序章
久々の長編なので至らぬ点もありますが、最後までお付き合いくだされば幸いです。
月明りのない雨が降る夜の森で、少女は闇雲に歩き続けていた。
その表情は焦燥感と諦めが入り混じったような、複雑なものだった。
ぬかるむ不安定な地面を踏み、眼前に広がる木が生い茂る道を器用に進んでいく。
暗闇に慣れ始めた目が頼りになりはじめた、そのときだった。
「……っあ!?」
少女は足元の木の根に気づかず、つまずいて転んでしまった。
べしゃり、と大胆に泥の中に飛び込んでいく形になり、当然ながら全身がドロドロに汚れ、足首に鈍い痛みが纏わりついた。
「もう……無理……」
弱音が零れると同時に、頬を雨以外の雫が伝った。
瞼を閉じて耳を澄ませると、葉に雨粒が弾かれる音に混ざって、何かが草木を掻き分ける音が聴こえた。
呼吸を止めて口を手で覆い、樹木と同化するように静止する。
幹の影で息を潜める少女に気付くことはなく、その何かは去っていった。
あぁ、こんなところで死ぬんだ、と少女は心中で自嘲気味に呟いた。先ほどまでの焦りは何処へやら、これから死ぬかもしれないというのに、その心は何故か穏やかだった。
その瞬間を待つように、少女はゆっくりと目を閉じた。まるで処刑される寸前の罪人のような心構えだ。
少女を嗅ぎまわっている『何か』に殺されるより早く、雨に打たれて熱が奪われていく方が先かもしれない。
もうじき落葉の季節とはいえ、その後に訪れるのは雪の降る冬だ。夜の森の中で、かつ雨天であれば余計に気温は下がっていく。
手足の感覚が衰えていくにつれて、少女の意識も朧気になってく。
力なく木の幹にもたれ掛かる少女を、何者かが徐に担ぎ上げた。
普段のように拒絶する気力もなく、訳が分からぬまま、少女はその腕に身を任せるしかなかった。
遠のく意識の中、少女は無数の睨め付ける双眸を見た。
それが、少女の記憶の中で、一番古い出来事となった。