第01話 それでも俺は、遠き憧憬を追いかけ続けるよ
『北方防衛も無事に完遂され、セントラルでは現在祝賀ムードで大変な盛り上がりを見せています! あっ、今「円環連座星天騎士団」の面々が門をくぐって登場しました! すごい熱気です! 盛大な拍手が──』
『ルナ様あああああああああ! こっち向いてくれええええ!』
『ミナモきゅん! ミナモきゅん、あっ……』
『おい、隣の女が昇天した! 誰か運べ!』
ラジオから聞こえてくるなかなかキマった放送に、畳でくつろいでいた喫茶『くろの』の客たちはどっと盛り上がる。
「よお、セツナ! 早くラジオでお前の名前を聞きてえんだけど?」
「うるせえジジイ! 見とけ、一年後には『円環連座星天騎士団』に名を連ねて、セツナ・エルグランドの名前が全世界に轟くぞッ!」
「はっはっはっ、ビッグマウスは親父譲りだな!」
常連客の男にからかわれるのは、一振りの直刀を担いだ甚平姿の青年。名をセツナ・エルグランド。ボサボサの黒髪が特徴的で、荒っぽい性格で、『くろの』の客たちに親しまれている。
「に、兄さんならきっとできるよ! 強いし!カッコいいし!」
そんなセツナに引っ付くように顔をのぞかせるのは、弟のカナタ・エルグランドだ。兄とは打って変わって、優しく穏やかな性格をした少年である。
「ああ、そうだ。俺は親父に追いつく! 親父がいるはずの、セントラルに行く!」
「頑張れよ、ガキンチョども!」
「俺はもうガキじゃねえっ! いくぞカナタ、今日の特訓だ!」
「うん、兄さん!」
慌ただしく『くろの』を後にする二人。そんな兄弟を、常連客たちは優しい眼差しで見送っている。
「確かに、あいつらなら……いつかは追いつくかもしれねえな」
「ああ。カナタはまだしも、セツナの才能は本物だ。いつかきっと、こんな東部の辺境なんて飛び出して行っちまうんだろうな……」
「だよなぁ。そこんとこ、姐さん的にはどーなんだ?」
話を振られたのは、口を挟まずに台所で包丁を研いでいた女性だ。
この地方では珍しい金色の髪を持ち、着物の袖を襷で縛った女性──兄弟の母であるトキネだ。
「私は二人の思いを尊重するだけですよ」
表情を動かさずにきっぱりと言い切るトキネに、客たちは意外そうに顔を見合わせた。
「寂しかったりしないのか? 俺ぁてっきり、危ないところには行かせたくないってのが親心かと思ってたんだが……」
「あの子たちが危ない目にあうのは嫌ですよ? でもね、無駄なんです。だってあの二人は……キザンの息子なんですから」
それを聞くと客たちも納得したようで、
「違いねぇ」
そう言って、笑った。
☆★☆
多重階層地下都市『九十九谷』。通称ツクモ。それが、セツナやカナタの生きる場所だ。
地下に向かって伸びるすり鉢状の都市構造をしており、現在区画は大きく四段に分かれている。
セツナたちが生きるのは第二層『居住区』。中央には『円環魔法』によって浮力を得た足場があり、今日も和装に身を包んだ住民たちが行き交っている。
地図上では東域に当たるこの都市は、東部最大の都市として名を馳せている。そして、そんな巨大都市を馳け回る、二つの影があった──。
「そらっ!」
まるで猿のように吊り橋から吊り橋へと飛びながら、背後から次々と撃ち出される雷弾を躱していく。
「どうしたカナタ! もうスタミナ切れか?」
「ぐっ、ううううううっ!」
セツナは反転すると、バックステップしながら得物を振るう。刀が描く軌跡の上に生み出された爆炎が、弟の身を焼き焦がすべく迫る。
「ぬわあっ!?」
突然の反撃に面食らったカナタだが、すぐに対応。握りしめた二つの銃刀を真下に向けて放ち、反作用で上方へと逃れるが──
「せいッ!」
そこを狙い澄ましたセツナの刀が、カナタの身体を強く撃ち抜いた。瞬時に防衛陣が展開されるが、勢いを殺しきれなかったカナタは派手に吹き飛んでいった。
「────ぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁ」
「ははは! 今日もよく飛ぶな、弟よ!」
かっ飛ばした張本人は、見事に着地しつつ豪快に笑っている。
『……あなたの弟、いつか死にますよ?』
「ああ? 俺の弟だぜ? そう簡単に死ぬわけねえだろ」
突然刀から聞こえてきた声に、セツナは自信満々に答えた。
『彼はもともと武闘派ではないでしょう。セツナに憧れて特訓なんてしていますが、どうみても非戦闘職向きで──』
「ほれ、来た」
『!?』
見ると、銃刀を背後に向け、そこから放たれる電撃を推進力に替えて翔ける小さき少年の姿が。
「──ぁぁぁぁああああああああッッ!!!!」
弾丸と化して迫るカナタに、セツナは落ち着いて刀を振り下ろす。
瞬間炎と雷が交錯、爆光があたり一帯を包み込んだ。
「せいっ! らあっ! やっ、はっ、だああああああああああああああッッ!!!!」
「オラ! オラオラ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッッ!!!!」
カナタはゼロ距離で引き金を引きまくる。まるで星の瞬きのようなマズルフラッシュが次々と黄金の花を咲かせていく。セツナに向かって撃てば銃撃に、背後に向かって撃てば姿勢制御に。撃発の反作用を利用して攻撃を連結する、カナタオリジナルの空中連撃だ。
対するセツナは、器用に刀一本で攻撃を叩き落としていく。斬撃の軌跡をなぞるように生まれる炎のカーテンが、あと一歩のところでカナタの攻撃を阻む。
しかし、次第にその均衡が崩れ始めた。エンジンがかかり始めたカナタの連撃が、セツナの防御陣を掠る。
「よし、あと一歩──!」
勢いづいたカナタはさらに回転数をあげ、そしてついに──
「終わりだっ!」
「ああ、終わりだ」
交差、一瞬の空白。
その後、キィンと響く金属音が戦いの終わりを告げた。
両手の銃刀を振り下ろしたカナタ。
下段から上段へ刀を振り上げたセツナ。
勝敗は、その得物に現れていた。
「あ、あれ!?」
金属音の残響が鳴り止んだその時。折れた一対二本の刀身が、中央広場の地面に突き刺さった。カナタが両手を見下ろせば、刀身が熱で赤化し、綺麗な切断面が出来上がっていた。
「そ、そんな! 耐熱限界はちゃんと計算して──あ」
言いながら気がついた様子のカナタ。肩にとんとんと刀身を当てながら、ニヤニヤとセツナが歩いてくる。
「俺が出す炎の熱は、計算に入れたか?」
「だあああああああ、やっぱりそういうことかぁっ!」
カナタは頭を抱えて地面に倒れこんだ。
カナタの得物、双銃刀『カナタヘノヒラメキ』は、擬似的なレールガンを搭載した刀である。刀の峰をレールとして、カナタの輪廻力──つまり魔力を撃ち出すという、カナタお手製の武器である。ただしその性質上、撃ち続けていると刀身が熱されて柔らかくなってしまうという弱点がある。限界を見極めて鞘に戻し、刃を替えなければならないのだが──。
「俺がめったやたらに炎を出しまくってると思ったら大間違いだぜ! ははは!」
そう。セツナの繰り出す炎のカーテンは、常に銃刀に重なるように調整されていた。二重に加熱されていることを考慮に入れていなかったカナタは、まんまと刀身をぶった切られてしまったということだった。
「きいいいいいいいい!」
「ゲヒャヒャヒャヒャ! またお前の負けだなァ、カナタくぅん!」
喚き散らすカナタを見ながらゲラゲラ笑うセツナ。完全に悪者の笑い方だった。
『大人気ない……』
セツナは喋る刀を鞘に戻し、倒れこんだカナタの手を掴んで引き上げる。
「いいか、カナタ。自分が起こした事象、相手が起こした事象、その二つがぶつかった時何が起こるのか。それを常に思考しながら戦え。頭のいいお前ならできるだろう?」
「冷却機構を搭載するか……いや重量オーバーだ。それじゃ取り回しが悪くなって近接戦闘で押し負ける。刃を替える手段に工夫を加えて戦闘中スムーズに……違うな、温度が危険域に入ったら知らせてくれるアラーム? うーんしっくりこない……刃を素材を変える? リングライド鉱の含有率上げて、いやでもあまり硬くしすぎると銃撃時の反動が……なら、焼入れの段階でブツブツブツ……」
「兄のありがたい言葉を無視するな」
ごちん! という鈍い音ともに刀の柄がカナタの頭に振り下ろされた。
「痛い!」
『私を雑に扱うとは、いい度胸ですね』
「まあまあそう言わずに。あとでたくさん研いでやるから」
『む……念入りに研ぎなさい』
「兄さん、またヴァヴさんと話してるの?」
先ほどから平然と会話に参加してくる謎の刀。銘を撃剣『ヴァヴ・ルギール』という。一般的な刀と異なる点は二つ。鍔元に装弾数五の回転式弾倉を持っている点。あとはご覧の通り、なぜか喋るという点。セツナはこの刀を父から託されたのだが、何の説明もされなかったので原理は不明だ。
どうやら話し声は所持者のセツナにしか聞こえないらしく、はたから見るとイマジナリーフレンドとお話をする変人さんということになる。
「兄さん、やっぱりその刀は一度僕が解体して仕組みを……」
『やめなさい! セツナ、今すぐこの武器オタクに制裁を加えなさい!』
キラキラと目を輝かせ、手をわきわきと伸ばしてくるカナタ。恐怖に震えたヴァヴは金切り声を上げた。
「お前さっき雑に扱うなとか言ってな」
『ええい許可しますッッ!!!! 第二魔弾──』
キイイイイイィ、と輝き始める刀身。
「おああ!? 勝手に魔弾使うな! 弟死ぬから!」
慌ててセツナは刀を鞘に戻した。『むぐっ』という声とともにヴァヴは鞘に収まった。
「ふう。危ない危ない。街が破壊されるところだった」
額を拭って胸をなでおろすセツナ。そんな兄に、なぜかカナタは、ガタガタ震えながら声をかける。
「……に、兄さん」
「あんなもん街中でぶっ放したら大惨事だ」
「あ、あの兄さん」
「そうね? 大惨事ね?」
「そうそう大さ……ん?」
突然背後から殺気を感じ、セツナは振り返った。
「こんにちは」
紫の袴に紅白矢絣模様の着物。髪は大きなリボンでハーフアップにまとめた、東域伝統の衣装。
黒いブーツの靴底をコツコツと鳴らしながら、満面の笑みで腕を組み仁王立ちする女性──ユキノ・グレイシアが、そこにはいた。
「九。この数字が何を意味するか、分かる?」
「今月ユキノが買ったぬいぐるみの数」
「……え? 一、二、三──七、八……九!? 当たってるってちが────────うッ!!」
「こんな見事なノリツッコミあるか?」
「さすがはユキノさん」
「正座」
「「はい」」
エルグランド兄弟は速やかに両足を折りたたんだ。
「九。これは、あなたたちが今月落とした吊り橋の数です。そして今日……記念すべき大台、 十本目の吊り橋が奈落の底への落ちていきました」
「拍手!」
「わー!」
カナタがぱちぱちぱち! と拍手したが、極低音の鬼も逃げる視線に射竦められ、ゆっくりと手を膝に置いた。
「皮肉を言ってるの! 街中で戦うなって何度言ったら分かるの!?」
「せ、戦闘勘を養うにはより現実に近い環境で戦闘をだな」
「セツナは黙ってなさい」
「はい」
「カナタ、あなたまで何してるのよ」
「ヒラメキの性能実験には広い空間での試用が必要でして」
「もういい」
「はい」
はあ、とため息をついて頭を抱える少女。
苦労人、ユキノ・グレイシアは長い黒髪をくるくるといじりながら苦言を呈した。
「まったく。たった三ヶ月くらい、おとなしくしてられないのかしら」
現在『九十九谷』をはじめとする東域には外出禁止令が出ている。それは、一年のうちの三ヶ月やってくる、とある『脅威』の影響であった。
「だいたいセツナは防衛任務でいくらでも戦う機会があるでしょうに」
セツナは九十九谷守護兵団という組織に属しており、その脅威に対する防衛任務を仕事としている。セツナが街中で暴れまくってもあまり文句を言われないのは、そんな被害とは比べ物にならないほどの『脅威』から街を守っているからである。
「そりゃ俺たち守護兵団は街の外に出られるし、戦闘の機会なんて腐るほどあるけどよ。それじゃあ、カナタが暇しちまうだろ?」
まだ若いカナタは、高い戦闘技術を持つが守護兵団には所属していない。もちろん内心ではカナタも、ゆくゆくは守護兵団に入団して兄と肩を並べたいと考えているのだが。
「なら、私が戦闘指導をする。それでいい?」
そこでユキノが出した案は、自らが指導にあたるというものだった。そういうのも、セツナには呼び出しがかかっているからであった。
「セツナ、団長が呼んでる。本部に行きなさい。その間、私がカナタくんの相手したげるから」
「え、い、いいんですか……?」
「街を破壊されるよりはマシね」
仕方ないとは言いつつも、優しくポンとカナタの頭に手を乗せるユキノ。
内心小躍りしそうなカナタは、顔に出ないよう抑えるので精一杯だった。ユキノとたくさんお話できる機会を得ただけで、カナタは舞い上がってしまう。
「ん、あいわかった。カナタ、ユキノは俺よりこえーから気をつけろよ」
「うん! 兄さんもお仕事頑張って!」
ブンブン腕を振って見送ってくれるカナタに背を向け、「まだまだガキよのう」と苦笑いしつつ、セツナは歩き始めた。
「あ! 吊り橋は直しておくこと!」
ユキノの去り際の一言に手を上げて答えつつ、セツナは守護兵団本部のある第四層『行政区』へと降りていった。
☆★☆
第四層『行政区』。現在の最下層にあたるこの層には、主に九十九谷という街を運営するために必要な、町役場や裁判所などの建物が集まっている。そこに、九十九谷守護兵団の本部も拠点を置いていた。団長の部屋を軽くノックすると、すぐに返事があった。
「入ってくれ」
「うす、失礼します」
資料をめくっていた浴衣姿の男性が、無精ひげをこすりながら視線を上げた。
「ユキノから聞いてきました」
「ん、よく来た。座ってくれ」
執務用の机に積み上がった紙束の中に資料を放り込むと、九十九谷守護兵団、団長コテツ・ティルブリッドは笑みを浮かべた。
「今日の要件は、セツナにとっても悪くない話だと思うぜ」
「というと?」
「お前、ずっとセントラル行きたがってたよな?」
「……え? はい、はいはい! 行きたいです!めちゃめちゃ行きたいです!」
「落ち着け」
「落ち着きました」
「よし。それで今、今回のエスト侵攻を防ぎきることができれば、セツナを行かせてやってもいいんじゃねえかって話が出てる。昨年も被害は最小限だったしな。うちの最大戦力が抜けるのは痛いが、次世代の戦力も育ってきてる。そうだろ?」
『次世代の戦力』が誰を指しているのかは明確だった。そう、セツナは街の将来を弟に託すために特訓をしていたのだ。
「やっと、セントラルに……親父に……会えるのか」
長年の夢が、今ようやく叶おうとしている。自然とセツナは拳を握りしめていた。
「早まるなって。悪いが、セントラル行きに際して条件をいくつか設けさせてもらう。まず一つ。さっき言った通りに今回のエスト侵攻を最小限の被害で抑えきること。次に一つ。カナタを戦場に連れて行け」
「え、カナタをですか!? いきなり!?」
「そうだ。お前が抜けて戦力が不安な状態で初陣を迎えるより、万全な今のうちに戦場を経験させたほうがいいと思ってな」
「それは、確かに……」
エスト侵攻。それが今、東域に訪れている脅威だ。この三ヶ月、守護兵団はエスト──『千年王国エストランティア』の侵攻から、九十九谷を守らなければならない。
争いは絶えない。
そういう意味で、九十九谷ほどの大都市でも高い能力を持った戦闘要員は常に人材不足だ。戦える、というだけでどの土地でも引っ張りだこになる。
「……分かりました。これが最後の大仕事、ですね」
カナタを戦場に出すための最終試験。どうやらそれが、セツナに課された最後の仕事のようだった。
☆★☆
「カナタ、今のあなたには無駄が多いわ」
浮島である中央広場の、比較的障害物の少ない公園にやってきたユキノとカナタ。
ユキノがスッと人差し指を立てると、小さく光の円が描かれた後に、瞬時に天に向かって鋭い氷柱が生まれた。それを地面に突き立て、ガリガリと絵を描いていく。
「私たちが扱う奇跡の技『円環魔法』は、円という概念から無限の可能性である『輪廻力』を引き出して使うわけだけど……輪廻力がそもそも何なのか、理解して使ってる?」
ユキノの戦闘指導は、根本への問いから始まった。
「に、兄さんからは、『体ん中を巡ってるものすげえ力を外にドバーッと出してる!』とだけ……」
「天才はこれだから困るわよね、ほんと」
やはりという顔をしつつ、ユキノは絵を完成させた。簡単な人の体が描かれている。ユキノはさらに、人型の心臓にあたる位置に氷柱を突き立てて、動かしていく。
「私たち人間が引き出す輪廻力は、心臓から始まって体を巡り、やがて心臓まで戻ってくるこのサイクルを、一つの円と捉えて扱います。要は血の巡りね」
体を一周して心臓の位置まで矢印がつながった。ユキノの言う通り、そこには一つの円が生まれている。
「例えばこの浮島も、外円に浮遊力と下層光源を発生させる魔法が使われてる。これも一種の円」
目を向ければ、浮島の端には紋様が光っている。これがこの浮島を浮遊させる力だ。そして空を見上げれば、第一層の浮島の裏側は光り輝いている。表で受けた光を一つ下の層に届ける下層光源システムだ。
それだけではない。九十九谷を見渡せば、至る所に円のモチーフがあしらわれた建築がある。『星天神』を唯一神と崇める円環崇拝は世界中に広がっている。星天神は円環に輪廻の力を授ける存在とされ、日々の生活の大部分を魔法に頼る人々は、その多くが信仰を捧げている。
「すげえ力を外にドバーッ! じゃなくて、身体の中を巡る血液を意識してみなさい」
「は、はい!」
ユキノが腕を振ると、数メートル先に氷塊が生まれた。
カナタはその氷塊に狙いを定め、言われた通り輪廻力を引き出す。すると、
「おおっ?」
瞬間。轟音を響かせながら、指先から迸った雷撃が氷塊を粉々に破壊した。
「さすが、輪廻力量は申し分なしね」
言いつつ、ユキノは心の中で思考する。
──やはり、資質だけなら天才セツナ・エルグランドに並ぶ。でもカナタくんは……。
すごいすごいとはしゃぐカナタを微笑ましく眺めながら、ユキノは思ってしまう。
カナタは優しすぎる。性根がそもそも、戦闘に向いていない。兄に憧れるだけで生きていけるほど、死の蔓延る戦場は甘くないのだ、と。
そう言ってしまえたら、どれだけ楽だろう……とユキノは憂いを帯びた表情で無邪気な少年を見る。カナタにとって、『兄にはなれない』という一言ほど、残酷なものはないはずだから。
「ユキノさん、すごいですよ! 将来は先生になれますよ!」
「あなたのお兄さんが説明下手なだけよ」
とはいえ、今はまだ幸せな夢を見ていてもいい時期だ。カナタはまだ若い。これからゆっくりと、たくさんの経験をしていけばいいのだ。
「カナタくん、あなたの無駄はまだまだあるわ。例えばあなたの使うブースター。あれだって、ドバドバ輪廻力をつかってるみたいだけど、工夫次第ではもっと減らせるはず。局所的に推進力を得るように発動点を絞って──」
そんなユキノは、カナタの初陣が決まったことをまだ知らない。
☆★☆
「遅いッ! 電撃の即効性を判断速度で殺してしまっては意味がないわ!」
カナタは迫り来る氷槍を叩き落としていく。しかし四方八方から間断なく襲ってくる上に、何の前触れもないというのが最悪だった。じわじわとカナタを守る防御陣が削られていく。
鬼だった。
丁寧で優しい解説からの悪鬼羅刹のような戦闘訓練だった。
「ユキノさん! 死ぬ! 死んでしまうこれ!」
「なあに、直撃しても多少大きな裂傷が生まれ、傷口から忍び込んだ冷気が体温を奪い尽くし、瞬時に低体温症によるめまいや吐き気で戦闘能力を削ぎつつ、体の端から氷漬けになって苦しい程度よ」
「致命傷では!?」
──てかこの氷そんな恐ろしい追加効果あったの!?
カナタは死に物狂いで回転数を上げた。いや、当たったら本当に死んでしまうのでシャレにならない。
「だああああああぁぁらああああああああぁぁッ!」
教わった通り、姿勢制御は発動点を絞り輪廻力を節約。銃撃もエネルギー効率が悪いのでなるべく温存。一度の斬撃で三から四の氷槍を巻き込みながら、コマのように旋転しつつ最高効率で絨毯爆撃を退けていく。
「凌ぎきってみせるよ……ッ!」
ユキノは、ほぼ全力だった。
単調な攻撃ではあったが、そこに込めた輪廻力は実践と何ら変わらない量だ。得物である愛刀『ユキガネ』を指揮棒のように振りながら、ユキノは思考する。
──うーん、理論を教えれば実践できるだけの高い身体能力。兄譲りの莫大な輪廻力。正直、うちの部隊でも通用するレベル……。
自分の預かる九十九谷守護兵団二番隊の不甲斐なさを嘆きながら、ユキノはこの少年が秘めた恐ろしいポテンシャルに舌を巻いた。
「なら、これはどうかしら」
少し好奇心の湧いたユキノは、ニヤリと笑って詠い上げた。
「風に揺れるは雪月花! 雪夜に舞い散る花吹雪!」
凛とした鈴の音とともに、ユキノの足元から巨大な光の魔法陣が広がっていく。定型文を発することで、一定の魔法想起を素早く行う技術――『武技』だ。
「しとどに降りしきる雨粒の如く! 春風に舞い上がる桜の如く!」
カナタを取り囲むように生まれた氷がみるみるうちに切っ先を尖らせていき──そして。
「疾れ凛氷三分咲き──『桜華烈斬抄』ッ!」
その総数、軽く千を超える氷の花弁が無慈悲に空間を食い尽くした。
「決まった……これ決まるとほんと気持ちいいわね」
終劇、そして残心。左右に振り払って華麗に愛刀を鞘に収めたユキノだったが──
「あ、まず」
あまりにカナタが付いてくるもので、調子に乗って武技まで使用してしまった。
「死んだかしらこれ」
「死んでませんッッ!!!!」
バァンッ! と氷の山を弾き飛ばして、中から顔を青白くして息を上げたカナタが転がり出てきた。
「殺す気ですか……」
「んー、ちょっと殺す気だった♪」
テヘペロ♪ といった具合でお茶目に舌を出すユキノ。
可愛いのでカナタは許した。
「ちなみに後学のために聞きたいのだけど、どうやって切り抜けたの?」
「……明らかに大技が来る気配があったので予め輪廻力を練りつつ臨機応変に対応できるように待機。威力より量を優先した技だということ、加えて全方向からの攻撃にアドバンテージを持つ武技だということはすぐに分かったので、地面を掘削して攻撃を上方からに限定。後は空に向かってひたすら斬撃と銃撃です」
「……嘘」
見れば、確かに氷の山の中央には人がすっぽり埋まるだけの深さを持った大穴が生まれていた。
遅いと指摘してすぐに見違えた判断力、実行に移せるだけの度胸。一線で活躍する守護兵団の中でも高い次元で完成させているものが少ない戦闘思考を、この少年は見事に完成させていた。
──いよいよ本当に、心の問題だけになってきたわね……。
実戦でこれを発揮できるかどうかが最大の問題点だ。心優しいカナタは、果たして人の命を奪うことができるのか──最後の課題が明らかになってきたところで、背後から声がかかった。
「……これまた、随分と派手なかき氷だな」
本部から戻ってきたセツナだ。光の粒となって消えていく魔力氷を眺めながら大仰に笑っている。
「兄さん! 僕、ユキノさんの武技、凌ぎきったよ!」
「まさか烈斬抄か? ユキノ、俺の弟を殺す気か?」
「だ、だってしぶとくて……」
「完全に殺る気じゃねえか! ちなみに何分咲き?」
「……さん」
「あ?」
口をあんぐり開けたまま硬直するセツナ。
「三? 一とか二でなく、いきなり三?」
テヘペロ♪ といった具合で再びお茶を濁そうとするユキノだが、
「俺にその技は効かねえ」
セツナはユキノの頭にチョップを撃ち込んだ。
「いった~~~~ッ!? 舌噛んだ! ありえない、女の子の頭殴るなんて最低!」
「女の子ォ? 猛獣の間違いだろ」
「酷い! 私結構モテるのに!」
「可愛さと戦闘狂度は関係ねえ! お前は戦ってるうちにだんだんハイになってくのを直せとあれほど──」
「可愛いのは認めるのね!」
「っ、ぃ、あ……それは……だな……」
「…………やめてよ、恥ずかしがるの。こっちまで恥ずかしくなってくる」
「うるせえ! 元はと言えばそっちが──」
互いに赤面して硬直した二人を見ながら、完全に置いていかれたカナタは思う。
──早く結婚しろアホ! と。
☆★☆
ユキノに言われた通り、吊り橋を直すエルグランド兄弟。常習犯なので手際も良い……いや、ユキノがベンチで足をぷらぷらさせながら監視しているからかもしれないが。
二人で協力して縄をくくりつけていると、兄がおもむろに切り出した。
「あー……カナタ。突然だが、お前の仮入団が決まった」
「本当!?」
告げられた報告に、カナタは飛び上がった。
「ま、まさか団長の用事ってそれ? いくらなんでも早すぎる!」
ユキノが愕然としているが、セツナは首を振った。
「んなこたぁねえよ。俺は、二年前には正式入団してた」
「それはあんたがおかしいの! 普通は成人してからで……って、まあ言っても無駄よね……」
「無駄だよユキノさん。これでやっと兄さんと一緒に……!」
目を輝かせるカナタ。カナタにとっては夢への第一歩であり、最初の目標にしていた場所である。
「まだ仮だけどな。明日、下見も兼ねて地上の偵察にお前を連れてく」
「ううううう、今日行こう!」
「今日は非番だ仕事増やすなバカ」
「不安すぎるので私も行きます!」
「……部隊長二人が付き添いとは、なかなか豪華な顔触れだこって」
ということで。
一番隊隊長セツナ・エルグランドと、二番隊隊長ユキノ・グレイシア、そして新米仮団員カナタ・エルグランド。三人による地上偵察が決まった。