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求婚

「……申し訳ありませんが、もう一度仰っていただけますか?」


 夜会が開かれたとある貴族の館。


 外の風に当たろうと庭に出たエウリことエウリュディケ・グレーヴスの後を追いかけてきたらしいハーキュリーズ・ミュケーナイは彼女が聞き間違いであってほしいと願う事を繰り返し言ってくれた。


「レディ・エウリュディケ・グレーヴス。私と結婚してほしい」


 真摯な顔でもう一度告げるハーキュリーズにエウリは内心頭を抱えた。


(……聞き間違いじゃなかった……)


 ハーキュリーズはアルゴリス帝国宰相、ミュケーナイ侯爵の唯一の跡取りであり絶世の美青年だ。そんな彼に求婚されれば年頃の貴族の娘は手放しで喜ぶだろう。結婚相手として申し分ないのだから。

   

 ハーキュリーズは十八歳になったばかり(あと二ヵ月でエウリも彼と同じ歳になる)。短いのが何とも惜しい紅玉や鮮血を映したような見事な真紅の髪。最高級の金剛石を思わせる青氷色アイスブルーの瞳。白磁の肌。均整の取れた長身。


 整いすぎて作り物めいて見える美貌は性を感じさせず大半の男性に恐怖と嫌悪を抱いているエウリには、かなり好ましいものだ。


「私はグレーヴス男爵の養女で元々貴族ではありません。その上、離婚歴もありますよ」


 エウリとハーキュリーズは碌に話した事もない。だが、そんな事は問題ではないのだ。


 貴族の結婚など家同士の結びつきであり、碌に知りもしない相手とでも家格の釣り合いだけで決めるのだから。そのせいか他国と違い帝国は一夫多妻だ。


 ハーキュリーズがすでに家格に見合う女性と結婚していてエウリが第二、第三夫人になるのならともかく正妻にはなれないだろう。


 エウリがグレーヴス男爵の実の娘であっても侯爵家と男爵家では格が違うのだから。


 実は碌に話した事もない夜会やら園遊会やらで遠目で見かけただけの男性から結婚を申し込まれたのは、これが初めてではない。


 エウリは絶世の美女なのだ。輝くばかりの長い金の巻き毛。雨上がりの空のような青い瞳。白磁の肌。女性美の極致の肢体。


「そんな事は気にしない。出会ってから君を忘れた事はなかった。本当なら君がアリスタと結婚する前に求婚したかったが」


 エウリが二年前に結婚し即離婚した夫、アリスタことアリスタイオス・ラピテースはハーキュリーズの友人である。


「あの時は私が結婚できる年齢ではなかったからな」


 ハーキュリーズは心底悔しそうに言った。


 帝国では結婚できるのは男性は十八から女性は十六からだ。二年前なら彼はエウリと同じ十六。確かに結婚はできない。


 まあ、それ以前に家格が違いすぎるのだから周囲が結婚に猛反対するだろうが。


「この歳になり周囲が私に結婚しろと圧力をかけるようになった。結婚するなら君しか考えられないんだ」


 ハーキュリーズにこう言われれば大半の女性は心を動かされるだろう。たとえ今まで碌に話した事がなかったとしてもだ。


 だが、ハーキュリーズにとって残念な事にエウリは「大半の女性」ではないので(……私がどんな人間か知りもしないくせに)と内心で毒づくだけだった。


「まずは私という人間をよく知った上で私との結婚を受け入れてほしい」


「私の条件を受け入れてくださるのなら結婚してもいいです。まず無理でしょうけど」


 ハーキュリーズが言い終わった途端そんな提案をするエウリに彼は驚いた顔だ。


 普通なら「考えさせてください」とか言って結論を先延ばしにするのだろうがエウリは忙しい。面倒な事はさっさと片付けたかった。


「言ってみてくれ」


「まず私にとって大半の男性は嫌悪と恐怖の対象です。そして、子供は絶対に産みたくありません。なので、子供を作る行為は絶対にしたくありません。


 勿論、あなたには跡継ぎを作る義務があるでしょう。なので、子供は私以外の女性と作ってください。私は全く気にしませんから。ああ、それと生まれた子供の養育には一切係りません。子供は大嫌いなので。


 それと私は私のしたい事を優先するので次代の侯爵夫人としての役割の大半は放棄します」


 エウリの予想通りハーキュリーズは呆気にとられた顔だ。その顔ですら美しいので彼女は脳内メモにしっかりその顔を描き込んだ。


「……遠回りに私との結婚を断っているのか?」


 ようやくハーキュリーズからこぼれた言葉がこれだった。


「そう思われるかもしませんが他の男性なら条件など提示せず即行で断っています。条件さえ受け入れてくださるなら結婚してもいいと思ったのは、あなたの顔がこの世で二番目に好きだからです」


(それに、あなたと結婚すれば、この世で一番好きな顔も間近で毎日見ていられるし)


 エウリは後半は心の中だけで呟いた。


「……顔だけか……」


 がっくりきているハーキュリーズにエウリは冷笑した。


「あなただって私の外見だけで求婚したんでしょう?」


(……私がどんな人間か知れば誰も私に求婚などするはずがないのだから)


「それは違う!」


 強く否定するハーキュリーズにエウリは醒めた眼差しを向けた。


「とにかく私が提示した条件を受け入れられないのなら結婚は諦めてください」


「……君に何があったんだ?」


「……私のトラウマをあなたに話す義務はないでしょう?」


 この場から去ろうとするエウリにハーキュリーズが強い決意を込めて言った。


「君のそのトラウマ、私が治すよ」


「治らなくても私は全く困りません」


「私が困るんだ」


(……えっと、それってつまり?)


 エウリは信じらない思いで尋ねた。


「……男性を顔でしか見ない上、あんな高飛車な条件を出した女ですよ。なのに、まだ結婚したいんですか?」


「言っただろう? 結婚相手は君しか考えられないと」


 ハーキュリーズは、にやりと笑った。その表情は作り物めいた美貌に人間味を与えるものだった。


 それはそれで魅力的だったので普段なら忘れないように脳内メモに描き込むのだが、この時のエウリはなんだか精神的に追い詰められた気がしてそれどころではなかった。




 




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