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彼には野心があった2

「……俺が、どうやって宰相になったか聞いているだろうか?」


「……噂されている事くらいです」


 どうしてイスメがそんな事を訊いてくるのか分からなかったけれど、エウリは素直に答えた。


「……噂の大半は本当だ。


 この顔をさらせば、俺が前大公の隠し子なのは明らかだ。貴族の大半は無能なオクシュポロスを追い落として俺を大公に据えようとするだろう。それが一番簡単なのは分かっていたが、俺は俺だけの才覚(ちから)で上にいきたかった。『あの男』に与えられた血筋や容姿(もの)を使いたくなかった。


 ……そう思っていたのに、俺は結局、公国の中枢に入り込むために、俺が何よりも嫌悪する事をするしかなかったんだ」


「イスメほどの才覚があれば、そこまでしなくても」


 オルフェの言葉に、イスメは苦笑した。


「……君は最初から帝国宰相になれる未来が約束されていたけれど、俺は違うから」


 イスメの表情にも口調にもオルフェに対する嫉妬や羨望はない。ただ事実を事実として言っている淡々としたものだった。


 イスメの言う通り、オルフェは帝国宰相を代々務めるミュケーナイ侯爵家の嫡男であり、最初から帝国宰相になれる未来が約束されていた。そんな彼には、底辺から這い上がり公国の宰相にまり上り詰めたイスメの苦労を真に理解する事はできないだろう。


「だが、これだけは言っておく。どう噂されていようと、俺はオクシュポロスと『そういう関係』になった事はないよ」


 イスメが女性(ウラニア)との間に双子を儲けたという事実を抜きにしても、エウリは彼が男色家ではないと見抜いている。まして、オクシュポロスは彼の異母兄。「そういう関係」には絶対になりたくないだろう。


「確かに、公国の中枢に入り込みたくて、若かった俺はオクシュポロスを誘惑した。あいつは、『あの男』に、父親に、父親以上の想いを抱いていたからな」


 イスメは、ちらっと黙って話を聞いているパーシーを見た。どことなく申し訳なさそうな視線だった。


「……ティーリュンス公爵の前で、こういう話をするのはなんだが」


 公国でもティーリュンス公爵、パーシーが男色家なのは有名だ。イスメは、これから自分が話す事がパーシーを不愉快にさせると思ったのだろう


「俺の事は気にせず話してくださって構いませんよ」


 穏やかに話を促すパーシーにイスメは意を決して話を続けた。


「男を、まして異母兄(あに)を誘惑する以上に……『あの男』に酷似したこの顔を誘惑の手段として使うのは、死にたくなるほど、おぞましかった。それでも、そうしなければ、俺は公国の中枢に入り込めなかった。


 とにかく、オクシュポロスは、俺の素顔を見て即、傍に置く事に決めてくれた。結果、俺は前宰相の養子になり宰相になれたんだ」


「あなたの素顔を見れば、『あの男』の落とし胤だと一目で分かりそうですが」


 イスメの言うように、オクシュポロスは「あの男」に父親以上の想いを抱いていた。母にとっては地獄だったのに、「あの男」に愛された母に嫉妬さえ向けていたのだ。それは、幼いエウリ(アネモネ)でも分かったくらいだ。


 ともかく、いくらオクシュポロスにとって唯一無二の存在である父親に似ていても、自分の異母弟であるイスメは自分の地位を脅かす存在だ。そんな彼を傍に置く気になるだろうか?


「だから、あいつは愚か者なんだよ」


 イスメは明らかに馬鹿にしている口調と表情で言った。……そうすると「あの男」と印象が重なってしまう。「あの男」は常に傲慢で他人を蔑みきった眼をしていた。それすら、あの美貌を際立たせるものでしかなかったが。


「自分の都合のいいようにしか解釈できないんだ。俺が大公家の特徴である銀髪紫眼なのも偶然で、『あの男』に似ているのも他人の空似だと思っている。


 あいつにとって耳触りのいい言葉を言えば、あっさりと気に入られる。大公としては最低最悪だが傀儡にするには最高の男だ。


『そういう行為』になりそうな時は薬で眠らせて、いかにも『そういう事』があったのだと思わせた。それだけで信じてくれた。


『あの男』に似たこの顔を自分以外に見せるのを嫌がってくれたのも、俺には都合がよかった。お陰で隠す事もできた。


 あいつはともかく、他の奴は一目で俺が『あの男』の落とし胤だと分かるからな。実際、俺の養父、前宰相は気づいた上で俺を養子に迎えてくれた。


 最初は宰相になるための手段として彼の養子になったに過ぎなかった。それでも、俺の気持ちを酌んで俺の素性を亡くなるまで周囲にもらさなかった。彼なりに俺を気遣ってくれた。血の繋がりはなくても、あの方こそが紛れもなく俺の父親だ」


 実の父親は人として許されない行為をした最低最悪な下種野郎で、墓と遺体を破壊するほど憎んでいる。全てを知った上で自分を養子にして気遣ってくれた前宰相をイスメが本当の父親のように慕うのは当然の成り行きだろう。


 その気持ちはエウリにも分かる。出自を知っても娘として愛してくれる養父母は、エウリにとって誰よりも敬愛する両親だからだ。


「オクシュポロスを追い落として、あなたが大公になろうとは思わないのですか? 今なら『あの男』とは関係なしに、皆、あなたに従うと思いますが?」


 エウリは常の疑問を訊いてみた。今なら「あの男」、前大公の息子だと明かさなくても、イスメは簡単に大公になれるだろう。それだけの実績を上げてきたのだから。


「……今でも必死に、俺の素性は勿論、家族の事も隠しているんだ。大公になれば、さらに調べられて隠し通せるか分からない。そうなれば、家族に迷惑がかかる。俺は望んで公国の中枢に身を置いているけれど、あの子達は平民として生涯を終える事を望んでいるからな」


 イスメは今までの口調から一転、軽薄に言った。


「それに、俺は陰で画策するのが性に合っている。何かヘマをすれば、大公であるあいつに被せる事もできるしな」


《公国史上最高の宰相》と讃えられるイスメが、何かヘマをするとは思えないけれど。




















 





 









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