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「愛人にしてください!」

「父に会う時は覚悟しておいたほうがいいですよ」


 エウリの自分を見た時の様子に何かを感じたのだろう。リノスは忠告めいた事を言ってきた。


「父は銀髪紫眼で、しかも、この顔なので。だから、人前では前髪の長い黒い鬘を被っています」


 大公家の特徴である銀髪紫眼と「あの男」、前大公に似た顔。


 素顔をさらせば、イスメニオスが前大公の落とし胤なのは明らかだ。現大公に命を狙われないために銀髪紫眼と素顔を隠しているのだ。


 無能な現大公を追い落として有能な彼が大公になればいいと思うのだが、そうする気はないのだろう。でなければ、二十年も「本当の姿」を隠して宰相でいるはずがない。


「話は変わりますが、俺も、もうすぐ結婚します。妻となる女性は身重です」


 リノスの言葉に彼の家族(ウラニアとティオとイオレ)以外は驚いた。


「まあまあ、おめでとう!」


「「おめでとうございます」」


 義母に続きエウリとアンもお祝いの言葉を述べた。


「ありがとうございます」


 リノスは照れくさそうに微笑んだ。……「あの男」なら絶対にしない顔だ。どれだけ似ていても、同じ血を持っていても、彼は「あの男」とは全く違うのだ。


 ……リノスの子供、「あの男」の曾孫が生まれる。こうやって、「あの男」の血が続いていくのか。それを考えると複雑な気分だ。


 だからといって、「あの男」の子孫だからという理由だけで彼らを殺すなど、その血を絶やすなど絶対にできない。エウリがそうであるように、彼らだとて好きで「あの男」の子孫になった訳ではないのだから。


「ご自分も結婚間近で、しかも妻となる方は身重だのに、わざわざ帝国に来てくださったのですか?」


 エウリは嫌な気分を振り払おうとリノスに質問した。


「俺が帝国に行く機会など、これを逃すともうないでしょう。これが、あなたに会う最初で最後になると思ったので」


 確かに、リノスが帝国に来なければ会う事は一生なかっただろう。エウリのほうから公国に行く気は絶対にないので。


 エウリにそっくりな母は病弱で「幻の公女」と言われたほど公式の場に出なかった。おまけに最も濃い大公家の血を持っていても、エウリは大公家の特徴である銀髪紫眼ではなく帝国でも公国でもよくある金髪碧眼だ。公国に現われたところで彼女が大公家の禁忌の証だとは誰にも分からないだろう。


 それでも用心するに越したことはないし、何より母が地獄を味わった国だ。


 公国で生まれたとしても、二度とその地を踏みたくない。





 ミュケーナイ侯爵家の中庭は朗らかな笑い声に包まれていた。


 エウリが危惧した事は全くの杞憂で、公国からやって来た彼らは最初から彼女に親しげに振舞ってくれた。彼らの「会いたい」という言葉は、純粋に「会った事のない親戚に会いたい」という意味だったのだろう。


 お陰で最初は構えていたエウリも柔らかな微笑で彼らと話す事ができた。


「あの、ウラニア様、実は気になっていたのですが」


 エウリは意を決して話しかけた。


「何かしら?」


 ウラニアは最初に「私は敬語が苦手なの。本来なら、あなた方に遣うべきなのは分かっているけど、公式の場以外は敬語でなくてもいいかしら?」と言ってきた。


 公爵令嬢であるアンともうすぐ宰相夫人となるエウリ。ウラニアの言う通り、帝国宰相(オルフェ)の叔母とはいえ子爵令嬢に過ぎない彼女は二人に対して敬語を遣うべきなのだ。


 尤もエウリにしてもアンにしても自分達への言葉遣いを気にした事はない。それに、義母の妹である年上の女性から敬語を遣われるほうが肩身が狭いので彼女の言葉に即頷いた。


 だから、エウリはティオやイオレやリノスに対しても「私に敬語を遣わなくていいですよ」と言ったのだが固辞された。曰く「もうすぐ帝国の宰相閣下の奥方になる女性に、ぞんざいな口は利けない」だそうだ。


「ティオ様は貴女を『ニア』と呼んでいました。公国が世界に誇る翻訳家の『ニア・ウーラ』というのは、もしかして、貴女の事ですか?」


「ニア・ウーラ」は何人も著名な作家や学者が書いた本を翻訳している。その中で特に有名なのは、ペイア・ラーキ(義母)だ。


 ペイア・ラーキの本は様々な言語に翻訳され世界中の人々に読まれているが、それを一挙に引き受けているのはニア・ウーラだ。ペイア・ラーキはニア・ウーラ以外の翻訳家に自分の本の翻訳を許さなかったので。


「……内緒にしてくれるかしら?」


 ウラニアは困ったようにエウリとアンに言った。


「勿論です」


「言い触らしたりしません」


 エウリに続きアンが言った。


「……私は余計な事を言ってしまったか?」


 自分が「ニア」と言ってしまったためにウラニアが翻訳家ニア・ウーラだとばれた事をティオは気にしてしまったらしい。


「すぐばれるようなペンネームにしたこの子が悪いですよ。エウリでなくても気づくわ」


 確かに、義母の言う通り、ばればれなペンネームだ。


 それは、義母もそうなのだが、まさか帝国宰相の母親が作家(しかも帝国が世界に誇る大作家だ)をしているなどと思いもしなかったので正体を明かされるまでエウリは全く気づかなかった。


 今回気づけたのは、ペンネームと義母が作家なら彼女の妹のウラニアが翻訳家でも不思議ではないと思ったからだ。


「私にはカリオペ姉様のような作家の才能はないけど、様々な言語を習得するのは得意だった。私の翻訳で楽しんだり感動してもらったりするのが嬉しかった。……元は私自身が考えた話じゃないけどね」


 ウラニアは最後は寂しそうに言った。彼女は本当は翻訳家ではなく作家になりたかったのだろうか?


「翻訳家が違えば原作者が同じでも違いますよ。原作者が同じで貴女と貴女以外の翻訳家が書いた本なら貴女が翻訳したほうが、ずっと感動しましたもの」


 これは、おべっかではなく本当にエウリ自身が思った事だ。


「……ありがとう」


 ウラニアは驚いた顔でエウリを見ていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。誰もが見惚れるような綺麗な微笑だった。





「ただいま戻りました」


 オルフェとハーク、そしてデイアが中庭にやってきた。


 デイアは、いつも通り皇宮に皇太子妃としての授業を受けた帰りだが、オルフェとハークは、ここ一か月、皇宮に寝泊りし、やっと戻ってきたところだ。結婚式とその後の新婚旅行のために大半の仕事を片付けていたのだ。


 自分だけ、この一か月、のんびり過ごしていたため申し訳なく思うエウリだ。


「お帰りなさい。疲れたでしょう?」


 まず義母が労いの言葉をかけた。


「大丈夫ですよ。母上」


 そう言いながらもオルフェは、どこか疲れた様子だった。それはそれで彼の美貌に憂いが加わって何とも魅力的だ。


「久しぶりね。オルフェ」


 ウラニアは帝国宰相(オルフェ)に対しても、やはり敬語ではなかったが、オルフェに気にした様子は全くなかった。彼女が叔母だからというのもあるだろうけれど、エウリと同じで自分に対する言葉遣いに頓着しないのだろう。


「お会いできて嬉しいですよ」


 オルフェはウラニアに対してだけでなく彼女を含めた公国からの客人達(ティオとリノスとイオレ)に向けて言っているようだ。


「お久しぶりです。オルフェ様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


「お気になさらず。あなた方が来てくださる事は知らされていたし、到着したのが、たまたま私の留守中になってしまっただけですよ」


 いつもは、その外見に相応しい硬質な口調なオルフェだが、ティオに対する口調は柔らかい。かつての正妻(カシオペア)には素気なかったが、エウリや身内など好意を持つ女性相手には、そうなるのだろう。


「私の孫達とは初対面よね?」


 義母はウラニアを除く公国からの客人達に言った。


 それがきっかけで、ティオとリノス、ハークとデイアは自己紹介し合ったのだが、なぜかイオレだけ無言だった。


 そういえば、オルフェ達が現れてからイオレは妙におとなしい。それに気づいたリノスが双子の妹の顔を覗き込んだ。


「どうした? イオレ」


 兄に言われても答えることなくイオレの視線は、ある一定方向に固定されていた。


(ハーク様を見ている?)


 エウリがそう思うのと、イオレが、ふらりと立ち上がったのは同時だった。


 イオレは長く真っ直ぐなプラチナブロンドを揺らしてハークに近づいた。腕を伸ばせば体が触れる位置で立ち止まると彼女は、じっとハークを見上げた。イオレもティオと同じで女性にしては長身だがハークほどではないと分かる。


「私、イオレ・トラーキアです。イスメとウラニアの娘です」


 胸の前で手を組み合わせ頬を薔薇色に染め瑠璃色の瞳をきらきらさせてハークを見上げるイオレの姿は大変美しい。大抵の男なら彼女に心を奪われるだろう。


 だが、ハークは「大抵の男性」ではないらしく突然近づいてきたイオレを、ただ不思議そうに見つめているだけだ。


 ハークだけでなく、イオレを除くこの場にいる全員が会話をやめ彼女の動向に注目していた。


 この場にいる全員の注目を集めているのにイオレは全く頓着していなかった。ハークしか目に入っていないのだ。


 静まり返った空気の中、イオレは満面に笑みを浮かべて爆弾発言をした。


「あなたに惚れました! 愛人にしてください!」


「はあっ!?」


 ハークの素っ頓狂な叫び声がミュケーナイ侯爵家の中庭に響き渡った。





 




 






 


















 












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