第02話 ちっぽけだよな、俺たちは
翌日。エルグランド兄弟の実家である喫茶『くろの』の前に、例の三人が集まっていた。
「ど、どうかな……」
「似合わねえ!」
支給された守護兵団の制服に袖を通したカナタを、兄が一刀両断した。
「なんつーか、お前はツナギ着て工房にいる方が似合ってる」
確かに、カナタはいつも自宅裏の工房に引きこもって武具制作をしている。作業着の方がイメージしやすいのは間違いない。
守護兵団の制服は、中央都市を拠点とする国家最強戦力『円環連座星天騎士団』の制服を模して作られた軍服スタイルだ。
カナタにとっては憧れの制服。かっこよく着こなしたかったカナタは落ち込んだ。それを隣から見ていたユキノが励ましている。
「そう? 私は可愛くていいと思うけど」
「か、可愛いですか……はぁ……」
騎士団の制服が純白なのに対し、守護兵団の制服は黒。男性は、黒を基調としたオーソドックスな軍服に赤いネクタイ。女性は同じく赤のラインが入ったミリタリーワンピースにロングブーツ。男女共通で軍帽と、守護兵団を表す蜘蛛のマークが入った外套が支給される。
ユキノは女性用のミリタリーワンピースに加えて、腰に『ユキガネ』、腕に二番隊隊長の証である腕章、太ももに苦無の入ったベルトなどを付けている。
──うん。ユキノさんはとてもかっこいい……。
自分と違い完全に着こなすユキノを見て、カナタは憧れの遠さを実感した。あとスカートとロングブーツの合間から覗くまばゆき太ももに視線を吸い込まれそうになるのを、なんとか耐えた。しかし──
「ん、ネクタイ曲がってる」
いつの間にか急接近したユキノが、カナタの胸元に手を伸ばし、ネクタイの位置を正した。
「……ぁは、ぇう」
カナタは声にならない声を漏らした。女性らしさを存分に発揮して軍服を押し上げる胸元。それが、身長差的に目の前に来ている。それに加えて、長い黒髪が揺れるたびに漂ってくる年上らしい色香。幻臭なのか、花のようないい匂い。
「大丈夫カナタくん? 調子が悪いなら、今日は……」
「いや! そんなことないです! 元気いっぱいです!」
「そう? ならいいけど……」
「ユキノ、あんまりカナタをいじめないでやれよ」
「え? いじめ? どういうこと?」
一人だけ何も状況を理解していないユキノが困惑しながら、首を傾げている。
「まあまあ、そのうち分かるさ」
顔を真っ赤にするカナタを見て、セツナは呵呵と笑う。弟をからかって遊ぶのが兄の趣味だ。
そんなセツナも同じく守護兵団の制服をしている。腕に一番隊隊長の腕章、腰には撃剣『ヴァヴ・ルギール』、そして黒き外套をはためかせて軍帽を被っている。
軍帽は正式団員のみに支給されるため、カナタは持っていない。いつかはあれを被って戦場に立つ──カナタの夢の一つだ。軍帽はカナタにとって、憧れの象徴であった。
「おし! 母さん、行ってきます!」
「行ってきます!」
「はあい、行ってらっしゃい。気をつけてね」
二人が声をかけると、台所から開店の下準備をするトキネの声が聞こえてきた。
カナタを戦場に出すことに不安はあるはずなのに、トキネはそれを顔に出さない。それは何より、セツナとユキノを信じているからだ。どうせ言っても無駄ならば、母親にできるのはきっと信じて待つことだけだから。
☆★☆
第一層『旧居住区』。街の発展にともない居住区が二層に移されて、第一層は現在対エストランティア用前線基地として使われている。空を覆う大円環防御陣と外周に設置された魔導兵器群の運用拠点や、守護兵団の駐屯地などが置かれている。
カナタは、初めて一般人立ち入り禁止の区域へ足を踏み入れた。制服姿の団員が行き交う地上付近は、今も張り詰めた空気が漂っている。
団員とすれ違うたびに声をかけられる二人の背中を追いかける。セツナの人望は特に厚く、年上の団員からも好意的な挨拶が飛んでくる。
生命力である『輪廻力』を力の源とする円環魔法の特性上、守護兵団の平均年齢は二五歳程度なのだが、その中でもセツナやユキノはずば抜けて若い。将来は『円環連座星天騎士団』入りも夢ではないとされるセツナは、この街の輝ける一番星だ。セツナとして、は父の背中を追っているだけなのだが。
セツナが父の背中を追ったように、カナタはいつだって兄の背中を追いかけている。近いようで遠い憧れの背中を追いながら、カナタはついに外周に建てられた防壁の上にたどり着いた。
「わあ……!」
眼前に広がる世界に、カナタは息を飲んだ。
北方には地平線の彼方まで広がる荒野。南へ行くごとに自然が増えていき、川と合流して熱帯林となる。
そして、遥か遠く大空の向こう。雲の合間に見える巨大な浮遊大陸──それが、千年王国エストランティアだ。
初めてにあふれた光景に、カナタは興奮で震えた。
「さあ、行くぜ」
セツナは外壁に足をかけた。もちろん正門はあるのだが、なによりも劇的な物事を好むセツナはそんなつまらない門出を許さない。
旅立ちは劇的に。
自分が父に地上に放り出された日を思い出しながら、兄は弟の旅立ちを演出する。
「ようこそ、外の世界へ」
セツナの趣向に合わせて、普段はブレーキ役に徹するユキノもニヤリと笑う。
カナタの背にゾクリ、と震えが走る。不安と期待の入り混じった、心地良い高揚感が全身を包み込んだ。
そして──
二人に背中を押されるように、カナタは遥か遠くまで続いていく旅路の第一歩を踏み出した。
「「冒険を始めよう!」」
三人は外壁を蹴り、空に身を踊らせた。
「──ぉぉおわああああああああああぁぁぁあっ!?」
心臓を掴まれるような浮遊感に襲われながらも、なんとか魔法陣を張って減速させる。
「ぁぁぁああああっ、とっ、とっ、おわあっ」
カナタは危なっかしい着地で、初めて外の大地の土を踏んだ。
「さて」
余裕の表情で着地したセツナが軍帽をかぶり直しつつ行く先を示す。
「今回の俺たちの目的は、周辺地域の偵察及び脅威の排除だ」
「エストの現在位置はまだ北東だから、直接の被害は考えにくいわね。でも、エスト以外にも街の脅威になりうる要素はあるわ」
街の外には、定住地を持たない荒くれ者たちや、絶対数は少ないが肉食の大型魔獣などが跋扈し、秩序が存在しない。特に、街の近くに潜みキャラバンを襲うドロップアウト組など対して、守護兵団は細心の注意を払っている。街の中に侵入され、秩序を乱される恐れがあるからだ。
セツナは二人を連れて歩き出す。向かうのは北方。荒野の広がる大地だ。
☆★☆
千年王国エストランティアと、円環大陸イグドランシア。
それが、永遠に続く天人族と星竜族の激闘の舞台だった。
遥か昔。人との永きに渡る戦いの末、竜たちは空へと追放された。神の力によって空に縛り付けられた竜たちの監獄──それが浮遊大陸エストランティアの正体だ。
対して人は、魔法の行使を制限された。それまでは自由に使えた魔法だったが、『円環』という無限性を持つ媒体を介して引き出さなければならないという、制限付きの『円環魔法』へと変化した。神は、円環への信仰によって秩序を生み出したのだ。
エストランティアは現在、イグドランシア上空を一年かけて周回している。現在は北方を通過し、北東に位置している──
エストランティア首都、イヴィルスヴォルド城。
ここでは、エストランティア最高戦力『理想郷委員会』によって北方侵攻の成果報告がなされていた。
「死傷者は二六名。彼らの尊い命と引き換えにイグドの最新製鉄技術を入手、及び鉄鉱石一トンを採掘。総人口は前年比プラス〇.ニパーセントだ。当分問題はなかろう」
「えー! 〇.二パーセントも増えたの!? 無理だよー、一世帯あたりの食料備蓄率が年平均の危険水準割っててピンチなんだから!」
「それより深刻なのは水源問題です。ディメナの空間転移魔法でイグドの水源から汲みあげるにしても限界があります。現在エストで主流になっている雨水貯蓄システムの改善案を提出します」
「水源問題はいつも厳しそうやなあ。うーん、北方侵攻は資源奪取の面ではノルマ達成だが侵略面では完全敗北って感じやね。騎士団の連中容赦無しやで、ほんまに……」
「チッ。こっちはいつでも準備はできてんだ、早く殺らせろよ……ッ!」
「焦るなアレク。確かに我らには新たな土地が必要だ。しかし急いては事を仕損じるのみ。人民のために戦って人民が命を落としたら、元も子もないだろう」
円卓を囲み、議論を重ねる竜人たち。老練の竜もいれば、まだ子供にしか見えない幼き少女の竜もいる。老若男女揃った円卓では活発に声が飛び交っている。
「ふむ」
──円卓の正面。第一の座『木星』の名を冠するその位置に、その青年の影はあった。
あちこちにはねた灰色の髪。切れ長の瞳に凶暴さを滲ませる犬歯。足を組んで瞑目し、仲間たちの話に耳を傾けている。
『理想郷委員会』第一位、ゼファード・ヴァナルガンドは、首領として今後の方針を模索していた。
「『理想郷委員会』支持率は前年比マイナス二パーセント。北方侵攻で民に分かりやすい成果を示せていない点が下降の原因と推測されるけど、依然として八二パーセントは現委員会を支持してるわ。新政権になってしばらく経過して、地盤も安定してきた。税率を上げるなら今じゃない?」
資料をめくりながら、ゼファードの隣に座る金髪碧眼の美女が提言する。首領の右腕である参謀役、ディメナ・ドラクリアだ。
「そうだな……」
ゼファードはしばらく黙考してから、順番に結論を出していった。
「民には公共事業として、採掘した鉄鉱石の加工に当たらせる。増えた人口分の働き口はここで賄う。水源だが、リンの案を検討しよう。資料を後ほど己の部屋に回しておいてくれ。だが、現状では民に節水を意識してもらうしかない。ディメナ、演説を頼めるか?」
「仰せのままに、我が主」
「次に東方侵攻だが……民に成果を示す意味でも、己たちは明確な戦果を得なければならない」
円卓を囲む竜たちがピクリ、と反応する。
「長い雌伏の時は過ぎ、ようやく準備が整った──行くぞ、総力戦だ。我々の理想郷を、取り戻すために」
帽子を深くかぶったミステリアスな青年──『水星』がニヤリと笑った。
踊り子のような衣装に身を包んだ艶やかで妖艶な美女──『金星』は、そのに震えた。
ゼファードの師であり、老練の剣客である巌のような男──『地球』は、深く頷いた。
ついに本気で殺れると──『火星』は強く闘志を燃やした。
幼き少女──『土星』は、死んでいった同胞たちを思い胸に手を当てた。
凛とした雰囲気を持つ高潔な女性──『天王星』は、必ず勝たねばならないと誓いを新たにした。
水面のように落ち着いた様子の少女──『海王星』は、内に秘めた莫大な熱を煮えたぎらせた。
星竜族の未来を創るために『理想郷委員会』は剣を取り、拳を握る。
空に追放され、牢獄に押し込められた日のことを竜たちは決して忘れない。広い大地で平和に暮らす天人族から、我らの理想郷を取り戻すために。
征くぞ、人間よ。
仮初めの平和よ、終焉の時だ。
☆★☆
「お疲れ様」
「……どうもこういうのは性に合わん」
ゼファードはディメナとともに城にある自室に戻った。ローブを脱ぎ捨て、ベッドに体を投げ出す。
「会議会議会議、と……そんなことに時間を使うくらいならば剣を振っていた方が幾分ましだ」
「そう言わないで。あなたのお父様だってこなしていた仕事よ? 誇りを持ちなさいな」
かしこまった態度を崩したディメナは、そんなゼファードの隣に寄り添う。艶を放つゴールデンブロンドが、妖しげな雰囲気を持つディメナの神秘性をさらに高めている。
「『理想郷委員会』第一位……本当に、己の器なのだろうか」
先代の第一位、『竜狼』の異名を持つ星竜族歴代最強の男ギルフォード・ヴァナルガンドは、現在行方不明となっている。天人族の長であるキザン・エルグランドとの戦いの末敗れた、ということになっているが、死体は見つかっておらずその勝敗を目撃した者もいない。ただキザン・エルグランドは今もなお『円環連座星天騎士団』第一席に健在であり、ギルフォードは行方知れずという厳然たる事実だけが、そこにはあった。
「……」
ゼファードは、父を誇りに思っていた。星竜族の未来を見据え、ただ種の存続のためにその天命を投げ打って戦地に身を投じた男。ゼファードはそんな父の背中を見続けてきた。
だからこそ、父が敗れ去ったという知らせを受けた時、怒りよりも先に別の欲求が生まれた。
──父上に勝つほどの男とは、一体何者なのか。
父を倒した男、キザン・エルグランドを倒す。形だけ見ればそれは復讐だったが、その感情には断じて濁りがなかった。純粋に、誠実に、強さへの渇望が胸の内に渦を巻いている。
だから、ゼファードは強くあらねばならない。何よりも強く、誰よりも強く……。
「また難しい顔してる」
つん、と頬を指で押されて、ゼファードは我に帰った。隣を見れば、同じように寝そべったディメナが笑みを浮かべていた。
「……なぜお前は、己を慕う」
「理由はいくつもあるけど……」
ディメナは顔を寄せて、軽く触れるだけのキスをした。
「雌が強い雄に惹かれるのは、当たり前でしょう?」
そして、年相応の少女のような笑顔を見せた。普段は誰にも見せない、ほころぶような笑顔だった。
「それに、ゼファードくんは私を地獄から救ってくれた。だから私は、あなたのものよ。この身体も、心も」
豊満な肢体を押し付けるように体を寄せる。ゼファードの腕で、胸が押しつぶされて形を変えた。甘くてとろけるような雌のフェロモンがゼファードの脳を揺らすが、しかし。
「すまない、ディメナ。己は期待に応えてやることは……」
「分かってる。いいのよ、私はあなたの隣にいられるだけで幸せなの」
すっと体を離すディメナだったが、再びいつもの妖艶な雰囲気を取り戻しつつニコリと笑いかけた。
「でも……全てが終わったら、期待してもいい?」
「その時になったら考えるとしよう」
「つれないわねえ」
頬を掻くゼファードを見ながら、ディメナはどこか楽しそうに立ち上がった。若い首領はどうやら、戦闘では敵無しでも色仕掛けには弱いらしかった。
そうして仕事に戻ろうとした時、ノックの音が聞こえてきた。
「入れ」
「失礼しますっ」
ゼファードの許可を得ると、声の主は素早く入室した。正体はディメナの遣わせた密偵だった。二人が個人的に追い求めている『謎』を解明するために必要な情報を探させていたのだが、どうやら何か進展があったようだ。
「イグドにて、手の甲にディメナ様と同じ紋章を持つ女を発見しました!」
「──!」
ディメナは息を飲んだ。その情報は、何よりも待ち望んでいて、かつ心のどこかで恐れていた情報だった。
──やはり、生きていたのね……。
右の手の甲に浮かぶ謎の紋章を見る。ある日突然浮かび上がった、複数の円を重ね合わせたようなこの紋章。
この紋章が浮かんだ者は『神隠し』に遭うという。ある日突然、消えるように消息を絶つのだという。どこへ消えたのかも、なぜ消えるのかも、誰に紋章が現れるのかも分かっていない。
ディメナは自らの身を守るために、そしてその正体を探るためにも、紋章を持つと推測されるもう一人の人物を調べなくてはならないのだが──
「己が征こう」
「え?」
ゼファードは言うや否や外套を羽織り、背に三対六本の刀を装備した。
「何言ってるの? 今やあなたは『理想郷委員会』の首領よ? どれだけの地位にいるか分かって──」
「だからと言って、個人的な件で委員会を動かすわけにもいかぬだろう。地上は危険だ。竜だというだけで斬り殺される世界だ。下手な戦力でいけば無駄に同胞を失うだけ。ならば最初から己がいく。まさか、己の強さが信じられないとは言うまいな?」
「そ、そうじゃないけど……」
「東方侵攻で慌しくなる前の今が、最後の機会だ。お前を神隠しなんかに遭わせてたまるものか。己には、いや星竜族にはお前は必要だ」
エストランティアで唯一空間転移の魔法を操るディメナ・ドラクリアは、替えの利かない人材であると同時に、その美貌で民への広告塔になるという役割がある。場合によっては首領たるゼファードよりも、その命は重い。いわば、星竜族の姫なのだ。
だが何よりも、ゼファードは自らを慕ってくれる女性を理不尽な力に奪われるということが納得いかなかった。ゼファードは、自分の思い通りにいかないことを許さない。それは、弱さだからだ。
「……分かったわ。でもそれなら、私も行くから」
「お、おい」
ディメナは密偵からその少女を発見した位置を聞くと、素早く腕を振り上げ、一瞬の間をおいて降ろした。
瞬間、空間が割れた。
大きく口を開いたその先は、荒野の上空に繋がっている。天空に浮かぶエストランティア首都イヴィルスヴォルド城と、円環大陸イグドランシア北東を繋いだのだ。
これが、ディメナにのみ許された神の御技、その一端だ。
「私、星竜族の中で多分あなたの次くらいには強いわよ?」
「……否定はしない」
致し方なしと、ゼファードは背に力を入れ、体内に収納されていた黒き翼を解き放つ。同じくディメナも紅色の翼を現出させた。
「お気をつけて……!」
密偵の女に見送られながら、エストランティア最高戦力『理想郷委員会』第一位、第二位の二人は、地上を目指して次元の裂け目に身を躍らせた。
☆★☆
九十九谷を出て北に広がる岩場を目指しつつ、セツナは、カナタにより実践的な円環魔法の扱い方を教えていた。
「円環魔法には個性がある。ある一定までは皆同じ能力だが、そこから先に伸びていくのは自分の中の『最も強い願い』に由来する能力のみになる。俺の炎、カナタの雷、ユキノの氷がそれだ」
「最も強い願い……?」
「そう。その願いと、そこから生まれた固有の能力を『星願天祈』と呼ぶが──まあ、今は最も強い願いでいい」
『星願天祈』 という原理がある。
円環魔法は、意識無意識を問わず、自身の胸の内にある最も強い感情を固有の魔法として発現させる。例えばセツナは、自身の『星願天祈』 を自覚している。
──『憧れの父に追いつきたい』。
その純粋な熱を秘めた願い、野望は外界に『炎』という形で顕現したのである。
「どういう願いがどういう能力になるのか、そこには明確な規則性があるわ。──そろそろ休憩にしましょうか」
岩場に腰を下ろし、ユキノは以前と同様に指先に氷柱を作り出した。
「ユキノ先生!」
「しっかり聞くのよ」
まんざらでもなさそうにニヤつきながら、ユキノはガリガリと氷柱で絵を描いていく。
「これは……?」
「『星願天祈』 の発現形態を分かりやすく図にすると、こういう形になるのよ。上下は陰陽の区別を表し、その願いの積極性・消極性を示す。左右は願いの透明度を表し、純粋か不純かを表す」
「不純な願いも『星願天祈』 になる……?」
「不純かどうかはその人の考え方によるわ。例えば『大金持ちになりたい』という願いがあったとする」
「ものすごく不純だね」
「でも、その願いが『世の中の貧しい人たちのためにお金を集めたい』というものだったら?」
「ん……それは、とてもいい願いだと思う!」
「でしょう? そこらへんの機微は人それぞれなの」
──まあ、君は間違いなく陽/純粋でしょうね。
ユキノは心の中で思いつつ、たった一人の生徒に解説を続けた。
「陽性の願いは外界を改変する能力、陰性の願いは自信に影響する能力」
上下の頂点に説明を書き加える。
「純粋な願いは自然現象に近い能力、不純な願いは概念的な能力に成長していくわ」
最終的に完成した絵を見ながら、カナタはユキノに問いを投げかけた。
「僕はどこかな?」
「雷を操る以上、陽/純粋なんじゃない?」
「どんな願いなんだろう……」
「それは自分自身の胸の内に聞いてみることね。まあ、おおよそ分かる気もするけど」
「授業は終わったかな?」
すると、周囲の安全を確認していたセツナが戻ってきた。一方を指で指し示している。
「いきなりだが、見つけたぜ。初戦の相手は──」
セツナの指差す方向。岩場の先に見える陰。それは、
「奴隷商だ」




