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知られていない血族

「君なら、そう言うと思っていた」


 言葉とは裏腹なオルフェの安堵した様子に、エウリは何ともいえない顔になった。


(……オルフェ様は私が「あの男」の子供や孫を殺す可能性もあると考えていたわけね)


 オルフェの安堵した様子は、そう(・・)としか思えない。


 いくら「あの男」が憎くても子供や孫というだけで彼らを殺せるはずがないのに。


(だったら、真っ先に私は私を殺しているわ)


 最も「あの男」の血を濃く引いているのは他の誰でもないエウリなのだから。母の「生きて」という最期の言葉がなければ、こんな命(・・・・)など簡単に投げ棄てていた。


「『あの男』の子供や孫と、どうやって知り合ったのですか? あ、勿論、話したくないなら、お話してくださらなくて結構です」


 エウリが秘密の全てを打ち明けたからといって、オルフェまでそうしろとは強要できない。エウリは自分で決めて秘密を話したのだし、何より他人が隠したがっている事を暴く真似はしたくない。


「彼には君の事を話してあるから、君には話すべきだろう」


 聡明なオルフェがエウリの血族というだけで彼女の事を話したとは思えないから、余程信頼できる人間で話さざるを得ない状況だったのだろう。


「……『あの男』の葬儀に参列する事になり公国に行った。彼と、『あの男』の息子と出会ったのは、『あの男』の墓の前。私と彼の目的は奇しくも同じで、『あの男』の墓と遺体を跡形もなく消し去る事だ」


 気持ちは分かる。母を、愛した女性を苦しめた男だ。墓も遺体も、「あの男」の痕跡など何ひとつとして、この世に残っているなど我慢できないだろう。


 だが、冷静沈着な宰相として知られるオルフェが実際に、そんな事(・・・・)をするとは思わなかった。オルフェの家族ですら信じられないという顔で彼を見ている。


「……あなたがそう(・・)なさったのは意外ですが、お気持ちは理解できます。ですが、その方は、なぜ、そんな事(・・・・)を?」


「……『あの男』には数多くの愛人がいたが、その女性達全員が喜んで『奴』に身を任せた訳ではない」


 銀髪に紫眼の美丈夫だった「あの男」。パーシーと同じ逞しい長身で、皇帝陛下のような優雅で優美な顔立ち。いうなれば、この帝国で最も高貴な兄弟を足して二で割ったような超絶美形だった。


 その上、史上最高のフェニキア公国の大公であり、やや子供っぽい一面もあったが、それすら人を惹きつける魅力になっていた。幼かったエウリ(アネモネ)でさえ「あの男」が母に何をしていたかも知らずに自分に無関心な「父」に懐いていた。


「あの男」の愛人となった女性の多くは喜んで身を任せたとは思う。


「……その方のお母様も、お母様と同じ目に? だから、その方は、『あの男』の墓と遺体を跡形もなく消し去ろうと?」


 オルフェは黙っていたが、それが肯定だとエウリには分かった。


「それで意気投合して互いの事を話したんだ。その時に君の事を話した。……君の許可を得ずに話した事は、すまなかったが」


「いいえ。オルフェ様がお話されたいと思われたのなら構いません」


 そう言った後、エウリは気になる事を尋ねた。


「あなたは公式に知られていない『あの男』の子供や()は私だけではないと仰った。その方には、お子様がいらっしゃるのですか?」


「ああ。彼には双子の子供がいる。双子は兄妹で、今年二十歳になるな」


 二十歳になる双子の父親なら常識的に考えてオルフェより年上か。公国も帝国と同じで男性は十八から女性は十六から結婚できるので。


「ついでに言うと、彼も双子だ。彼の双子の妹は同性愛者で子供はいないが」


「……二十歳になる双子の兄妹の父親で、双子の妹が同性愛者?」


 何やら考え込んだ顔で呟いていたのは義母だった。


「お義母様?」


 何がそんなに気になるのだろうと思わず声をかけたエウリに気づかない様子で、義母は息子(オルフェ)をじっと見つめていた。


「……それって、もしかしなくても、イスメ様の事?」


 義母は、どうやらオルフェが言う「彼」が誰か知っているらしい。


 帝国宰相の母である義母が敬称をつける人間。公国で、かなり高い地位に就いているのだろう。


(……イスメ? 愛称かもしれないわね)


 公国で高い地位にいて愛称が「イスメ」となると――。


「……まさか、イスメニオス・ヘヴェリウス様ですか? 現在公国の宰相となっている」


 エウリは言った後で、(まさかね)と思った。


 現在公国の大公となっているエウリの伯父であり異母兄であるオクシュポロスは両性愛者だ。女性の愛人だけでなく男性の愛人もいる。イスメニオスも、その一人だと言われている。


 愛人の中で最もオクシュポロスに気に入られ、子供がいなかった公国の前宰相の養子になり、養父が亡くなると後を継ぎ宰相となった。


 エウリと同じで、前宰相の養子となった以前の素性は知られていないので、年齢的にも実の父親が「あの男」だとしてもおかしくはない。イスメニオスは確か今年四十になるはずだ。「あの男」が十八の時生まれたオクシュポロスの三つ下だ。


 だが、禁忌を犯し命の危険を冒してまで公国の中枢に入り込む気持ちが理解できない。


 禁忌は実の兄弟で交わる事だ。戸籍上は他人でも、子供ができない男同士でも、異母兄(オクシュポロス)の愛人になるなど人として決して許されない。


 命の危険は、イスメニオスが「あの男」、前大公の息子なら、オクシュポロスは確実に排除に動くからだ。


 宰相となった経緯はともかくイスメニオスは有能だ。《公国史上最高の宰相》と讃えられるほどに。そのお陰か、人間としても魅力的なのか人望もある。


 逆にオクシュポロスは父親と違って無能で何の魅力も感じられない人間だ。エウリは伯父であり異母兄である大公とは、この十五年会ってはいない。だが、人間の本質が簡単に変わるとは思えない。


 大公がそんな(・・・)でも、現在なんとか公国が成り立っているのは、イスメニオスをはじめとする有能な臣下達のお陰だろう。


 有能な宰相が実は前大公の隠し子だと知れば、誰だって無能な大公を追い落としてイスメニオスを大公にと望むだろう。今の地位を守るためならオクシュポロスは確実に排除に動く。彼が一番お気に入りの愛人だろうと、異母弟だろうとだ。


 そうならないために素性を隠しているのだとしても、なぜ、そこまでして(・・・・・・)公国の中枢に入り込むのだろう?


 オルフェの言う「彼」は遺体と墓を跡形もなく破壊するほど「父親」を憎んでいた。イスメニオスが「彼」なら禁忌と命の危険をおかしてまで、その「父親」が統治していた国の中枢に入り込もうとするだろうか?


 野心と「父親」への憎しみは別だと言われてしまえば、その通りだが。


 いや、野心があるなら、とうの昔に前大公の息子だと公表し、オクシュポロスを追い落として大公の座に就いていたはずだ。イスメニオスには、それだけの能力と人望がある。約二十年も宰相位に居続けるはずがない。


「……そんな訳」


「……内緒だぞ」


「ありませんよね」と言いかけたエウリの言葉をオルフェが遮った。


「……え? では、本当に公国の宰相様がオルフェ様の仰る『彼』で、お義母様の仰る『イスメ様』なんですか!?」


 驚きのあまり大声で言った後、エウリは慌てて口元を押さえた。


「大丈夫だ。使用人には呼ばれるまで近づくなと言ってある」


 オルフェが安心させるように言った。


「……申し訳ありません」


 恐縮するエウリをよそに、今まで黙って話を聞いているだけだったデイアが不思議そうに言った。


「でも、現在の公国の宰相様は独身で、お子様もいらっしゃらなかったはずですわ」


「……公式にはね」


 義母が、ぼそりと言った。


「実際には、双子のお子様がいらっしゃる?」


 確認で訊いたエウリに、義母は衝撃的な発言をした。


「……双子の母親が私の一番下の妹ウラニアなの」


 エウリだけでなくハークとデイアも驚いている。


「……確かに何かの話の折に、ウラニア大叔母様が双子の兄妹を産んだ事は仰っていましたが」


「……まさか、父親が公国の宰相閣下とは」


 妹の言葉の後をハークが続けた。


「……幼いあなた達に話す訳にはいかなくてね」


 幼かった兄妹に話せなかった義母の気持ちは分かる。いくら賢くても幼い子供に秘密を守らせるのは酷だ。


「誤解しないでね。今日のオルフェの話を聞くまで、私にとって、イスメ様はウラニアが産んだ双子の父親で、息子(オルフェ)の友人でしかなったわ」


 義母も公国宰相が前大公の息子という事は知らなかったのだ。


「……母上に黙っていた事は申し訳ありませんでしたが」


「いいのよ。黙っていた理由は分かっているつもりよ」


 オルフェは公国大公の後継者問題に母親を巻き込まないために黙っていたのだろう。


「公国の宰相様が奥方を迎えず、お子様の存在を隠していらっしゃるのも、後継者問題に巻き込まないためでしょうか?」


「まあ、そうだな。ウラニア叔母上も双子も権力には興味がない」


 エウリの質問にオルフェが答えた後、義母が苦い顔で言った。


「そんな事情がなくても、ウラニアは誰からの求婚も受けたりしないわ。


 ……あの子に限らず、私の姉妹の大半は恋愛に奔放でね。平気で二股三股するくせに、結婚したら配偶者以外と恋愛すべきじゃないって考える子達だもの」


 ウラニアにとって公国の宰相は遊び相手の一人という事だろうか?


 まあ、公国宰相(イスメニオス)の結婚事情など、はっきりいってエウリにはどうでもいい。

























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