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星天のカナタ  作者: クロウ
第一章(上) 永久の刹那
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第05話 それでも「負けたくない」と言える強さが欲しいよ

『ユキガネ』を抜き放つと同時。その切っ先の延長線上に、天を衝く氷柱がディメナを貫かんと生み出される。


「ざーんねん」


 ディメナが軽く手を振り下ろすと、巨大な質量を持つ氷柱の切っ先が一瞬で虚空に消えた。


「……!」


 何が起きたのか。ディメナの身体を刺し貫く位置にあった氷柱が全て消失している。切断面は鋭利。切り飛ばされた──にしては、切り飛ばされた側の氷柱がどこにもない。ユキノは氷の現界を解いていないのだ。

 加えて、今起きた現象を解き明かす鍵がもう一つ。ユキノは、自らが生み出した氷を操作するために、氷全てを分子単位で把握している。そして今、その一部が忽然と操作不能となった。

ユキノが氷の操作権限を失う条件は三つ。

 一つ目は熱されるなどで水、または気体に変化してしまった場合だ。ユキノが操れるのはあくまで『氷』という現象にとどまるため、状態変化すると操作不能となる。今回の現象とは無関係。

 二つ目は魔力限界だ。氷を生み出した段階で込めた輪廻力リインが尽きると、現界を保てずに消失する。そしてユキノの生み出す氷の平均現界時間は一分前後だ。同じくこれも、違う。

 最後の条件。それはあまりにも当たり前で、しかしレアケースすぎて起き得ない条件だ。

 すなわち──この世界から存在自体が消し去られた場合。馬鹿らしい話だが、この世に存在しないものは操れない。だが今回、そんな馬鹿話が目の前で起きてしまったようなのだ。つまり、

 ──消し飛ばされた……?

 刹那の思考の中でその結論に達したユキノは戦慄する。間違いない──


「概念属性……!」


 概念属性。『不純』に属する『星願天祈エスペラシオ』 から生み出される、この世の理を曲げる力。概念属性は所持者が少なく、厄介な能力が多い。


「さあて、どうでしょうね」

「このクソアマ……」


 艶美な表情で余裕を見せるディメナ。

 能力だけではなく、どうやらこの女とは相性が悪いらしい、とユキノは舌打ちをした。


☆★☆


 地を蹴り飛び出し、雷弾を放ちながら一気に距離を詰めるカナタ。雷弾から能力を推察できれば、という思考の元放った牽制であったが、ゼファードはしかしそれを意に介さず。


「疾──ッ!」


 閃光一筋。直上から振り下ろされた得物が、直径数センチに満たない雷弾を鮮やかに寸断した。その様、さながら流星の如し。星の光に迫る太刀筋は、質量を持たない雷をも一刀両断する。

 それは強固な『星願天祈エスペラシオ』とずば抜けた技量の二つがかみ合って放たれた一撃だった。


「そのような粗末な小細工で、己が倒せると思ったか?」

「ああ、思っちゃいないよ……ッ!」


 もちろん本命はそこではない。射程に捉えたカナタは、ブースターを吹かせて一足跳びにゼファードに迫り、そして。


「──────────っ、ぁ?」


 刀はゼファードの手前で、止まった。

 どう足掻いても、それ以上進まないのだ。まるで虚空に障壁が存在し、行く手を阻んでいるかのように。

 風が、カナタの頬を撫でた。いつの間にか顕現していたゼファードの黒翼が羽撃はばたく。

 瞬間。


「ぁ、がはっ……!?」


 カナタの全身から鮮血が舞った。

 防御陣は一秒と保たずに粉砕され、そのまま肉体へ至った『切断』という事象が、皮膚を破き、腹を裂き、四肢を抉った。

 血袋は宙を舞い、鮮血を撒き散らしながら墜落する。荒野に咲いた血の花は、膨大な出血量を如実に表していた。


「こんなものか、少年。情けないな。そこの女を守ると息巻いていたが、実力が伴わねばそれは傲慢だ。泣き喚くガキと変わらんぞ?」

「か、は……っ」


 内臓を負傷したのか、血を吐きながら立ち上がろうとするカナタ。しかし身体がついてこない。全身が震え、涙が滲む視界は歪んでいる。全身を襲う激痛が、やめろ立つな諦めろと脳に命令を送り続ける。

理想郷委員会エル・ドラド』第一位。その圧倒的なまでの実力差に、少年は地に伏すことしかできない。

 そのはずなのに。

 血が失われて冷たくなっていく身体。朦朧とする意識の中で、カナタは小さな温もりを感じる。

 次第にそれは全身に広がっていく。温かく、優しい心が、カナタを包み込む。


「痛いのは、だめ」


 全ての傷を修復し終えて、立ち上がる金髪の幼き少女。

 ゆっくりとカナタの前に歩み出て、両手を広げてゼファードの前に立ち塞がる。


「痛いのは、やめて!」


 自身も恐怖に震えて涙目になりながら、それでも少女は果敢に立ち向かう。こんな自分に、手を差し伸べてくれた彼のために。


「……分からんな」


 しかしゼファードは、訝しげに眉をひそめた。


「そこに倒れている少年は、貴様を守るために剣を握ったのだぞ? 少年の代わりにそこに立つ意味を、理解しているのか?」


 腕を組み、世界を知らない少女に向かって、ゼファードは苛立ちを含んだ言葉を投げかけた。


「貴様の行動がどれだけ少年にとって屈辱か、分かっているのか?」

「ぇ……ぁ……?」


 呆然とするミライの背後に、ふらつきながらも立ち上がる少年の影があった。


 やめろ。


 やめてくれ。


 そんな心の叫びを抑えながら、ミライの肩に手を置く。


「ごめんな、頼りなくて」


 血が滲むほどの歯ぎしりをしながら、カナタは一歩前に出た。見られないよう、顔を背けて涙を拭く。



「ごめんな、情けなくて」



 苦しいほどに、情けない。



「僕は、弱いから」



 少女の優しさが、残酷に弱さを責め立てる。



「君に守られてしまうような、情けない男だけど」



 だけど──そう。



「それでも譲れないものは、あるんだ」



 ミライの背中が、カナタの胸の奥に再び火をつけた。

 もう一度だけ、立ち上がろう。恐怖に震える足を引っ叩き、もう一歩だけ進んでみよう。兄さんならば、きっとそうするから。


「それでいい」


 ゼファードは立ち上がったちっぽけな少年の姿を見て、満足げにニヤリと笑った。


「先に言っておくが──己に斬れぬものはない。それでも立つというのなら……いいだろう。今度はその意志ごと叩き切るまで」


 再び刀を構える竜人に、カナタは相対する。


「行くぞ、ゼファード」

「来い少年……己は、強き者を歓迎するッ!」


 カナタはゆっくりと歩みを速め、やがて走り出した。双銃刀を握りしめ、稲光を纏わせて駆ける。

 そして兄譲りの力強い輪廻力リインを宿して、詠い上げる──


☆★☆


 爆撃にも似た薄水色の嵐は、一人の目標ターゲットめがけて、寸分の狂いなく殺到した。


「無駄だって言ってるのに」


 しかし軽く腕を振っただけで、まるで竜の顎門に飲み込まれたかのようにごっそりと、氷は姿を消すのだ。


「腹が立つほど強力ね……」

「お褒めいただき光栄よ、人間?」


 反転、ディメナが攻勢に出る。輪廻力リインを宿したその手刀は、分厚い氷壁も容易く切断してみせる。

 触れれば終わりだと直感的に判断したユキノは、必ず一定の距離を置いて戦闘を進める。


「つれないわねッ!」


 遠距離の攻撃手段を持たないらしいディメナは、間断なく襲い来る氷撃を防ぎ続けることしかできない。時間稼ぎに徹したユキノは、ひたすら物量で押すことで凶悪なディメナの能力を抑えきっていた。

 対竜人の鉄則は、時間稼ぎである。

 竜人の扱う魔法は、『円環魔法』ではない。同じ輪廻力リインを力の源とするものの、その発現方法に差異がある。

『竜脈魔法』と呼ばれる、彼ら独自の魔法体系である。

 星竜族は強大な輪廻力リインを持ち、身体能力も天人族を大きく上回る。加えて、空を飛ぶための翼を持つ。まともにやり合えば、勝つのは星竜族だ。

 しかし、今日ここに至るまで、星竜族は天人族から地上を奪取することができずにいる。

 なぜか?

 そこには、『竜脈魔法』に秘められた制約が関わっている。

 通常、魔法の行使などで減少した輪廻力リインは時間の経過とともに回復する。しかし星竜族は、エストランティア大陸にいないと輪廻力リインが回復しないのだ。

 それは、星竜族にかけられた呪い。竜たちは強大な力を持つ故に、星天神によって空に縛られたのだ。

 つまり、星竜族は地上で戦い続けることができない。

 ユキノはその制約を利用し、輪廻力リイン切れを待つためにひたすら時間稼ぎをしている、ということだった。

 しかし、ディメナは星竜族随一の輪廻力リイン量を誇る龍姫りゅうきだ。そう上手くいくほど、『理想郷委員会エル・ドラド』第二位は甘くない。


「しぶとい……」


 なかなか息切れする気配を見せないディメナに業を煮やしたユキノは、ならばこのまま削り切ってみせると詠い始めた。


百花繚乱ひゃっかりょうらん泡沫ゆめが如く! 戦乱切り裂く小夜時雨さよしぐれ!」


 詠いながらも小刻みに氷槍を生み出し、決してディメナを近づけさせない。


飛雪千里ひせつせんりの白銀よ、永久とわに刹那に咲き狂え!」


 恐ろしいほどの氷が生成されていく。三分咲きのおよそ二倍強。千を超え万に至るまで、空間に無駄なく配置された氷片たち。

 そしてここでユキノは、定型文から外れる。


風花雪月ふうかせつげつ巡りて刻め──まわりて開け睡蓮花!」


 それは、通常の詠唱には存在しない一節。対ディメナ用に編み込まれた『連結詠唱』。


はし凛氷りんひょう八分咲き(はちぶざき)──『桜華烈斬抄おうかれつざんしょう睡蓮乃調すいれんのしらべ』ッッ!!!!」


 ディメナが範囲外へ逃れようとバックステップするが無駄だ。『ユキガネ』の切っ先がディメナを捉えている限り、「撃ち損じ」の文字はない。


「──────────────────」


 そして、竜女めがけて氷片が濁流の如く押し寄せた。


☆★☆


 ユキノが詠い始めた直後。

 ディメナも、詠い上げるユキノを前にただ待つばかりではなかった。その詩に散りばめられた単語と、生成される氷の形状から技の性能を推察する。

 ──百花繚乱? 小夜時雨? 無数に生まれる氷片から見るに、全方位から氷片をぶつけて削り殺す技?

 全方位攻撃。それはディメナにとって非常に相性の悪い武技であった。ユキノには巧妙に隠しているが、ディメナの持つ次元干渉能力には制限がある。

 ディメナは『次元の窓』と呼ばれる干渉領域を開くことで攻撃を別次元へ消し飛ばしている。この次元の窓には『入り口』と『出口』の二種類あり、現在ディメナが使用しているのは入り口のみだ。手元で明確にイメージを持って開く入り口と違い、出口は自身からか離れた位置に生成されるため、数倍近く生成時間がかかってしまう。そのため、ディメナがリアルタイムの戦闘で使えるのは入り口のみ。敵の攻撃を別次元へ消し去るか、自分の手刀に窓を重ねることで、通り道にある分子を消滅させる『次元刀』か。ディメナは強力な『星願天祈エスペラシオ』 を有する代わりに、応用が利かないのだ。

 ──荒々しいことは、嫌いなのよ……ッ!

 だからこそ、全方位攻撃には弱い。窓を複数開くことは、現状のディメナには不可能だからだ。


「チッ──」


 ならば、どうにかして攻撃を一方向に限定しなければならない。

 ディメナは窓を真下に向け、地面を大きく抉った。

 次の瞬間、解放された氷片が殺到した。しかしそれは地面という天然の要塞によって上方に限定され──


「そう。それが、弱点らしいのよね」

「──?」


 落ち着き払ったユキノの一言が、何故か引っかかった。

 しかし今更やることは変わらない。真上から襲いかかる氷の滝を次元の窓が全て飲み込み、油断した女の背後に飛んで刺し殺す。そのまま少女奪取の目的を達成しても良かったが、今はこの生意気なクソ女をぶちのめしたいという気持ちの方が強かった。

 爆撃にも似た氷の嵐を、『次元の窓』が食い荒らす。防ぎきったディメナは、反撃に出て──


「──咲き誇れ、睡蓮花」


 瞬間、だった。


☆★☆


 振り下ろされた『ユキガネ』を、再び天高く突き上げる。山のように積み上がった氷片たちが、螺旋状に巻き上げられる。

 次瞬、まるで時が止まったかのように氷片が空中で静止する。そして、


「──咲き誇れ、睡蓮花」


 結実。無数の氷片が結合し、大輪の花を咲かせる。花は地中にまで根を伸ばし、標的を確実に貫く。


「私も最近知ったのよ。そういう避け方があるらしい、ってね」


 現界を解除し、空気に解けるように消えていく氷。


「クソが……私の身体に、傷を……ッッ!!!!」


 ディメナは、健在であった。しかしその脇腹は大きく抉り飛ばされており、溢れ出さんとする血を次元の窓で強引に抑え込んでいる状況だ。致命傷とまでは行かずとも、痛打には違いない。


「貴様ぁぁあああああああぁぁ……ッッ!!!!」


 バキ、ベキ、とディメナから異音がする。


「クソ女……お前は絶対に、私が殺すからな……ッッ!!!!」


 美しいゴールデンブロンドの髪をかき分けるように、一対の角がせり出した。皮膚がひび割れ、鱗が形成される。そして腰から長い尾が生え、虹彩が爬虫類のように鋭く切れていく──


「この姿は、醜いから嫌いなのよ……」

 怒髪天を衝いた竜女の表情は、美しかった頃の面影を完全に消していた。

 ディメナ・ドラクリアはプライドの塊であった。自分の美しさに誇りを持ち、強き者に侍り、意地と矜持で『理想郷委員会エル・ドラド』第二位を奪取した女傑。星竜族こそ人間の上位存在であると信じて疑わず、弱き者、醜き者を見下して生きてきた。唯一性に存在価値を求める彼女は、星竜族どころか全世界を見回しても二人といない究極の星願天祈エスペラシオ『次元干渉能力』を手に入れるに至った。

 そう。分かりやすく言えば、究極の負けず嫌い。

 そんな彼女が、慢心の末に戦闘で負ける。いや、彼女の場合それは言い訳にならない。ディメナ・ドラクリアは、慢心をしてなお常に頂点に立ち、誰よりも優れていなければならないのだから──。

 そんな彼女の精神性が、『敗北』を許容するはずがなかった。


「殺す。殺すわ──絶対に」


 ディメナは忌まわしき天人族の女を見据える。


「私に敗北は、許されない──ッ!」


☆★☆


裂波雷招れっぱらいしょう天を裂く! 九天きゅうてん揺らす稲光!」


 一瞬たりとも止まることなく、カナタはまるで閃光の如く駆ける。


「星を穿てと雲を割り! 天を揺らせと空を衝きッ!」


 次々と撃ち出されるゼファードの風撃。カナタは小さき身体を閃かせて躱して躱して躱しまくり、空中で狙いを定める。


「空も大地も貫いて、神鳴しんめい果てよと吠え猛る!」


 天を舞うカナタは双銃刀をゼファードに向け、両手を揃えて構える。充填された雷気が空気を痺れさせて、そして。


「彼方まで──響け霹靂へきれき天照あまてらすッ! 『雷渦天双撃らいかてんそうげき』ッッ!!!!」


 斜め下のゼファードに向けて、落雷の如く稲妻が奔る。二重螺旋を描きながら、溜め込まれた莫大な雷気が殺到する。

 確かに先ほどカナタは、雷弾を斬り飛ばされた。生半可な物量ではゼファードの防御陣を削ることすら叶わない。その点、雷渦天双撃らいかてんそうげきは極太の二重雷撃を放つ武技だ。たとえ斬られようと余波がゼファードを灼く──


「──」


 竜人は、しかし慌てない。




「──善き哉(よきかな)




 心折れずに立ち上がった少年に敬意を表し、竜狼りゅうろうは第二の刀を抜き放った。

 父より受け継ぎし、三対六本の刀。銘を六連刀『兜脚かぶとあし』。その第二が今、白日のもとに晒される。

 ──電撃、か。厄介だな。

 ゼファードは刹那の時の中で思考を巡らせる。カナタの思惑通り、この一撃は規模が大きすぎる。斬り裂いても余波に焼き尽くされる可能性は高い。かといって回避は間に合わない。ならば──どうする?

 そして、ゼファードが出した結論は、至極単純にして究極の超絶技巧であった。


「──破ァッッ!!!!」


 振り下ろされた双刀。剣圧が爆風を呼び、荒野の地表をめくり、砂を巻き上げる。

 砂粒同士が激しく衝突し、摩擦が起きる。生まれた摩擦によって砂粒たちは、急激に静電気を帯びていく。

 バリッ、と青白い火花が光った。

 ──『先行放電ストリーマ』と呼ばれる現象がある。

 通常の落雷は、雷雲から伸びる『先駆放電ステップトリーダー』と、大地から迎えるように伸びる『先行放電ストリーマ』の両者が結合し、『主雷撃』──つまり一般的に目にする落雷を発生させる。

 この原理を利用しているのが避雷針だ。機械的に『先行放電ストリーマ』を発生させることで、広範囲の落雷を誘導することを可能としている。

 そして。

 ゼファードが生み出した静電気は、擬似的に『先行放電ストリーマ』の役割を果たす。カナタの生み出した雷撃は誘導され、ゼファードを掠めて天空へ消えていき──


☆★☆


「……っ、」


 カナタは着地すると同時、舌を巻いた。目の前の化け物の恐るべき戦闘勘と、それを成し遂げるだけの力量と技術に。


「己は貴様と相性が悪い」


 にも関わらず、ゼファードは言う。相性が悪い、と。

 実際その通りなのだ。ゼファードの能力はその大部分を『風』と『切断』に寄っている。『雷』という、通常斬ることができないはずの現象を操るカナタは、ゼファードにとって厄介極まりない。


「だが──己は貴様より、強い」


 そう。ゼファードはその不利を、強固な意志の力でねじ伏せた。「己に斬れぬものは無し」という鋼の決意は、物理現象を超えて「雷を切断する」という事象を成立させた。回避不能な雷撃を曲げるという超絶技巧さえも。

 強き願いは弱き願いを否定する──それが、『星願天祈エスペラシオ』 というものだ。


「くそ……っ」


 カナタは膝をつく。ブースターや雷弾、先ほどの武技の使用と続いて、ついに輪廻力リインにも限界が来たのだ。この地では一切回復しない星竜族ゼファードよりも先に底をつくとは、情けない話だった。

 そんな悔しさと情けなさが、より一層カナタの闘志を削り取っていく。

 心折れた者に、『星願天祈エスペラシオ』 は応えない。強き精神を持たない者に、天は一切味方しない。もはや一発の雷弾を飛ばすことすら叶わないだろう。


「ここまでか、天人族の少年よ」

「……」


 土を踏み、ゼファードが迫る。

 相手が悪かった。初めての実践にしてはよくやった。だから負けても仕方ない。そんな言い訳が脳内を巡る。


「ならば、終わりにしよう」


 振り上げられた刀の切っ先が、嫌に鮮明に見える。狭まる視野と反比例するように、体感時間が延長されていき──



「第二魔弾──」



 刹那。



『「撃焔オーバーヒートッ!」』



 熱が、駆け抜けていった。

 そこには。


「悪りぃ、遅くなった」


 揺れる外套、光る剣閃。極点に達した炎熱は、さながら恒星の煌めき。

 携えた撃剣は熱を宿し、白き刀身が陽炎に揺れる。


「兄さん……っ!」

「よく頑張ったな、カナタ」


 カナタは泣きじゃくりながら、憧憬の背中を見上げる。


「うしろの嬢ちゃんと一緒に下がってな。──あとは、俺に任せろ」


 ゼファードの刀を、熱を帯びた『ヴァヴ・ルギール』が受け止める。一瞬笑みを浮かべたのち、セツナはゼファードに向き直った。


「九十九谷守護兵団一番隊隊長、セツナ・エルグランド。随分と弟を可愛がってくれたみたいじゃねえか」

「──ッ、?」


 ゼファードはその名を聞いて、わずかに表情を動かした。

 二人は互いに身を引いて、距離をとる。


「エルグランドと言ったか、貴様」


 聞いたことがある、どころの話ではない。その名は、父を下したという人物の名だ。


「運命とは、数奇なものよ……ッ!」


 ゼファードは竜気を爆発させた。溢れ出た輪廻力リインが風に破壊力を宿し、地表を削る。


「『理想郷委員会エル・ドラド』第一位、ゼファード・ヴァナルガンド。──貴様を超えることが、己の価値を証明する……剣を取れ、我が因縁よ!」

「『理想郷委員会エル・ドラド』第一位だぁ……?」


 なぜここに、『理想郷委員会エル・ドラド』がいるのか。セツナは考えるが──止めた。


「面白え……ッ!!」


 そんなことはどうでもいい。今はこの、強敵との邂逅に感謝を込めて剣を振ろう。強き者との戦闘こそが、己を磨く最高の研磨剤に違いないから。

セツナは撃剣を構える。



 ──『第二魔弾・撃焔オーバーヒート』。



 撃剣の持つ回転式弾倉シリンダーは、現代の技術では再現することが不可能な、輪廻力リインを蓄積することができる機構だ。セツナの輪廻力リインが込められた第二魔弾は、刀身を熱そのものへと転化させる。一回り大きくなった刀身は、太刀と言っても差し支えない程度まで拡張され、極限まで高まった熱は、斬撃に触れずとも対象を灼き尽くす。使用後、使用時間と同じだけの冷却期間クールダウンを設けなけれはならないのが弱点だが、それに見合った攻撃力の向上が見込める。


「頼むぜ、相棒」

『さっさと終わらせましょう。暑いのはキライです』


 溶断ブレードと化したヴァヴのぼやきを聞きながら、セツナは腰の後ろで刀を溜める。

 足元で巨大な光の魔法陣が展開され、極限まで収縮した瞬間に地を蹴る。


「────ッ!」


 交錯。爆音を撒き散らしながら鍔迫り合いを繰り広げる。


「強い、強いなあ、お前……ッ!」


 絶えず竜を焼き殺すための熱を放つが、荒れ狂う暴風に阻まれ防御陣には達しない。鬩ぎ合う『星願天祈エスペラシオ』 が、二人の意志の強さを物語っている。


「兄、か。弟よりは、歯ごたえがありそうだな──ッ!」


 対してゼファードも、間断なく斬風を叩き込んでいる。しかしやはり、セツナを守る分厚い熱に飲み込まれて雲散霧消する。

 ゼファードは久しく感じていなかった高揚感が全身を襲っているのを自覚していた。世襲制である『理想郷委員会エル・ドラド』は、ギルフォードが消息を絶ったことで、代わりにゼファードを円卓に迎え入れた。第一位の座に押し込められて以来、ゼファードは全力の戦闘からは離れていたのだ。

 ──セツナ・エルグランド。貴様は己に、第三、第四を抜かせてくれるのか……!

 会議続きの退屈な毎日から解放された竜狼は、今まさに「生きている」と実感していた。


「オラァッ!」


 業火の宿る撃剣を振るい、ゼファードを弾き飛ばすセツナ。

 ──風、具象系自己改変(陰/純粋)か? いや、斬撃という概念(不純)か……?

 ゼファードの『星願天祈エスペラシオ』 を推測するセツナ。風に斬撃が乗る、という事象から見るに一見外界改変()と捉えてしまうが、ゼファードは「自分が起こした風」を斬撃に変えている。決して自然に存在する風を斬撃にしているわけではなく、あくまで自身が起こしたものに限られているのだ。

 よってここでは「自分が起こした風が斬撃に変わる」という性質を持つように自己改変する『星願天祈エスペラシオ』 と考えるべきだ。問題なのは、その斬撃が自然現象(純粋)的な切断なのか、概念(不純)的に切断する能力なのか、だが……。

 単純だが、それ故に強い。底なしとも思える輪廻力リイン量も相まって、今まで戦ってきたどんな竜よりも、強い。

 そこでようやく、セツナは笑っているのを自覚した。

 父の背中を追いかけ続けて、街ではほぼ負けなしになった。いつか父に挑むその日まで、もう心躍る対決はないものだとばかり思っていた。

 だから。


「は、ははは、ははははは……っ!」


 セツナの全身を包み込むのは陶酔感。図らずもそれは、ゼファードの感じているものと同じ胸の高鳴りだった。

 激突する風と炎。互いを食い合い、飲み込まんと唸り声を上げる。


「ついて来い、セツナ・エルグランド──ッ!」


 そしてゼファードは、第一と第二の刀を空へと放り投げて、第三と第四を抜き放つ。

 ふわりと空中に浮かんだ第一と第二。風という名の見えない手に握られた刀は、ゼファードの意のままに宙を舞う。

 風塵四刀流。精密な輪廻力リインコントロールが成し得た、竜狼が誇る秘奥。


「くっ……!」


 単純計算で二倍に膨れ上がった手数に、高速で剣を閃かせるセツナも押され始めた。

 ならば、とセツナもカードを切る。


「第一魔弾──」


 旋転する回転式弾倉シリンダー。高まる輪廻力リインが第一の弾倉に集い、そして。


『「瞬光オーバークロックッ!」』


 引き金が引かれた瞬間、まるで粘液の中に放り込まれたように世界が緩やかに流れ始める。ゼファードも、奥で戦うユキノも、固唾を飲んで見守るカナタも、その隣の少女も。セツナを除き、例外なく世界が『遅延』する。

 否──逆だ。セツナだけが、『加速』しているのだ。


「──ッ!?」


 ゼファードが驚愕に目を見開く。何やら魔法を使ったらしいセツナが、急激に速度を早めて全ての刀を叩き落としたのだ。


「ふぅ──……」


 ゆっくりと息を吐き出すセツナ。



 ──『第一魔弾・瞬光オーバークロック』。



 発動と同時に使用者の『時間』を加速させる、撃剣の持つ能力の一つ。前所持者、キザン・エルグランドの輪廻力リインが込められたその魔弾は破格の性能だ。使用した瞬間に二倍速で行動できるようになる、と言えば分かりやすいか。もちろん負荷や反動も大きく、肉体の限界を超えて駆動するので使用後は身体中を激痛が襲い、使用時間と同じだけ速度が二分の一になる。いわば時間を前借りする能力なのだ。


「行くぜ……ッ!」


 人間の身体速度の限界を超えて加速するセツナ。そのスピードは、ゼファードの知覚速度を超越する──!


「大気を喰らいて燃え盛る! しじまの向こうの夢花火!」


 短い文で魔法の定型イメージを掴むことのできるセツナは、そのまま結びへと運ぶ。


えよ爆閃ばくせん天津風あまつかぜ──『螺旋焔翔斬らせんえんしょうざん』ッ!」


 一節のみの『短文詠唱』。使い込んだ武技だからこそ可能な熟練の技術だ。

 炎渦を纏った刀身を閃かせ、さらに加速したセツナはゼファードを打ち据える。すれ違いざまに斬り、回り込んで斬り、斬って斬って斬りまくる。

 その姿、花火の如し。

 中心点にいるゼファードに向かって、四方八方から斬撃の雨を降らせていく。


「クッ──」


 少しずつ、少しずつだがゼファードの風を物量で削っていく。炎渦の中心に捉えた獲物ターゲットを、セツナは決して逃がさない。

 四本の刀を操り、不規則に襲い来るセツナの斬撃を華麗に躱すゼファードだったが、ここでようやく決定的な差が現れ始める。

 天人族と星竜族の差、すなわち輪廻力リインだ。

 常に一定値回復しながら戦うセツナと、減少する一方のゼファード。戦いが長引けば長引くほど、不利になるのは明らかに後者だ。

 だからこそ。

 ゼファードは、勝負に出る。


「────、」


 四本の刀を一点に向けて構え、呼吸を止める。そして鋭い呼気とともに、放つ。


「──斬ッッ!!!!」


 音の波をも吹き飛ばす衝撃が荒野全体を揺らす。その衝撃は、炎渦をも飲み込んで──消し去った。


『くぁ、っ……!?』

「なっ……?」


 巻き上げていたはずの炎渦も、刀身に宿っていたはずの豪炎も、その一切が掻き消されていた。

 何が、起きたのか。

 単なる風に吹き飛ばされるほどセツナの炎は温くない。それほどまでに実力が離れていたわけでもない。むしろ、輪廻力リインの限界が近いゼファードがわずかに不利な状況であったはず。

 では、なぜ?

 あれほどの業火の渦を瞬時に消し去るほどの風とは、一体?

 その時だった。

 背後から、強烈な追い風が吹き抜けていった。


「────ッ?」


 まるで戦場の中心に集うように、ゼファードが割り開いた空間に流れ込むように、大気が殺到する。

 空気……?


「ッ、ハハ……すげえ……!」


 ようやくセツナにも理解できた。


「そんな防ぎ方をされたのは初めてだぜ……ッ」


 子供でも分かるような簡単な理屈だった。

 大気の存在しない空間で、炎は存在することができない。ゼファードはその圧倒的な暴風で戦場の空気を斬り飛ばし、一瞬にも満たないわずかな時間ではあれど空間に『真空状態』を作り上げたのだ。

 作り上げられた真空はすぐさま崩壊する。瞬時に空気が流れ込む。流入速度は音速を軽く超え、中心で音速になった空気同士が衝突し、衝撃波を発生させる。

 そう。『爆縮』と呼ばれる現象だ。

 ゼファードは爆縮による衝撃波を利用し、渦巻く業火を消し飛ばしてみせたのだ。


「バケモンかよ……!」


 究極の戦闘勘。戦うために生まれてきた存在。戦闘生物キリングモンスター。『理想郷委員会エル・ドラド』第一位の正統なる後継者であるゼファード・ヴァナルガンドは、セツナを超える天才であった。


「化け物? 心外だな」


 しかしゼファードは驕らない。


「──蛍火を斬るのに、何を苦労するという?」

「──────ッ、」


 決してセツナを軽んじての発言ではない。ただ事実として、貴様の炎は己に届かないと。今は己の方が上だと。

 ゼファードは自身を過大にも過小にも評価しない。淡々とその実力を発揮し、敵を打ち負かし、勝利をその手に掴む。

 星竜族の絶対王者は、笑う。


「それでも、我が父を倒して英雄となった男の息子か? 人間よ」

「ッ、父を知っているのか……!」

「ああ。恋い焦がれる生娘のように、何度も何度もその名を心に浮かべたよ。そのせがれと逢えたとあれば、心躍るというものだが──」


 ゼファードは得物を鞘に収める。


「どうやら、時間切れのようだな」


 女たちの戦いは熾烈を極めていたが、ゼファードが顔を向けるとディメナは身を引いた。こちらの戦いも、決着は付かず。

 ゼファードは黒翼を広げ、大きく羽撃く。


「二ヶ月だ」


 そう言ってふわりと浮き上がり、セツナを見下ろしながらニヤリと笑う。


「二ヶ月後、この地を我らが大地エストランティアが通過する。その時、再び相見えよう。雌雄を決する日を心待ちにしているぞ、人間よ」


 合流したディメナは竜化を解除し、元の艶やかな美女に戻る。


「じゃあね、下等生物さん。女、お前は絶対に殺す」


 星竜族の二人は空へと飛び上がり、ディメナが開いた窓へと吸い込まれ、消えていった。


「……」


 残された男は一人、手のひらを見下ろす。


「届かない、のか……」


 竜の強襲。ああ確かに、彼らの目的だった少女は守り抜いた。

 だが、どうか? この戦いは果たして、勝利と言えるか?


「…………、」


 ──俺の炎は、あいつには……届かない。

 こうして、星竜族と天人族の双方に傷を残す形で、突発的な戦闘は終わりを告げたのだった。

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