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意外な訪問者3

最後のほうを大幅に加筆しました。

 パオの予想外で衝撃的な科白に驚いているのはエウリとデイアだけだった。事前に知らされているのか、オルフェとパーシーは平然としている。


「……フェニキア公国の先代の大公キニュラスが私の父親です。イオニア家は代々大公家の主治医で、母の父親、私の祖父が『あの男』の主治医で母がその助手でした。先代の大公妃メタルナがオクシュポロスを妊娠中に『あの男』が母に手を出して生まれたのが私です。メタルナの嫉妬を避けるために大公宮を出て母は私を産んだのです。


 母は『あの男』に私の存在を知らせていたので、母と私は生活する分には経済的に不自由はしませんでした。愛情は与えれなかったが父親としての最低限の義務は果たしてくれた。だからといって感謝はしませんが」


 パオに対してだけではない。


 母の母、エウリの祖母は東方出身の有名な二胡奏者だった。とある祝いで公国に招かれ「あの男」の目に留まり母を産んで亡くなった。祖母は天涯孤独だったため「あの男」が母を引き取り公女として何不自由なく育てた。


 自らの禁忌の行為の結果産まれてきたエウリに対しても、母が「何でもするから、この子を殺さないで」と懇願したからという理由であっても、戸籍を与えず隠して育てても、最高の衣食住を与えてくれた。


 我が子に対して最低限の義務は果たしている。パオの言葉ではないが、だからといって感謝はしないけど。


「……お母様は、この事を?」


「知っていたのか?」というエウリの言外の言葉にパオは微妙な顔になった。


「……はっきりと言葉にはなさいませんでしたが……気づいておられたような気がします」


 だから、母はパオにエウリ(アネモネ)を帝国に連れて行くように頼んだのかもしれない。ただ単に信頼していた主治医だったからではなく、彼が自分の異母兄(あに)であり……エウリにとっても異母兄であり伯父であったから。


「……だから、私は、お前を許せないんだ」


 今まで黙って聞いていただけだったオルフェが冷たい眼差しをパオに向けた。よく研いだ刃物のような眼差しは迫力があるが同時に美しさを倍増させるものだった。


「……『あの男』がミュラにしていた事を見て見ぬふりをしていても、お前がミュラや『あの男』と他人なら許せた。大公だった『あの男』に主治医に過ぎない男がどうにかできるはずないからな。


 だが、お前は、『あの男』の息子でミュラの異母兄(あに)。それだけでなくミュラを愛していたというのなら、なぜ」


 オルフェは言葉を止めた。激昂する感情を抑え込み冷静になろうとしているように見えた。冷静沈着な彼ですら、こういう時があるのかとエウリは驚いた。


「なぜ、自分の命を懸けてでも、ミュラを『あの男』から解放しなかった?」


 無表情で整い過ぎた容姿だ。オルフェは普段でも黙っているだけで他者を威圧するが今は怒りがそれを倍増させている。気が弱い者なら、すぐに逃げ出すだろうがパオは黙って彼の怒りを受け止めている。


「……パオのせいではありません」


 エウリが口を挟むべきではないのかもしれない。だが、言わずにいられなかった。


「……姫様、いいのです。私は何を言われても仕方ありません。……特に、この方からの非難は」


 オルフェが母が唯一愛した男性だから?


 だが、オルフェでも誰でも、パオを責める事はできないはずだ。


「……私が言うべきではないのは分かっています。それを言うべき唯一の人であるお母様は、もうこの世のどこにもいないのですから。


 それでも、あえて言います。お母様は誰も責めていません。お母様が誰かを責めたり恨んだりする方でない事は、お母様を愛したあなただってお分かりのはずです。


 こういう言い方は嫌いですが、仕方なかったのです。あなたが仰る通り『あの男』は大公、しかも史上最高と言われるほどの。そんな男を誰が断罪できるのですか?」


「……ミュラだけじゃない。君も言う権利がある」


「……オルフェ様」


「……分かっているんだ」


 オルフェは苦渋に満ちた顔で言った。


「これは、私の八つ当たりだ。ミュラを『あの男』から解放できなかったというのなら私も同じだ。むしろ、私のほうが悪い。妻が妊娠中にミュラを愛し……彼女が一番苦しんでいる時に何もしなかったのだから」


 帝国は一夫多妻だ。オルフェが妻以外の女性に恋をしても責められる事ではない。真面目な彼は、それが「罪」だと思うのだろうか。


「……あなたのせいではありません。あなたがお母様を帝国に連れて行こうとしても、お母様は、きっと拒んだでしょうから」


 オルフェがすでに妻(しかも妊娠中)がある身だからではなく体の弱い自分では彼の役に立てないからと。


「……それに、あなたがお母様を帝国に連れて行けば、私は産まれなかった。……そのほうが、お母様やあなたには、よかったのかもしれませんが」


 母だけが世界の全てだった幼い頃なら母が幸せなら自分の存在がなくなったとしても構わないと思っただろう。


 だが、今は、母が亡くなった後の人生、出会った人達も大切なのだ。


 ……この命が穢れたものであっても、本来なら産まれるはずがなかった命であっても、今幸せだから産んでくれた母に感謝している。


「……『あの男』がミュラにした事は到底許せない」


「それは当然です。オルフェ様」


「だからといって、君の存在まで否定する気はない。君に罪はないし、何よりミュラにとって君は誰よりも大切な娘だ。君がいたから『あの男』がもたらす地獄にも耐えられたんだ。君と出会った人達、私やハークを含めて、君と出会えてよかったと思っている。君の存在を否定したように聞こえたのなら悪かった」


 オルフェが心から謝罪しているのは、その声や表情で分かる。


「あなたが私に謝る事など何もありません。オルフェ様」


 オルフェが、いや、世界中の人間がエウリの存在を否定しても、それは仕方ない。


 だから、愛する女性の娘という理由だけで、エウリ自身に対する想いが全くなくても、気にかけてくれる。それだけで充分だ。


「……パイエオン・イオニア。いや、今はテュンダレオス・マグニシアだったな。君にも謝らなければ」


「宰相閣下が私に謝る事など何もありませんよ」


 オルフェの言葉にパオは驚いた顔だ。まさか彼にそう言われるとは思ってもいなかったのだろう。


「いや。パーシーに連れられて私に会いきた君に対して、ずっと大人げない態度ばかりとった。すまなかった」


 オルフェ自身、その自覚はあったらしい。


「いいえ。謝るのは私のほうです。宰相閣下。


 ……記憶を取り戻してから私は、あなたを避けていた。どんな運命の悪戯か、あなたの従妹と結婚し、あなたと親戚になった。そのため何かの集まりの折には私も招待されたけれど決して行かなかった。あなたに会いたくなかったから。


 ……ミュラ姫が唯一愛した男性であるあなたに、あの方が最期に頼ったあなたに、私は嫉妬している。だから、会いたくなかった。会えば苦しむのは分かっていたから。……あまりにも身勝手ですね。自分の正体を、あの方の主治医で異母兄(あに)だと明かして、あなたの罵倒を受けるのが当然だのに、あなたを避け続けた。


 それに……ミュラ姫を『あの男』から解放しなかったというのもそうですが……あの方の手を汚させてしまったのも私の罪です。謝っても到底許されない」


「あなたのせいじゃない。……『あの男』があなたの父親である事を抜きにしても、あなたは医者よ。人を殺せるはずがない」


 親殺しは最大の禁忌。しかも、彼は人を救う医者だ。どんな下種なクズ野郎でも殺せるはずがない。


「……それに、その事(・・・)に関しては、私に一番罪があるわ。お母様は私のために『あの男』を手に掛けたのだから」


 母がオルフェに宛てた手紙にどう書こうと、あれ(・・)はエウリのためだった。娘まで「あの男」の毒牙にかからないように。


「……私が、あの時(・・・)、幼子でなく今の私だったら、お母様の手を汚させなかったのに。私が『あの男』を殺したのに」


 無意味な仮定だ。分かっている。それでも言わずにいられなかった。


「あの男」が母にしていた事を知らず、幼いエウリは無邪気に慕っていたのだから。そんな自分が許せない。


 戸籍を与えられず隠されて育てられても公女並みに何不自由ない生活を送れたのは、母の犠牲の上に成り立っていたのだから。


「……姫様のせいではありません。……私の罪です。医者で『あの男』の息子である事を言い訳にして、『あの男』を殺さなかった。……愛する女性の、妹の手を汚させてしまった。


 ……それだけでなく、そうまでしてミュラ姫が守った貴女を私は守れなかった。貴女が一番つらい時に私は記憶喪失などになり美しい妻と可愛い娘と幸せな家庭を築いていたのだから」


 どうやらパオはエウリの八つ当たりを気にしていたらしい。


「……あれは、ごめんなさい。私の八つ当たりよ。帝国行きの船に一緒に乗ってくれただけで充分だわ。お母様だって、それ以上をあなたに望まなかったでしょう?」


「……望んでくださればよかったのに」


 パオはほろ苦く微笑んだ。


「パオ?」


「命を懸けて娘を守れと言ってくださればよかった。けれど、あの方が最期に頼ったのは、主治医で兄である私ではなく……唯一愛した男性である宰相閣下だった。


 ……分かっています。自分を『あの男』から解放しなかった私などに大切な娘を託せるはずがない。実の妹を愛したという罪を犯しただけでなく、あの方のために何もしなかった。……私のほうがずっと『あの男』よりも罪深い」


 エウリは黙って自分達の会話を聞いているパーシーをちらっと見た後、パオに顔を向けた。


「……想うだけなら罪じゃないわ」


 エウリは二年前、パーシーにも同じ事を言った。


「君は君の最大の秘密を打ち明けてくれた。だから、俺もそうする」と言って、二年前パーシーは自分の最大の秘密を、実の兄である皇帝を恋愛対象として愛している事を打ち明けてくれたのだ。


 言われるまでもなくエウリは、その事(・・・)に気づいていた。彼の皇帝を語る時の顔で。肉親の情や臣下としての忠誠以外の想いを感じたからだ。


「姫様?」


「恋というのは、いつの間にか、気づかないうちに、堕ちるものなのでしょう? それが、たとえ許されない相手であっても。


 あなたは『あの男』とは違うわ。……自分の穢れた欲望でお母様を苦しめていた『あの男』と同じであるはずがない」


 ずっと母だけが幼いエウリ(アネモネ)を愛してくれていたのだと思っていた。だが、パオもまた彼なりにエウリを大切に想ってくれていたのだと分かる。


 妹で姪だからなのか、愛した女性の娘だからなのか。


 どんな理由でも、禁忌の行為の結果、誕生したエウリを大切の想ってくれる。それだけで充分だ。


「今になって私を訪ねてきたのは、私がオルフェ様と結婚すると聞いたからね?」


「貴女の出自を知る自分は係わらないほうがいい」と言っていたのだ。そのパオが訪ねてきたのは、それしか理由がないだろう。


「はい。宰相閣下がミュラ姫の仰る通りの方なら姫様を見守ってくださるのは分かっていました。


 けれど、お二人が結婚するなど思いもしなかった。……失礼ながら、宰相閣下はミュラ姫の身代わりとして姫様を妻に迎えるのではと思ってしまったのです。宰相閣下の真意が知りたかった。だから、ティーリュンス公爵様にお願いして、お会いできるようにしていただいたのです」


 オルフェに会いたくなかったと避け続けたのに、そうしたのは、エウリを心配してくれたからだろう。


 オルフェは帝国宰相で簡単に会える相手ではない。いくらパオが彼の従妹レダの夫でもだ。だから、エウリと自分の係わりを知るティーリュンス公爵(パーシー)を介して会えるようにしたのだ。


「……驚いた。死んだと思っていたミュラの主治医が私の従妹の夫で、しかもミュラとエウリの異母兄(あに)というのだからな」


(それはそうだろう)とエウリはオルフェの言葉に頷いた。冷静沈着な彼にとっても、それは驚愕の事実だったのだ。


「あなたが心配していたような理由ではないけれど……呆れたでしょうね」


 エウリがオルフェに出した結婚条件の事だ。


「……お二人が納得されて結婚するのなら、私が口を挟む事ではありません」


「今は違う名前なのね」


 オルフェがそのように言っていた。


「まあ、それが当然よね」


「あの男」を手に掛けたのは母だが、「あの男」、公国の前大公の死に深く係わっているのだ。帝国に逃れたとはいえ本名で暮らせるはずがない。


「今はテュンダレオス・マグニシアです」


 マグニシアはパオと結婚したレダの姓だ。


「『テュンダレオス』は知り合いに頼んで偽造旅券を作る際に使った名前です。海賊に海に放り出された時、それだけが手元にありました」


「では、私もあなたをそう呼んでほうがいいわね。あ、でも『パオ』と呼んでほしいかしら?」


 名前に対して強い思い入れのあるのでエウリは尋ねた。「パオ」はエウリしか呼ばなかった愛称だ。彼女が呼ばなくなっても構わないのかもしれないが。


「『テュンダ』とお呼びください。家族はそう呼んでくれます。……貴女に『パオ』と呼ばれなくなるのは寂しいですが『パイエオン・イオニア』は、あの火事で死んだ事になっているはずですから」


 母が「あの男」を手に掛けて、その死体に火をつけて起こした火事の事だ。その隙に母とエウリとパオは大公宮を脱出したのだ。


「私の事は『エウリ』でいいわ。元々『姫様』と呼ばれる人間ではなかったし」


 エウリは誰よりも濃い大公家の血を持っていても、戸籍も与えられず隠されて育った。元々「姫様」と呼ばれる人間ではないのだ。


「……お母様が名付けた名前を棄てるのは、あなたには不快だろうけれど」


 オルフェ同様、母を愛していたパオ、いやテュンダにとっても、母が名付けた名前を棄てるのは複雑な思いがあるだろうと心配するエウリに彼は首を振った。


「……いいえ。宰相閣下から聞いてます。『エウリュディケ』も貴女にとって大切な名前だと。姫様が望まれるなら『エウリ様』と呼ばせていただきます。


 私がいうのはなんですが、グレーヴス男爵ご夫妻には感謝しています。貴女をこんなに美しく賢い女性に育てていただいて。私が育てては、きっと甘やかして駄目にしていただろうから」


 血が繋がっていないポリュを後に産まれた自分の娘達と分け隔てなく育て、帝国が世界に誇るピアニストにまでしたテュンダだ。


 テュンダが育ててエウリを駄目にするとは思えないけれど、グレーヴス男爵夫妻の養女になったのは確かに幸せだった。


「……あなたが私を気にかけてくれた事はありがたいと思っている。でも、私はもう幼子ではないから気にかける必要はないの。だから、これからは、あなたの今の家族の事だけを考えてほしい」


 テュンダもおそらくオルフェと同じで、今も亡くなった母を想っている。エウリを気にかけてくれるのは、その母の娘だからというのも理由のひとつだろう。


 けれど、今のテュンダは幼い娘達を持つ父親だ。アリスタのように今の自分の家族を優先してほしい。


「……勿論、今の家族は大事です。でも、同じくらい貴女も大切なんです。貴女が何を仰っても私は貴女を気にかけてしまうでしょう。それは、お許しください」


「……許す許さないもないわ」


 何とも思ってない人間ならともかく好意を持った人間に気にかけてもらって嬉しく思わない訳がない。




































 











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