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彼らがやって来た

「……話があるの。いいかしら?」


 扉を叩き入室を許可されたエウリはアンの自室に足を踏み入れた。


「話し忘れた事でもあったのか?」


 エウリとの話が終わってアンが自室に戻ってから一時間後だった。エウリが強張った顔で来たのでアンは不審に思っている様子だ。


「……お義母様からお手紙が来たの。読んで」


 アンが自室に戻った少し後、義母から手紙が届いたのだ。


 エウリは手に持っていた手紙をアンに差し出した。宛名には、ただ「エウリヘ」と書いてある。義母は郵便局を通してではなく家人に持って来させたのだ。少しでも早く彼女に伝えたかったのだろう。


「私が読んでも支障がないから君は『読んで』と言っているのは分かるんだが……本当にいいのか?」


 わざわざアンが確認するのは、手紙を持ってきたエウリの顔があまりにも強張っているからだ。


「構わないわ。読んだ後でないと、この後の私の話の意味が分からないもの」


 ぐったりと対面のソファに腰を下ろしているエウリを心配そうに見た後、アンは意を決して手紙を読み始めた。


 手紙の内容は簡潔で、すぐに読み終えたものの、アンは、なんともいえない顔になった。エウリが強張った顔をした理由が分かったのだ。


「……カリオペ様の末妹様とそのお子様方とお子様方の伯母様がいらしたのか」


 カリオペは義母カリオペイアの愛称だ。


 ミュケーナイ侯爵邸には昨日、義母の末妹ウラニアとその双子の子供達、そして、双子の伯母が到着したと手紙には書かれていた。普段、彼らはフェニキア公国で暮らしている。エウリとオルフェの結婚式に出席するために来たのだ。


「……君に会いたいから都合のいい日を教えてくれと書いてあるな」


 わざわざ手紙を読ませなくてもエウリが説明すればいいだけの話だが、それだけの事をするのも面倒なほど精神的に疲れたのだ。それだけ衝撃だったのだ。彼ら(・・)が現在帝国にいる事や自分に会いたいと言ってきた事が。


 ただ単にオルフェの妻になる女性だから「会いたい」と言ってきたのではないだろう。彼らは知っているのだ。……エウリと自分達の係わりを。


「……私も会ってみたかった方達よ。ただね、一人で行くのが心細いの。だから、お願い。ついてきて」


 いつもだったら一人で行くしかなかった。アンもパーシーも仕事で忙しいのだ。


 エウリにとって幸運な事にアンにはしばらく仕事はない。


 アンとしてはエウリの結婚式に出席する日だけでよかったのだが、ずっと働きづめだった義妹を心配してパーシーが長い休暇をとるように命じたのだ。彼に命じられてはアンは従うしかない。


「……私が来ては邪魔じゃないか?」


「お義母様、あなたに会いたがっていたわ。それに何より、あなたは私の事(・・・)を知っているもの」


 大公家に連なる彼らに会うのだ。どうしても、エウリの出自の話は避けられないだろう。ただ単に親友というだけならエウリもアンに「ついてきてほしい」などとお願いしない。彼女がエウリの全てを知っているからだ。


「……君がそう言うなら」


 アンは、ためらったそぶりを見せた後、頷いた。





 エウリとミュケーナイ侯爵一家が顔合わせした中庭。


 あの時から空気も暖かなものになっている。


 出されたテーブルには軽食やお菓子や飲み物が用意されている。


 中庭には、義母と、なんとも美麗な四人が待っていた。


 顔合わせの時とは違い使用人達の姿はない。エウリの出自の話が出るだろうから彼らがいてはまずいと義母が配慮してくれたのだろう。


 エウリは手紙をもらった翌日、アンと一緒にミュケーナイ侯爵家を訪れた。アンと一緒に来る事は了承してもらった。


「あなたに会うのは数ヶ月ぶりかしらね? アン」


 義母は、まずアンに声をかけた。


「そうですね。なかなか貴女に会う時間が取れず申し訳ありません」


 アンは先代のティーリュンス公爵プロイトスの養女だが彼女を主に育てていたのはダナエ妃だ。そもそもプロイトスはダナエ妃の頼みでアンを捜し出して養女にしたのだ。


 義母とダナエ妃は親友だった。ダナエ妃が亡くなった後も、彼女の実の息子であるパーシーは勿論、彼女が育てていたアンの事も気にかけているという。


 だからか、パーシー同様、アンも義母を慕っている。


「パーシー様の役に立ちたい気持ちは分かるけど、諜報員などという危ない仕事でなくてもいいと思うのよ。ダナエ様だって、きっとそう言ったわ」


 誰よりも敬愛する女性(ダナエ妃)の事を、これまた敬愛する女性(義母)に持ち出されたせいか、アンは困った顔になった。


「……私には、これしかできないので」


 貴族の女性にとって結婚して子を産む事は義務だ。


 だが、アンが養女になったのはティーリュンス公爵家。皇族で最も優れた者がなるのが決まりなので子供を作る必要はない。


 自分に結婚を強要しないのを幸い、アンは生涯独身を貫くと宣言している。愛するパーシーと結婚できないからというのもあるだろうが……過去のトラウマから完全に脱しきれていないのだ。自分には結婚する資格がないと思い込んでいる節がある。


 ……こればかりはエウリやパーシーでもどうにもならない。いくら親友でも義兄(従兄)でも踏み込めない領域があるのだ。彼女自身が自分で乗り越えるしかない。


「初めまして。ウラニア・トラーキア、カリオペ姉様の一番下の妹ですわ」


 義母とアンの話が一段落つくと、四人の中で一番最初に口を開いたのはウラニアだった。


 義母は末妹とは十歳差だと聞いた。ならば、彼女は今年四十二になるはずだが印象は、どこか姉である義母やクレイオに通じる若々しく可愛らしいものだ。けれど、外見は義母やクレイオには全く似ていない。義母やクレイオの顔立ちは可憐だがウラニアは美人や綺麗といわれるものだ。


 長く真っ直ぐな(あかがね)色の髪。大きな琥珀の瞳。白磁の肌。小柄で華奢だがグラマラスな肢体(それも彼女の姉達と違う。彼女の姉達は、さして胸がなかった)。


「……貴女がウラニア様?」


 エウリが思わず、そう訊いてしまったのは、信じられなかったからだ。


 エウリの隣でアンも驚いた顔をしている。


「信じられないかしら?」


 小首を傾げる仕草も愛らしい。ウラニアは外見こそ姉達に似ていないが、そういう仕草は彼女達に通じるものがある。


「……申し訳ありません。私の知るお義母様の弟妹(ごきょうだい)は皆様、同じお顔なので、てっきりウラニア様もそうなのかと」


 血の繋がった姉妹だからといって似ているとは限らない。実際、両親が同じ兄妹ハークとデイアも全く似ていないのだから。


「私だけお母様に似てしまったので、この顔なの」


 ウラニアはエウリの疑問に答えた。異母兄弟であるトラーキア子爵も含めて同じ顔なので彼女の姉兄は彼らの父親、先代のトラーキア子爵に似たのだろう。


「アンティオペ・オイカリア様ですね」


 エウリはウラニアの隣にいる四十前後の絶世の美女に声をかけた。


 公国が世界に誇る女性だけの歌劇団、公国歌劇団に所属する一番の人気役者だ。女性だけの劇団なので男役と女役に分かれる。彼女は男役でティオの愛称で知られている。


 ティオは女性にしては背が高く、すらりとした肢体。耳の下で切りそろえた短いプラチナブロンド。瑠璃色の瞳。白磁の肌。よく研いだ刃物のような凛とした雰囲気だ。


「私を知っているのですか?」


 耳に心地よいアルトの美声だった。舞台で朗々と響くこの声にエウリも養母も、うっとりと聞き惚れたものだ。


「帝国に公演にいらした時に何度か見に行きました」


 養母が舞台が好きなので、エウリも何度か付き合ったのだ。


「ありがとうございます」


 ティオは嬉しそうに言った後、何とも複雑な顔になった。


「改めて自己紹介します。アンティオペ・オイカリアです。ティオで構いません。……公国宰相イスメニオス・ヘヴェリウスの双子の妹です。双子とはいってもイスメとは全く似ていませんが」


 エウリは目を瞠った。公国宰相イスメニオス・ヘヴェリウスの双子の妹……エウリの異母姉で伯母でもあるのだ。


「そして、この二人が私の甥と姪、イスメとニア……いえ、ウラニアの子供達です」


「ニア」はティオだけが呼ぶ愛称なのだろう。姉である義母は「ウラニア」と呼んでいたので。


(……「ニア」……ウラニア……もしかしたら)


 考え込むエウリをよそにティオは黙ったままの男女を示した。


 二人とも二十歳前後。女性はティオにそっくりで……男性の顔は「あの男」に似ている。ただ男性のほうは髪と瞳の色が違うし(ウラニアと同じ髪と瞳の色だ)何より印象が真逆なので、今の今まで気づかなかった。


「リノス・トラーキアです」


 叔母であるティオに続いてリノスが言った。優美で優雅な顔立ちや艶やかな低音の美声こそ「あの男」に似ているが髪は短く(「あの男」は長髪だった)体格も一回り程小さい。ハークと同じ均整の取れた長身だ。


「イオレ・トラーキアです。リノスの双子の妹です」


 双子とはいえリノスとは全く似ていない。ティオが二十歳頃はこうだろうという容姿だが髪が長い上、印象は真逆で女性らしいたおやかさやしとやかさがある。


「申し遅れました。エウリュディケ・グレーヴスです。エウリとお呼びください」


「アンドロメダ・ティーリュンスです。アンとお呼びください」


 エウリに続いてアンも自己紹介した。


「イスメは、いろいろと事後処理があるから結婚式間近に来ると思います。あなたに会いたがっていた」


 ティオが言った。


 公国宰相、しかも大公が無能なので、実質、彼が統治者のようなものだ。国を離れるのも大変だろう。


「……ええ。私もイスメニオス様や皆様にお会いしてみたかったです」


 これは本当だ。


「……申し訳ありません」


 ティオが先程と同じ複雑な顔で言った。


「ティオ様?」


 エウリは、なぜ彼女が謝るか全く分からず首を傾げた。


「……あなたとあなたの母君を救えなかった。姉で伯母なのに何もできなかった。いくら非難されても仕方ありません」


「……そんなの貴女のせいではありません」


 エウリは、これだけ言うのがやっとだった。まさかティオにそう言われるとは思ってもいなかったので、とにかく驚いていたのだ。


 ……「会いたい」と言ってきたとしても、心温まるような血族としての交流など期待していなかった。「オルフェとの結婚をやめろ」そう言われる事さえ覚悟していた。エウリの出自を知れば、それが当然の成り行きだと考えていたのだ。


 ……何の奇跡かミュケーナイ侯爵一家はエウリの全てを知っても家族として迎えてくれた。彼ら(・・)まで、そうしてくれると考えるほどエウリはお目出度くないのだ。


「私も母も誰も責めていません。誰にも、どうしようもできなかった事です。だから、貴女が私と母に罪悪感を抱く必要などないのです」


「……エウリ様」


 ティオのほうもエウリにそう言われるとは思わなかったのだろう。驚いていた。










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