その子は、"お嬢様の吸う空気が汚くなるから"と私の前では息を止めている。
「婚約破棄を正式に申し入れる」
第7王子は私に向かってそう告げた……舞踏会の終わりのささやかな時間に。それは私がこのお屋敷にいる意味がなくなるということだった。
「あっ、お嬢様だ……」
「……」
いつも私の身の回りのお世話をしている子。私はもうすぐいなくなるのに変な子だ。鼻をつまんで口を塞いで顔を歪めている。意地悪したくなるような顔だが私にはやることがまだ残っていた。
「ぷはーっ」
「あっ、急いで次の準備しなくちゃ」
「……」
そこまでしなくても私の吸ってる空気なんかもう十分汚いっての。
「……」
後片付けを済ませて身支度を整える。ここからいなくならなければならなくなったものに自分から出迎えをする奴はいない。私は足早にこの屋敷を去ることを決めていた。
「……」
そこにあの子が立っていた。
「息して良いって」
「君の吸ってる空気の方がよっぽど綺麗だって」
「……」
「ぷはっ」
その子はなんだか大きく息をした後、持っていた物を取り出す。
「あ、あのっ! お嬢様……これ」
「……?」
それは一輪の咲いたばかりの小さな花。 私の部屋から庭を下した時、この子がいつもいじっていたところに咲いていた花。
「渡す時間がなくてこんな時になってしまったんですけど……よかったら受け取ってください」
一生懸命なその子に答えないわけにはいかなかった……でも、
「ごめん」
私は小雨が降る中を一度も振り返らずに町の方へ走って行った。振り返るともう行けなくなりそうで。
「……」
あの子がどんな顔をしているのか見たくなかった。あの子のそんな悲しそうな顔……私はこの目にしたくなかった。私の吸った空気であの子の呼吸を汚したくなかったから。