表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

喫水線の下の世界では

作者: 風連

次の仕事を探さなければならない。

潜水士の寿命は短い。

それでもまだ、趣味で潜るなんて歳でもない。

特殊な世界なのだからこそ、声をかけられた。

AIを搭載とうさいした潜水作業艇せんすいさぎょうていの訓練だ。

人が潜るには限界がある。

潜水艇は潜られるが、人がいちいち指示しているようでは、とっさの判断が遅れる。

海の中のオールマイティを目指しているのだ。

この歳になって、人工知能がバディに、なったのだった。

俺の意見も取り入れられて、無粋な機械的外見から、イルカに似た、外殻に収まった。

元々、水の中を泳ぐのに適していたからだが、人魚のホルムは馬鹿馬鹿しさに、却下した。

タンクを背負って、イルカロボットと泳ぐ。

俺の知ってることはすべて教えるのだ。

そして、海の中での実践を積む。

左手に付けた液晶パネルの指示機で、意志の疎通をはかる。

俺はこいつに《日向ひなた》と、あだ名をつけた。

陽射しのある水面に上がってこられるようにだ。

破格の待遇だった。

俺の意見は第一に守られた。

俺は理解力と記憶力を重視した。

理屈を言わず、まず従う日向は良い生徒だ。

海で作業するものの心得なんてのは、それ以下でもそれ以上でもなく、ただ守るべきものなのだ。

日向は、良いダイバーだった。

潜水病の心配も無いし、勝手な行動もしない。

そのくせ、俺のユーモアにも反応する。

音声認識ソフトを搭載してもらったのは、俺以外の人間とのやり取りに支障が出ないようにだ。

日向に、人間を理解させるのは、楽しかった。

俺自身、人間がこんなに出来が悪くて、日向に手加減の仕方を教えてると思うと、なんだか情けないが、そもそも陸の動物なんだ、人間は。

日向は真面目に、人間を助けてくれる。

そして、できる事が多い。

俺らは、海の中で色んな遊びもした。

イルカの外見の日向は、魚にも好かれる。

イルカが小魚に餌をやってるのだ。

俺は、日向に指示というものは絶対ではないと、教えなければならなかった。

それには遊びの部分が不可欠だ。

刻々と変わる情勢についていけなければ、海では、事故が起きる。

例えば、閉ざされたドアの前で延々と待っていたら、中の人間は死ぬかもしれないのだ。

日向には、焼き切る装置も搭載されている。

暗闇でも1度通った場所に、迷いなく進めるのだ。

海底に魚のアパートとして沈められたブロックや廃車の車などを使って、鬼ごっこやかくれんぼをする。

人を認識させ、人と違うところを伸ばすのだ。

俺は、海を仕事にするもののルールを遊びながら教えていった。

珊瑚の種類やたこの赤ちゃんなんかも、その中に入っている。

俺らが捉えきれない、それらの幼少期の幼生ようせいとしての姿は、水の中ではほとんど透明で、どれがどれやら一瞬ではわからないが、日向はいとも簡単に、区分けし教えてくれる。

俺もあんな眼が欲しいほどだ。

このAIに日向と名付けたが、これら幼生は本当に陽の当たる場所で泳ぐでもなく、フワフワと、浮いて波任せに生きているのだ。

流されてきた自分たちより小さなプランクトンを食べている。

もちろん幼生自体、ちょいと大きめな生き物に、喰われるのだが。

俺も日向もこいつらをついついえこひいきしたいのだった。

日向との訓練は、楽しかった。

俺は海を再認識していた。

日向がいれば、俺が陸に上がる日も、今よりずっと先になるだろう。

それに、他のダイバー達の安全も確保されるはずだ。

日向1台で、俺らが束になってもかなわないだろう。

何せ、溺れないのだ。

海底の地図も、日向が捉えたものでかなり精度が上がった。

日向は俺の考える地図を再現できるのだ。

俺からの指示はドンドン少なくなっていった。

やがて、海流の流れや、海底の堆積物なんかの、俺では把握はあく仕切れないデータが、日向には、蓄積ちくせきされていく。

段々と行動範囲を広げながら、日向は海を覚えていった。

自走式なので日向は、単独で行動するようになっていった。

単独行動も、出来なければ困る。

俺らは、上でモニター越しに日向の行動を見る事になった。

日向がその中に、何を貯めていたのかは、誰も知らなかったのだ。

ここいらは、外海との境で、潮目も荒く、海流も激しい。

島も点在し、海底山脈も長々と連なっていた。

海の中の登山だ。

上から下に、日向は沈んでいく。

日向が送ってくるモニター画面にみんなで食い付く。

日向が人では、潜れない深みに入った。

思ったより魚がいる。

日向は、その身体に、色々な作業用義手と、強力なライトを、完備している。

データ用に岩を削り、サンプルを取る。

珊瑚や魚などの生き物には、手を出さない。

サルベージとしても、訓練してあるが、そうそう座礁船なんかには、当たらないのだ。

俺が訓練した日向は、自分が見たい場所に、向かうのだ。

人があれこれ指示を出さなくても、日向は潜って行く。

これというものに出くわさない限り、無駄にライトでそこらを荒らすこともない。

暗視カメラの白黒な絵が、モニターに映し出されていた。

かなり大きな魚がいたが、日向は気にしない。

やがて、広い砂地が現れた。

その堆積物の下をスキャンして行く。

古い陶器や木材が認められたが、格別何もなく日向は船に帰って来た。

日向を格納庫に収めると、1日のデータを、持って港に帰るのだ。

俺の仕事は次のAIの訓練だった。

慣れてきたので、日向の時より短い時間で、訓練は終わった。

俺のコピーのような、自走式の潜水艇が3台になったのだった。

左手に付けた液晶の指示機の使い方にも慣れたのも大きい。

4台目の訓練と日向達との連携を構築していた時、それは起こった。

海での衝突事故だ。

定期便の船とタンカーが接触したのだ。

衝撃で水中の中、錐揉きりもみした俺を、日向が受け止めてくれた。

残りの3台も素早く、俺の側に集まっていた。

俺は、日向とNo2と3を、偵察に出した。

4番目の訓練機はまだ心ともないのいので、船に帰り、格納する事にした。

俺は、船で事故の報告をしていた。

タンカーは、定期船をひび割れさせていた。

かたむきだした船は、徐々に沈み出す。

救命ボートがおろされ、人々が飛び込む。

日向とNo2、3は、音声で話しかけ、救助活動をしている。

ボートを事故現場から、引き離すように、指示をだした。

定期船は、益々傾き、危険な角度になって来ていた。

船は自らの浮力で浮いているが、一旦沈み出したら、誰も止められはしないのだ。

タンカーはあまりに大きく、定期便船は、小さすぎた。

俺らの船にも、No2が背中に乗せた乗客を連れてきていた。

格納庫入り口から、助け入れると、次の救助に向かっていく。

タンカーからも、ボートがおろされ、救助が始まった。

俺らの船には、5人が救助されていた。

その脇に、日向が引いてきた、救助ボートも到着した。

定期船が、嫌な音を出して、その船尾を水の中にグワンと、沈めた。

泡と水飛沫みずしぶきを上げて、船が海に飲まれていった。

嫌な渦を残し、船は海底に飲まれていった。

まるで、それを見届けるように、しばらくしてから、日向が潜った。

巻き込まれないように距離を取るように指示した。

日向の眼が、海の中を映している。

巻き上げた粉塵の中に、船が船首を上に、海底に突き刺さってる。

日向が、遠巻きにスキャンを始めた。

生命反応がある。

船首部分に、2つ。

俺が潜れる深さだ。

その側には、海底の渓谷が口を開いていた。

荒涼たる暗闇が引き裂かれたその口を見せている。

日向は、やがて船が傾く危険を知らせてくる。

すぐさま、予備の潜水具を、呼び寄せたNo2に持たせ、俺も支度する。

俺はタンクを装着するのが早い方だが、この時は、自分がなんてもたつくんだと、イライラしたのを覚えている。

海に飛び込み、No2に引かれて、船に向かう。

No3には、船外で待機させる。

その間に、日向が船内を探索していた。

その誘導で、迷う事なく、船首の空気溜まりに、たどり着いた。

探索といい、日向達の連絡の密さと行動力は、どんなダイバーでも、真似できない。

そこに居たのは、機関士の2人だった。

彼らは、俺の言う事をよく理解した。

日向が教えた通りの行動をとり、彼らに説明までしていたからだ。

暗闇の中、日向とNo2のサーチライトで、2人に、潜水具を装着させた。

狭かったが、どうにかタンクを2人に背負わせる事が出来た。

レギュレターのいらない、フルメットの潜水具なので、かぶるだけでこちらが調整すれば良く、使いやすいのだ。

エアーで膨らむベストで装着すれば、水も入らず、浮力も出て泳がせやすい。

イルカの型の彼らなら、こういった物も、格納して運び込めるのだ。

日向とNo2に、2人を任せ、後を追って迷路のような船内を泳いで行く。

船の外に出た時、定期船は、そのバランスを崩し出した。

巻き込まれる訳にはいかない。

日向は、外で待機していたNo3に1人を任し、すぐさま共に、ここを離れなければならないと、俺に知らせてきた。

その時、上からレーダーにこちらに向かってくるものがいると、連絡が来た。

俺は万が一に備えて、No2と3に、2人を抱える事を指示した。

伸ばしてもらった長い触手を腰に巻いた。

日向は、傾きつつある定期便船のその先をにらんでいるようだった。

その時、あの割れ目からそれは、上がってきたのだった。

日向のサーチライトの中、突然、船が現れたのだ。

俺は、No2と3に挟まれ、2人の民間人を守りながら、海面の船に向かって泳ぎ出していたが、日向を呼ぶのを忘れはしなかった。

嫌な船だ。

ついてくるように日向に指示を出したが、日向は拒否した。

泳ぎ去りながら、俺はその幽霊船を見ていた。

いつの時代の船だろう。

帆船が謳歌おうかした大航海時代だいこうかいじだい遺物いぶつに見える。

船首に飾りもなく、マストは折れ、帆はボロボロで、千切れた大綱おおつなが、海蛇のように、のたうっている。

日向のサーチライトが、照らしているのは、幽霊船の一部だが、そいつが巻き上げる黒い堆積物たいせきぶつうずが凶々(まがまが)しい。

俺が見たのは、日向がその幽霊船に向かって行った、一瞬の光の爆発の中だった。

光の洪水は、衝撃を起こし、俺たちを渦に巻き込んだ。

2台の潜水艇が出す作業用義手に掴まれてなかったら、3人ともここにはいなかっただろう。

気絶した人間3人は、2台の作業用潜水艇に助けられて、どうにか海面に出ていた。

気がついた俺は日向の消息を聞いたが、誰も答えられなかった。

日向の位置測定緊急用ビーコンは、その音を止めていたのだ。

日向達は、岩礁に船底を引っ掛けた船用に、岩礁を取り除く為、小型の魚雷を装備している。

それの発射が記録されていた。

No2と3が探索に出たが、定期船も幽霊船も、発見できなかった。

あの裂け目に何もかも飲み込まれたのだ。

あの黒々とした幽霊船は、何だったのだろう。

No2と3の船尾のカメラには、歪んだ黒い大きな影が残っていたが、幽霊船と認識出来るだけのデータは、残っていなかった。

まともにあれを見たのは、日向と俺だけなのだ。

漂う幽霊船と共に、日向は消えた。

俺の左手の液晶パネルには、あの日、日向の最後の言葉が残っていた。

『アガレ。』と、一言。


今は、ここまで。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ