第10話 届け、刹那の一撃
金色に煌めく炎身を、刹那の刻の中で閃かせる。
しかし分厚い風に阻まれ、熱は届かない。
漆黒に揺れる風身を、幽玄の闇の果てへと羽撃かせる。
しかし、分厚い熱に阻まれ、風は届かない。
「はは、はははははははははははは──ッ!」
「ふふ、ふははははははははははは──ッ!」
気がおかしくなってしまったのか思うほどの笑い声を上げながら、二人はひたすらに拳を交わす。
あと一歩。あとほんの少しだけ、奴の風《炎》よりも強ければ。そう思わずにはいられない。
しかしその一歩が遠く、険しい。どれだけ死力を尽くしても、同じだけ奴も這い上がってくる。
決して譲らないと、貴様にだけは負けないという鋼の決意が、二人の戦いを極限まで押し上げていく。
──ああ、熱いな……ッ!
セツナは胸の高鳴りをぶつけるかのように拳を振るう。際限なく高まっていく熱量は、もはや太陽すらも超えているのではないだろうか。
拳を振るえば大地は溶岩と化し、駆ければ残像不死鳥の如し。
今ならば、ああこの刹那ならば──きっと!
セツナは確信とともに、限界を超えてさらに熱を高め、そして。
セツナ・エルグランド、ついに至る。
炎という物理現象の最果て。個体、気体、液体を超える第四の形態──『プラズマ』。限界を超えて熱を高め続けたセツナの肉体は、純粋な閃光へと至ったのだ。
厳密にはセツナが操っている炎の正体は全てプラズマということになるのだが、この炎ははっきりとプラズマと言える状態には達していない。
炎という現象は、言ってみれば単なる化学反応に過ぎない。強い風が吹いたり、水を被れば消えてしまう。
しかし、純粋化され先鋭化されたプラズマはその呪縛を突破する。
そして、稲妻を切り裂いて見せたゼファードといえど、プラズマを斬ることはできない。
というよりも、意味がないのだ。切り裂いても瞬時に復活する。気体に限りなく近い形態であるプラズマへと至ったセツナの肉体は、『物理現象』で切断されることはない。
これが、セツナ・エルグランドの思い描いた最果て。
常に炎とともにあった彼が苦しみ、思考を重ね、そして辿りついた極致。
「──、」
ゼファードに焦燥が走る。
いくら拳を振っても、手応えがない。斬撃の風をすり抜けて、セツナの拳が肉体を掠めた。それだけでまるで炭のように肉体が黒く焼け焦げる。
セツナは、ニヤリと笑った。
──見てるか、カナタ。お兄ちゃん、頑張るからな。
きっとこれで決まる。
──ユキノ。ごめんな。これが最後かもしれない。でも俺はここで引けない、手を抜けない。
次の一撃が、勝負を決するだろう。──さあ。
「終わらせよう、ゼファード」
そしてセツナは神速で距離を詰め、ゼファードへ拳を叩き込み──
☆★☆
──まだだ。
ゼファードはそれでも決して諦めない。
──まだ、終われない。
負けない、何が何でもこの男にだけは勝つ。どんな手を使ってでも、必ずこの手に勝利を掴む。泥臭くても、この拳で必ずや──ッ!
泥臭くてもいい、何が何でも勝つ。その『不純』な願いに、『星願天祈』 が応える。
強き精神を持たない者に、天は一切味方しない。しかし逆に言えば、強き精神を持つ者に天は必ず味方するのだ。
不純な願いは、能力を概念化する。プラズマの向こうにあるセツナの肉体そのものを切り裂く『切断概念』をその拳に宿し、ゼファードは宵闇に吠える――ッッ!!!!
「ああ、終わりにしよう。セツナ・エルグランド!」
そして。
迫る拳、迎え撃つ拳。
一瞬の交錯──
「────────────────────」
爆震。
土煙の向こう側。爆心地で二人の獣は、固まっていた。煙が晴れると同時に、その全容が明らかになっていく。
セツナの拳はゼファードの顔左側面にめり込んでいる。対するゼファードの拳は──
プラズマ化したセツナの胸を切り裂き、撃ち抜いていた。
「ご、ふ……がはぁ……っ」
瞬間プラズマ化が解除されるセツナ。輝きを失った鳳凰は──地に、堕ちた。
「……己の、拳が」
ゼファードの左眼は完全に焼き尽くされている。二度と光が戻ることはないだろう。
しかし。しかしだ。
ゼファードは、立っている。
「……俺の、風が」
崩れ落ちるセツナと、限界を超えてなお立ち続けるゼファード。ああ、疑いようもない。
「……彼奴の息子を討ち取った」
勝敗、ここに決す。
血に濡れた拳を天高く掲げ、竜狼は咆哮した。
「我が復讐、此処に在りッッッッ!!!!!!!!」
☆★☆
終幕 あなたのいない、この世界で
☆★☆
「く、ふ……」
しかしゼファードも限界だった。セツナの隣に崩れ落ちる。すると、
「……俺は、負け、た……のか」
「まだ生きていたか、人間よ」
時間の問題であった。胸からはすでに致死量の血が流れ出し、すぐにでも意識を失い、事切れていてもおかしくない状態だった。
しかしセツナは「これが最期の意地だ」と言わんばかりに、言葉を紡ぐ。
「最期……の、お願いを……聞いてもらっても、いいか」
「己に、できることであれば」
隣に座り込んだゼファードは、その男にとどめを刺そうとは一切思わない。
最期の言葉を聞いてやるのが、心躍る激戦を演じてくれた戦士への敬意であり、手向けであると理解していたからだ。
「じゃあ……一つ、だけ」
セツナは全身全霊を込めて、笑った。
「いずれ、お前の、前に……俺の弟が、現れる……だろう」
それは、残された時間の中でセツナにできる、唯一の手向けであった。
「その時は……全力で、相手を、して、やってくれ」
その一言を、ゼファードは噛みしめる。その約束、必ずや果たしてみせる、と。
「──承った」
一言、そう告げる。すると安心したのか、セツナはふわりと笑い――
「敵のお前に……言うのも、おかしいが……カナタを……たの、ん……──」
やがて、静寂が訪れた。
残されたゼファードは一人、星空を見上げる。
空に一条の流星が走った。
「己は、貴様という強き戦士がいたこと、そして今日という日を決して忘れないだろう。セツナ・エルグランドに、星天の導きのあらんことを」
ゼファードは、ふらふらと揺れながら立ち上がった。見れば空間が割れ、そこから一人の少女が飛び出してくる。
「ゼファードくんっ」
胸に飛び込んでくるディメナを受け止めようとしたが、しかし限界を超えた肉体ではそれも叶わず。ゼファードは勢いそのまま後ろへ倒れた。
「……済まぬ、ディメナ。このままでは、己が死んでしまう」
「ご、ごめんなさいっ」
肩を貸してもらいながら立ち上がる。
「ゼファードくん、急いで戻りましょう。このままではあなたの身も持たない。それに──」
その時だった。
「兄さんッッ!!!!」
九十九谷の街から走ってくる一人の少年の姿があった。亡骸へ縋り付く、哀れな少年の姿があった。
「……兄さん。兄さん。ねえ、兄さん、なんでだよ、返事、してよ」
カナタ・エルグランドは感情の抜け落ちた顔で、セツナの身体を揺らす。もちろん返事は、ない。
「なんで、だよ……兄さんは、強くて……誰にも、負けないって……」
「弟、か」
ゼファードはカナタに向き直り、一声。ビクリと跳ねたカナタは、涙の滲む瞳で、竜狼を見据えた。
「己を恨むか、少年」
「お前が……兄さんを……」
「恨みたくば恨めばいい。力をつけ、己に挑め。己は強き者を、歓迎する。それがセツナ・エルグランドの遺志でもあるからな」
「ゼファード……ヴァナルガンド……ッ!」
「屍はくれてやる。丁重に弔ってやることだ……その、誇り高き戦士を」
そう言い残し、ゼファードはディメナとともに──消えた。
終わった。
全てが今、終わったのだ。
「──ぁぁ、」
残されたのは、荒野に血の華を咲かせる、兄の亡骸のみ。
「──ぁぁああああ」
脳内が、真っ赤に、染まっていく。
「──ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!」
カナタの慟哭が、荒野に木霊する。
何度も、何度も木霊する。
喉が枯れ、血の味がしても、叫ぶことをやめない。
しかし。
その慟哭を切り裂くように、大音声が鳴り響いた。
「ギィイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」
そう。物語は、ここで終わらない。
彼方の向こうから、闇を引き裂き現れる巨影。漆黒にあって目立つ白金色の鱗。暴れ狂いながら空を飛ぶその正体は──
「星竜族……!? しかも、完全竜化──!?」
カナタは目を見開いた。
完全竜化、それは星竜族の中でもごくごくわずかな血の濃い個体にのみ許された秘技だ。
理性を捨てる代わりに、空を割き大地を削る暴虐を手に入れる究極の技。
天人族の絶望の象徴。
完全竜化した星竜族は滅多に現れない。敵味方区別なく殺戮するため、星竜族にも危険があるからだ。それでも、かつての大戦では何度も実戦投入され、数え切れない死者といくつもの街が犠牲になったという。
そんな竜が、なぜここに……?
疑問は尽きない。しかし今カナタの感情を埋め尽くすのは、別のものだった。
──竜たちよ。貴様らは僕たちに、悲しみに暮れる暇さえ与えてくれないというのかッッ!!!!
怒り、だった。
セツナとの別れを惜しむ暇さえ与えない。そんな星竜族の非道さに、カナタは怒りを覚えて仕方なかった。
「ふざ、けるな──────ッッッ!!!!!!」
カナタは輪廻力を爆発させる。
許せない。絶対に許せない。兄の亡骸には、傷一つ付けさせてなるものか。
怒りに支配されたカナタは、歯を食いしばり、立ち上がった。
「……兄さん、借りるよ」
セツナの遺した血まみれの軍帽を被り、竜を睨みあげる。
ぐちゃぐちゃになった感情のまま、カナタは涙を流しながら双銃刀を構える。
「邪魔を、するんじゃねええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!!!」
疾る。初速で閃光と化したカナタは、両のブースターを吹かせて天を舞う。
──こいつ、我を忘れて暴れているのか……?
竜はどうやら、狂乱状態にあるようだった。
小さなカナタの存在に気がついているのか、いないのか。それは分からないがしかし、好都合だ。
「死に晒せ、巨竜ッッ!!!!」
カナタは一息に巨大な竜の首元まで至ると、叫んだ。
「彼方まで──響け霹靂天照ッ!」
怒りがリミッターを外し、限界を超えた『短文詠唱』を成立させる。
そして首に二刀を突き刺し、ゼロ距離で放つ──ッ!
「『雷渦天双撃ッッ!!!!』」
二重雷撃が、竜の首を貫通し、空へと駆け抜けていった。
「ギィ──ィィィィイアアアアアアアア……ッッ」
あっけなく力を失った竜は、バランスを崩し墜落する。カナタは怒りに身を任せ、それを追撃する。
「もう一撃……ッ! 死ね、死ね、死ね死ね死ね死ねッ! 忌まわしき竜よッ! 『雷渦天双撃ッッ!!!!』」
地に堕ちた竜を追い、重力を味方につけたカナタは天空から流星の如く降り、首に再度二刀を刺し穿ち、雷撃を発射した。
激震とともに、雷光が地面へと広がっていく。
完全に地面に串刺しにされた竜。完全竜化の膨大な耐久力をもってしても、二度も首を貫かれてはさすがに致命傷であろう。
「は、ははは、ぼ、僕が……竜を……!」
完全竜化した星竜族の討伐は、それ単体で「英雄」と称される偉業だ。
竜の様子がおかしかったとはいえ、無傷で一方的に討伐できたのは、ひとえにカナタの誇る秘められし膨大な輪廻力のおかげだ。
──兄さん、僕守りきったよ! この街を、兄さんを、守りきったんだ!
兄の死亡という絶望は決して消えない。それでもカナタは、歩み続けなければならない。
兄の死を乗り越えて、ユキノや街のみんな、そしてミライとともに──────────────
異変が、起きた。
ぽうっと、竜から、淡い光が発された。どうやら竜化が解かれるようだ。それは確かに討伐を成し遂げたという証。喜びに打ち震えるカナタだったが、つかの間。
違和感が、駆け巡っていった。
元の人型に戻っていく星竜族の何者か。
「ぁ……え……?」
何か、おかしい。
そう思った時には、もう全てが終わっていたんのだ。
縮んでいく身体。
その身体は、
やけに、
小さく、
金色に輝くその髪は、
どこかで見たことがあって、
「ご、ふっ……」
ソレが吐いた、
生暖かい血が、
頬を濡らして、
首には、両の刀が突き刺さったままで、
その、少女は、
よく知っている、顔をしていて。
「カナ……タ……」
助けを求めるような表情で、
「たす……け……――」
一言、何かを、言いかけて、
少女は頬から一筋の涙を零し。
目を、閉じた。
「……………………ぁあ、えぁ?」
意味が、分からない。
なんで、
だって、僕が倒したのは竜で、
竜がよく知る少女の姿に、なって、
それで……竜は、ミライ、だった?
そんな、
だって、
僕が守るって決めたのに、
そんなことが、
いや。
「ミラ、イ……」
カナタも、ユキノも、セツナも、奴隷商の男たちも誰一人として、ミライの素性を知らない。
ミライが星竜族ではない、などと。誰も証明できない。
それに、ミライを求める『理想郷委員会』の二人。
嫌な音を立てて、絶対にはめたくなかったピースがカチリとはまるような、音がした。
「嘘だ、ミライ……そんな、僕は……っ」
視界が、真っ赤に染まって、真紅を通り越して、黒に埋め尽くされて──
震える手で、刀を引き抜く。動転するカナタは、溢れそうになる血を、必死に抑える。
「やめ、違う、止まれ、止まれ、僕は、嘘だ、止まれ、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う、こんなの、違うッ!」
その時、カナタは希望を目にした。
「ぁ、」
溢れそうになった血が、空中で停止する。
一瞬の空白の後、その血がミライの身体へ戻っていく。
「あ、え、そ、そうだ! 何かの間違いだ! これは、何かの間違いで──」
ミライの治癒能力が発動したのだ。
カナタは知らなかったことだが、きっとミライは自身の傷も治せるのだろうと解釈した。
そう、それは正しい。
ミライは己のどんな傷でも治すことができる。空から降り落ち、肉体がバラバラになっても完全修復されるほどの圧倒的な回復力だ。
圧倒的な、回復力。
しかし、あの時。ミライは間違いなく死んでいた。
完全に死んだ時、ミライは……どうなっただろう?
「ミ、ミライ! 良かった、そうだ、やっぱり間違いだったんだ……!」
ゆっくりとまぶたを開けた、少女。
パチパチと瞬きをして、ようやく自身の隣に何者かがいることを認識する。
「ミライ、ごめん、僕、君のこと、知らなくて、でも傷も何もなくて、ああよかった、ミライ……!」
そして。
少女は言う。
今度こそカナタ・エルグランドの絶望の底へ叩き落とすことになる──
その一言を。
「あなたは……誰ですか?」




