とある国の後宮事情
なろうに溢れるハーレム物に嫌気がさして書き上げました。所要時間2時間で書き上げましたので、多少おかしなところがありますが、ご容赦ください。ジャンルは迷いましたが一応恋愛にしました。
「今宵は久し振りに王妃の元へ参ろう。先触れを出しておくように」
その言葉を聞いた臣下達の頭上を稲妻のような緊張感が走り抜けた。王の意図を理解した時、彼等は一様に頭を下げて焦りの表情を隠す。
王が立ち去るのを待ち、その足音が聞こえなくなってさらに数分後に慌てて立ち上がると、奥向きのことを全て取り仕切っている女官長の元へ駆け出した。
「た、大変でございます、女官長!」
「なんですか、はしたない。ベティ、そのような大声を出さなくても聞こえておりますよ」
「申し訳ございません、女官長。ですが、ですが、一大事なのでございます! 先程陛下が、陛下が……今宵は紅梅の宮に参られると……!」
女官達の控え室で優雅にティータイムを過ごしていた女官長は、危うく口に含んでいた紅茶を吹き出すところだった。
しかし流石は長年王城に勤める女官長である。すぐに気を取り直すとベティに指示を出した。指示を出しながらも、その眉間の皺が無くなることはなかったが。
(全く……、あの下半身堅王(笑)、大人しく愛妾の元へ行ってくれればよいものを……)
まだ35歳の若さで『賢王』と讃えられている王にたいしての揶揄で、女官達の間では下半身堅王(笑)と呼ばれるほど王は女好きだった。
後宮には王が自ら御手付きにしたどこぞの貴族令嬢や元女官が10人以上居るのだ、なぜわざわざ王妃様の元へ参られるのか。
始めたばかりのティータイムを名残惜しく思いながら、女官長は王妃の居る紅梅の宮に急いだ。
紅梅の宮に辿り着くとすぐに面会を願い出る。さすがに女官長だけあってすぐに控えの間まで通された。
「どうしたの、女官長。貴女が突然宮まで来るなんて珍しい」
その声が聞こえると同時に視線を伏せてその場に蹲った。
「王妃様におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。突然の来訪の無礼をお許しください」
「面を上げなさい。わざわざ拝礼はせずともよい。それよりも火急の用があったのでしょう? 何があったのかしら」
許しを得て顔を上げるとそこには質素な装いながらも最高級品で身を固めた妙齢の女性が居た。夫である国王よりも2歳年上のこの国の王妃である。人目を引くほどの美女ではけしてないが、その雰囲気は人をたらしこむ魅力に溢れていた。
この国の王夫婦は恋愛結婚である。華燭の典をあげてから早17年、子供は王子を2人と王女を1人産み、未だに想い合う仲睦まじい夫婦だ――と、世間一般では思われている。
だが、女官達が知る事実は大いに異なる。確かに仲睦まじくはあるのだが、王には王妃の他にも側室と愛妾がおり、その数は合わせて15人居た。いわゆる後宮と呼ばれる場所が存在しているのだ。この数を少ないとみる人間も居れば多いと思う人間も居る。
女官長は自分の台詞が呼び込むこの後の混乱を思うと僅かに躊躇した。が、いつまでも黙っているわけにいかない。早く王妃に報告して指示を仰がねばならないのだ。
「王妃様、お心を安めてお聞きくださいませ。今宵――国王陛下がこちらにお渡りになられるそうです」
その時の王妃の狂乱ぶりは、後に近衛騎士達をして恐ろしかったと言わしめたほどであった。
「なぜ、なぜに陛下がこちらへお渡りになられる?! 今日の当番は誰ですか!!」
「王妃様、どうか落ち着いてくださいませ。本日は本来ならば碧玉の間へ渡られるご予定でした。ですが突然気が変わられたようで、先程伝言を承ったのございます」
「はぁ?! あの下半身堅王! 寝言は寝て言うようにきちんと躾なさい!!」
「ごもっともにございます」
「ええい! 他に陛下の気を引けそうな女官は居ませんか?! そうだ、ほんの一月前に拾った娘はどうしました? まだ寵愛が冷めるには早かろう?」
「あの娘ならば陛下の御手付きになる前に王太子殿下に保護されてしまいました」
「あの馬鹿息子!! なぜ母の邪魔をするのですか! よもや父親と同じ理由ではないでしょうね?!」
「そうであれば我ら臣下一同胸を撫で下ろすのですが……」
「あ“んっ?!」
王妃の言葉使いが崩れに崩れているが、誰も注意など出来なかった。王妃の心中を知る者ばかりだからだ。
そしてその王妃の心中を知る者の中に王太子も居るのだ。彼は母の心労を幼い頃から毎日見てきた。だから父王に新しい女が寄り付くことをよしとしない。
母親思いなのはよいのだが、残念なことにその認識が10年前から変わっていないのが問題なのである。
未だに母は父王を恋慕っていると思っているのだ。
王族の子らは基本的な養育は乳母や女官達が行う。だが、王妃は子供が6才になるまで自分が養育することにこだわり、そのツケ(?)がここにきて回ってきたのである。
しかも父王の女好きに苦労する母親の姿を見てきたせいか、王太子は女嫌いでも有名であった。
「馬鹿息子はどうでもいいわ! それよりも下半身堅王(笑)よ、アレをどうにかしないと。誰か代わりを宛がいなさい!」
「そのことなのですが……」
「失礼します。女官長、ベティが女官長に会いたいと門の前に来ておりますが」
「すぐに通しなさい。王妃様、先に側室様方や愛妾の方々にお問い合わせを送っております。その返事が参ったようです」
ベティが入室するやいなや、王妃はまだ年若いベティの肩をガシッと鷲掴むとそれはそれは美しい笑顔を見せた。
「一人くらいは……一人くらいはわたくしの恩に報いようと手を上げてくれていますよね?」
無意味な威圧に対して顔色を無くしていても、仕事は忘れなかったベティは王妃を絶望の底へと叩き落とした。
「申し訳、ございません……」
王妃の体がふらりと傾いだ。慌ててベティはその体を支えると側に居た近衛騎士の一人が王妃を抱き上げて長椅子に運んだ。
その様子を誰も目に入れようとはしない。そこにはけして触れてはいけない真実があると皆がわかっているからこそ、慈悲を願うように見てみぬ振りをする。
近衛騎士が離れると心配そうに女官長が側に寄ってきた。王妃は両手で顔を覆ったまま微動だにしない。
「……なぜ、いまさら」
長い沈黙の後、やっと溢した王妃の言葉は怒りに満ちていた。そして深い悲しみが。
「王妃様、どうか、どうか……」
女官長もそれ以上言葉が出てこない。
何を言えばいいと言うのか。もう何十年も王城に勤めてきた女官長だからこそ、全ての裏側を知っている。
王の身勝手にどれほど王妃が傷付き涙して絶望を呑み込んで来たのか。王妃はそれでも王の、国のために耐えてきた。そして賢王と呼ばれるまでに支えてきたのだ。
女官長は知っている。王妃が居なければ国王などとうに失墜していたことを。
国王自身もその事を薄々察しているはずだった。だからこそ国王は王妃を大切にするのだろう、例えもう何年も肌を重ねていない妻だったとしても。
どうすることも出来ずに女官長は王妃の言葉を待つ。今までもずっとそうだった。国王が何か不祥事を起こす度に王妃の采配を待つのが常だった。
「……集めなさい」
「……王妃様、今なんと?」
「集めなさい、側室も愛妾も全員です! そこで賭けをしましょう。これは王妃命令です、逆らうことは許しません」
そうして一時間もしない間に後宮の住人達が全員呼び出された。その上で王妃自ら尋問に立つ。
「お許しくださいませ、王妃様。わたくしが至らないばかりに、余計な御心痛を負わせてしまい……」
そう涙ながらに語ったのは碧玉の間の方である。本来ならば彼女の番なのだが国王の突然の御乱心により難を逃れた。だがその涙に濡れた目は慚愧の念に満ちていた。
王妃はその目を見て溜め息を吐いた。彼女の目が濡れているのは感情的になっているせいではなく、熱のせいなのだ。これでは例え国王が予定通り碧玉の間に渡ったとしても、すぐにとって返すことになっていたであろう。
「碧玉の方、もうそれ以上自分を責めるのはお止めなさい。こればかりは仕方がないことです」
「はい……」
王妃が話をしていく中で体調不良や月のもの等で難を逃れたのが8人で、王妃と残った7人で賭けをすることになった。
「よいか、今から皆でカードで勝敗をつけたいと思う。最下位になった者には罰ゲームとして今宵陛下の閨の相手をしてもらう」
集まった女達は皆それぞれ美しく、趣の異なる美女が色とりどりに揃っていた。
けれど美女達は皆真剣な目をして、王妃の繰るカードを一心不乱に見詰めている。
そうして女達の譲れない戦いが始まった。
最後にひとつだけ記しておくと、王妃が罰ゲームを逃れたのは言うまでもないことである。
第4弾まで公開しています。よろしければご覧下さい。