシーは、まあそれでも最後はアリスタを認めてくれたのだろう。


 最初は「坊や」だったのに最後は「アリスタ」と愛称と呼んでくれた上、「俺の事はパーシーでいい」と愛称で呼ぶ事を許してくれたのだ。






 自分とは反対方向に向かうエウリとは慎重に距離をとって歩く男を見てアリスタは足を止めた。知っている男だ。パーシーの部下、エウリの護衛だ。


 彼女に危険はないと確信し、自分に向かってくるその人物を待ち受ける事にした。


 エウリには常に護衛がついている。パーシーが自分の部下に、こっそりと彼女の護衛をさせているのだ。


 グレーヴス男爵の養女となる前、かなり過酷な生活をしていた事は言われるまでもなく察していた。


 アリスタと出会った頃のエウリは、将来確実に絶世の美女となるだろう整った顔立ちをしているのに、それが台無しになるほどやせ細り険しい顔をした子供だった。


 そのせいか今でも彼女は警戒心が強い。特に男相手には。


 外出時には常に顔を隠しているが、それでも、その立ち居振る舞いや身に着けているマントの生地や仕立てのよさで一目で貴族女性だと分かる。そんな女性が一人でほけほけと歩いていれば悪人に目をつけられるのは当然だ。


 エウリに気づかれないようにパーシーの部下は、こっそりと彼女に危害を加えようとした奴を片付けているのだ。彼女は「運よく通りがかった人に助けてもらえた」と思っているようだが。


 お供をつけろと言われても意外と頑固なエウリは言う事を聞かないからだ。アリスタを「頑固」と評したが彼女も相当だ。


 エウリは気づかなかったようだが、二人の会話中に公園に入ってきた人物は、池の白鳥に見入っているふりをして二人を、正確には彼女を注視していたのだ。


 その人物は気づいていないようだが、適度な距離で、その人物を見ている男二人がいる。その人物の護衛なのか監視なのかアリスタには判断できなかったが、体格や雰囲気がパーシーの部下と似通っている。おそらく軍人か諜報員、もしくは、それらの仕事ができるように鍛えらえた私兵か。


「ちょっとよろしくて?」


 エウリと同じくフードを深く被り顔を隠したマント姿の女性だ。女性にしては長身だ。ハークほどではないがエウリよりは確実に背が高い。


(どっかで聞いた声だな)


 夜会やら園遊会で知り合った女性の誰かだろうか? アリスタには女性と知り合う機会などそれくらいしかない。


「……私に御用でしょうか? レディ」


「あなたの前妻について話したいの。ついてきて」


「ついてきてくれる?」という提案ではなく「ついてきて」と命令された事にアリスタが最初に感じたのは不快さではなく驚きだった。


 おそらく知り合いだろうが、素性を明かさず顔を隠した怪しげな女性に、のこのこついていく人間がいると思っているのだろうか?


 アリスタがついてくるのが当然とばかりに歩き出した女性だが、彼が全くその場から動かない事に不愉快そうに怒鳴りつけた。


「何でついてこないのよ!」


 ヒステリックなその怒鳴り声でアリスタは女性が誰か分かった。


「あなたが非力な女性で、いくらこちらが体力や腕力で勝った男、しかも軍人で危害を加えられても対処できる確率が高くても絶対などない。のこのこと怪しげな女性についていって痛い目になど遭いたくありませんから。いくら前妻の話であってもね」


 かつてのエウリと結婚していた頃のアリスタならば、のこのことついて行っただろう。だが、今のアリスタは自分の至らなさをなどを充分自覚している。


「わたくしのどこが怪しいというのよ!?」


「その風体は、どこをどう見ても怪しいですよ。宰相夫人」


 フードを深く被り顔を隠した宰相閣下の奥方は息を呑んだ。声で確信していたが、その反応で彼女が宰相夫人なのは確実だ。


「では、これで失礼します」


 一礼して離れようとしたアリスタだが――。


「お前の泥棒猫な前妻についての話よ!」


 ほぼ初対面の女性に「お前」と言われても別段不愉快ではない。


 だが、女性に「お前」と言われた事で思い出してしまった。


 女性に「お前」と言われたのは、これで二度目だ。一度目は激高したエウリに怒鳴られた時だ。


 ――お前に何が分かる!? 何も知らないくせに!


(……確かに、私は君について何も知らないかもしれない)


 美しく聡く貴婦人の鑑のようなエウリがアリスタに、ただ一度だけ見せた激情。


(……だが、君だって私に何も教えてくれなかったじゃないか)


 アリスタと離婚するためにノーエを利用し皇族であるパーシーに協力までさせた。


 目的のためなら手段を選ばないその強かさの一方で、「恨むなら、どうか私だけに」と、あの件に係わった全ての人間を庇う優しさと責任感。


(……君が本当に自分の事しか考えない女性だったらよかったのに……)


 離婚した後、平然とアリスタに向き合ってくれればよかったのに。罪悪感から彼から逃げ続けたから今も想いが断ち切れないのだ。


「……今、エウリを『泥棒猫』と言ったか?」


 これだけの会話でも敬意に値しない女性だと分かる。だが、それでも相手は自分よりも格上、元は皇女で現在は宰相夫人だ。子爵の息子でしかないアリスタは表面上だけでも敬意を払うべきだろう。


 だが、かつての妻であり大切な幼馴染、そして、今も想いが断ち切れない彼女を侮辱された事で表面上だけの敬意を払う気が失せた。


 エウリに言った事は嘘じゃない。今のアリスタはエウリよりも家族が大事だ。


 今はもうノーエが自分ではなく父を愛している事は知っている。


「あの方によく似た、あの方の息子だからというだけで、あなたと結婚した訳ではないですよ。恋愛感情ではないけれど、あなたの事は好きです。生涯を共にしてもいいと思うほど」


 ノーエがそう言ってくれたように、アリスタにとっての妻もそうだ。恋愛感情は抱けないけれど、人として好意を持っている。


 アリスタが今もエウリに対する恋情を消し去れない事を知っていても、妻として息子の母として尽くしてくれている得難い女性だ。


「エウリなら何もしなくても勝手に男が寄ってくるのに『泥棒猫』などと侮辱される謂れはないな」


「あの女が旦那様を誑かしたから、あの女を第二夫人になどと言い出したのよ! 旦那様は『生涯妻はお前だけだ』と言ってくださったのに!」


 公園の真ん中で怒鳴り始めた宰相夫人にアリスタは嘆息した。これが貴婦人、しかも元皇女という貴婦人の鑑でなければならない女性がする事だろうか?


 それに、彼女は分かっているのだろうか?


 エウリが彼女の夫を、宰相閣下を「誑かして」第二夫人になるのなら、宰相閣下は自分の息子と同じ歳の小娘に「誑かされた」事になる。


 エウリを侮辱する事は、エウリを第二夫人に選んだ自分の夫、宰相閣下をも侮辱していると、なぜ彼女は気づかないのだろう?


「元夫婦でもエウリと私はもう赤の他人だ。エウリについて、あなたと話すつもりはない。失礼する」


 もうこれ以上、この女の金切り声(しかも、内容はエウリへの侮辱だ)を聞くのも耐えられずアリスタはその場から離れた。


 背後で女が何やら喚いているがアリスタは完全に無視した。




























次回もアリスタ視点になります。

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