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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天上の巡礼者

作者: 暁黄昏

 白衣の外套を纏い、木の杖を手に取った私は、

光の精霊セレスティ様が奉られている精霊神殿へ歩みを進める。

 光の国シュトラールの首都、中央区に位置する神殿の内部へ

足を踏み入れれば警備を担う兵士や、たおやかに行き来する

神官達の姿が視界に入ってくる。

「巡礼の方ですか?」

 初老の神官が私に微笑む。私の首に下げられた、

刻印が印されていない六芒星の首飾りを見た老神官は同行するよう

促し、二人並んで白百合咲き誇る祭壇の間へ入った。

 ステンドグラスから陽光が差し込み、大理石の床面を照らす。

百合の香り立つ祭壇の前で、私は片膝を床に着き頭を下げる。

 我が巡礼の旅に祝福あらん事を・・・・・・。

立ち上がり、振り向けば老神官が初対面の時と変わらぬ笑みで私に頷く。

「世界を巡る旅路は、時として貴方に予期せぬ試練を与えるでしょう。

しかし、けっして諦めぬ意思を手放してはなりません」

 神官の助言に礼を返し、私は神殿を後にする。


 晴天の空に白雲が流れ、街の人々が往来する様子が目に入ってくる。

さあ、行こうと足を踏み出した時、首都の南口側へ人が集まりつつある

状況に気付いた私は、好奇心に任せて確かめに行った。

 白銀の鎧に身を包んだ金髪碧眼の女性騎士が、白馬に乗って先頭を行く。

その後に同じ頭髪と瞳を持った少年と、爽やかな美青年が轡を並べ、

さらに女性騎士の部下達が続く。

 シュトラール王家に代々仕える貴族の長子であり、白光びゃっこう騎士団長を

務めるソレイユ・ルミナリエル様だ。街の人々へ笑顔で手を振る団長は、

城を目指して行軍を進めていく。

 その一方で団長の弟、リヒト様はどことなく浮かない面持ちを浮かべている。

外での任務内容が気になった私は、思い切って街の人に尋ねてみた。

「ソレイユ様達は、反乱組織の討伐に成功されたんだよ」

 教えてくれた人に礼を伝え、城へ帰還していく騎士団の後ろ姿を見送ると

私は地の国ティエーラを目指して港町へ向かった。


 港町で水と旅糧を買い地の国行きの乗船券を購入し終え、潮風吹く

桟橋へ他の客らと並ぶ。青空をふと見上げれば、旅立ちの日に良い兆しを

覚えずにいられなかった。

 船への乗り込みが終わり、割り当てられた客室へ荷物を置くと、

ふかふかのベッドに腰を下ろす。持ち込んだ本を読み耽ってもよいのだが、

私は甲板に出て、海風に当りたいと思った。

 甲板には水夫や客達がそれぞれ立ち話に興じている。

周囲を見渡していると、赤色の巡礼衣を纏った人物が視界に入ったので、

声を掛けてみる。

 すると彼は気さくに応えてくれた。

「君も巡礼の旅か。六芒星に刻印が一つも無いとなると、

まだこれから?」

 私はそうだ、と返事をした。赤衣の、つまり火の国イグニスからの

巡礼者の胸に光る、四つの刻印が印された首飾りを見た。

 旅はどんな調子だったかも質問してみる。

「順調に終わったよ。次にティエーラで刻印を授かり、イグニスへ

帰れば俺の旅は終わり。晴れて神官の身さ」

 彼からひとしきり旅路においての苦労話や野宿について、

治安の悪い地域にて注意すべき事柄など教えてもらった後、

私は礼を言い自分の客室へ戻った。

 助言を忘れないように、記録帳を荷物から取り出すと羽ペンに

黒インクを付け書き込む。

 船は一晩もすれば地の国へ到着するだろう。私は記録帳を荷物へ

納めるとベッドの上に仰向けになり、背伸びをした。

 新天地へ想いを馳せ、瞼を閉じれば頭の中でティエーラへの

イメージが浮かんでくる。

 私は期待に胸を熱くしながら眠りに就いた。


 汽笛の音が私の目を覚まさせる。

部屋の時計は朝の七時を回っており、自分の寝つきの良さに感心しつつ、

朝支度を済ませる。食堂に向かい、朝食のパンとスープにジュースを

注文した。

 腹ごしらえを済ませて席を立つと、出発の準備を整えに客室へ戻る。

ティエーラではどんな旅が待っているのだろう。

 ようやく船が地の国へ到着する。客に混じって桟橋を渡り、

新天地へ立った。まずは地図を購入しようと思い、雑貨店へ入る。

 地元の特産品や、旅行者向けのお土産が並ぶ棚を見て回った後、

目当ての地図を見つけ手に取り、現在地を確かめる。

 南に一つ町があり、そのまま南下すればティエーラの首都。

地図上ではあっという間に目的地が見えるものの、実際はとても

時間が掛かるのだ。

 地図を購入し雑貨店を出て、地の国の潮風に外套をはためかせながら、

南の町を目指す。錬金術によって作成された、運搬作業に従事する

ゴーレムとぶつかりそうになったが、気を取り直して歩みを進めた。

 地の国は錬金術の聖地メッカであり、ゴーレム以外にも

人工生命対ホムンクルスと称される、人間の手助けをする者達も

存在する。


 南の町へは歩きで半日の距離があり、刻々と日が暮れていく平原を

冒険者や隊商キャラバンらとすれ違いながら、道なり行く。

 到着する頃には、太陽はとっくに沈んでおり、月が顔を出していた。

私は宿泊する部屋を探し、宿の主人に空きはあるかと確認する。

「旅人さんかい? え、巡礼者? 部屋ならあるよ。

ただ・・・・・・良い部屋はもう埋まっちまってる」

 私は寝床さえあれば、それでいいと伝えた。

「すまんね。ほい、これが部屋の鍵。一〇五号室。

おお! そうだ、湯浴みは是非、温泉に入ってくれ。うちの名物なんだ」

 店主は胸を張って勧めてくれた。温泉か、なるほど。

俄然興味が出てきた私は割り当てられた客室へ入り、荷物を置いて

温泉へ向かった。

 案内板に従って進めば脱衣所に辿り着き、湯浴み着になると

満天の星空広がる、夜の露天風呂をその目にした。

私以外、誰もいないようだが。

 かけ湯を済ませ、石鹸の香りに包まれながら温泉に浸かる。

良い湯加減だ。肩まで浸かり瞬く星空を見上げると、湯煙の向こうから

水音が響き、私は音の出どころへ視線を向けた。

 あちらもこちらに気付いたのか、輪郭が私の方へ動く。

「あら、こんな時間にお客様?」

 女性の声だ。輪郭はこちらへ近づいて湯煙から正体が現れる。

茶色の長い髪を一纏めに結い、丸みを帯びた黄色の瞳の女性が

微笑みながら私を見ている。

「ふふふ、いい湯よね。貴方は旅の方かしら」

 光の国から来た巡礼者だと答えた。

「そうなの。私はね・・・・・・ナイショ」

 片目をお茶目に瞑り、ひとさし指を口元に宛がう女性に私は戸惑う。

人に尋ねておいて自分は答えぬとは、これ如何に。

「まあまあ、私と貴方はいつか出会う運命だったのだから不満がらないの。

さてと・・・・・・長湯しすぎちゃったわ。また会いましょう、巡礼さん」

 意味深い言葉を残し、女性は露天風呂を後にする。

私はまだ湯を楽しみたかったので、その後ろ姿を見送るしかなかった。


 翌日の朝、私は宿を出発し陽光を浴びながら町を歩いて行く。

その道中で本や旅糧、水を買い町の南口へ向かう。

 港町からこの町までの街道は平原であったが、ここから先は岩山に

囲まれた険しい道のりになる。

 街道に整備されていたとしても、落石に注意せねばなるまい。

乾いた岩の大地を歩き続け、やがて視界の先に小さく首都の外壁が映る。

後もう少し頑張れば目的地に着けるのだと自分を励ました。

 首都に着く頃に日はすっかり暮れて茜色の空に染まっていた。

今から精霊神殿を探して回るのは、土地勘の利かない夜の街を歩く

無謀さだと思えたので宿を取り、一日を終えた。

 日が昇り、客室にて支度を済ませた私は首に下げた六芒星を手の平に

載せ、最初の刻印が印されるイメージを思い描き、小さく微笑んだ。

 宿の主人に神殿に位置を尋ねると、王城を目印に西の区画へ入れば

すぐに見つかると教えてもらった。

 私は礼を言い宿代を支払い終えて、さっそく教わったとおりに進み、

地の精霊神殿へ到着した。

 神殿内に黄衣を纏った巡礼者や、神官達が行き来している。

私は近くに居た神官へ光の国から来た者だと伝え、刻印なき六芒星を

見せる。それを見た神官が頷き、祭壇へと案内してくれた。

 マリーゴールドの花に囲まれた祭壇まで通されると、

神官は祈りの声を祭壇へ唱え始める。

「ティエーラの精霊、ミナ様。新しき巡礼者が刻印を求めております」

 祭壇が黄色の波動に包まれ人の輪郭が浮かび上がる。

やがてその輪郭は濃くなり、精霊の姿が私と神官の前に現れた。

 その人は以前、温泉にて出会った女性であり、私が驚きを隠せずに

いると黄衣を纏った地の精霊・ミナ様は面白そうに微笑んだ。

「そんな顔しないの。言ったでしょ、私と貴方は出会う運命だったのって。

さあ、刻印を授けましょう。私と貴方の縁を結ぶために」

 私はミナ様の前にかしずき祈る。目を閉じて広がる暗黒の中で、

幸福感に満ち溢れた黄色い輝きが花を形作り、あたり一面に広がる光景が見えた。

 瞼を開き六芒星を確かめると、左下の位置にティエーラを象徴する

印が刻まれていた。

「すべての刻印が揃った時、きっと貴方は今よりもっと素敵な人に

なっているわ。だから、くじけちゃ駄目よ」

 ミナ様は私の手をそのたおやかな両手で包み、

励ましの言葉を送ってくれた。


 ティエーラ首都より北東の港町。

運搬ゴーレムが作業員らと一緒に船へ荷を積む光景が見える。

私は火の国行きの乗船券を購入すると桟橋に並び、乗り込みの順番を待つ。

 火の国の精霊様はどんな方なのだろう。期待を胸に六芒星へ手を

宛がえばミナ様のぬくもりが今もそこにあるように思えて、安心出来た。


 火の国の港町立った瞬間その蒸し暑さにやられた。

この国は活火山により熱気で冷える日が無く、一年が巡る。

住民達は過ごしやすいように基本的に薄着だったり、男性にいたっては

上半身裸で行動する人も散見できた。私も脱いでしまおうか?

 商店で地図と、暑さで乾いた喉を潤すため余分に水を購入する。

会計を済ませ外に出ると、何やら人だかりが出来ていたので、

気になった私は原因を調べてみたくなった。

 住民達は掲示板に注目しているようで、身を乗り出して内容を読んでみると

イグニスの首都で武道大会が開催される旨が提示されていた。

 日々、修練を積み自身を鍛えぬいてきた猛者たちが鎬を削るこの大会に

興味を抱いた私は、是非観戦しようと心に決めた。

 首都まで歩きで二日の距離になる道中、武道大会へ参加するのであろう、

屈強な戦士の一団が私を追い越していく。

「俺の優勝で間違いねえな」

「いーや、アタシの勝利で終わるのさ」

 己の腕自慢や勝利の予想図で語り合う一団がまた一つ、二つ、

私を追い越していく姿を見送り、あの戦士達がどのような戦いぶりを

魅せてくれるのか、わくわくしてきた。

 歩いて行く内に日が暮れ始め、私は夜営の準備に入る。

一人では心もとなかったが仕方がない。街道から少し離れ、

ふと後ろを見やると旅燈ランタンの灯りが複数、視界に映り

それはやがて隊商キャラバンの団体だと判明した。

 彼らもここで夜営を行うようで、私の位置とは街道を挟んで

反対側の草原でキャンプを始めた。

 夜間において単独での野宿は安心出来ないものだ。

私は思い切って隊商のリーダーと思われる中年女性に、同じ場所で

寝泊りしても良いかお願いする。

「あら、構わないよ。あんた達、この巡礼さんを加えても文句ないね!?」

 隊商長の問いに隊商の人々が同意してくれた。私は彼らにお礼を伝え、

手伝える事は無いかリーダーに尋ねてみた。

「もーお客さんなんだから、気にしなくていいのよ。

何、それじゃ気が済まない? そうだね・・・・・・じゃあ焚き火を熾して

もらいましょうか」

 近場から枯れ枝や落ち葉を拾い集め、一箇所へ纏めると燐寸マッチ

擦り火を点ける。

 料理番の男性が大鍋を焚き火の上に吊るし調理している間、

私は隊商長にこれまでの旅路を語り、また隊商長も自身の商売について、

この国について語ってくれた。


 賑やかで楽しい一夜は明け、私は隊商らと共にイグニスの首都、西口に

到着する。隊商との別れを惜しみつつも私は改めて礼を伝え、首都へ入る。

 ティエーラもそうだったが、国の中心というだけあって人の海に飲まれ

そうになる。精霊神殿も気になったが、まずは闘技場コロシアム

目指した。

 街の西口から、はっきり見えた闘技場を見上げ、その堅牢な造りに

感嘆してしまうがそれが隙を生む羽目になった。

 私の六芒星が盗人にひったくられてしまったのだ。

「余所見しているからだよ、おのぼり!」

 命と同じくらい大事な首飾りを奪われた私は、なりふり構わず盗賊を

追いかける。盗賊の逃げ足は私以上に速くて、あっという間に距離が開く。

 私は自身のうかつさを恨んだ。

だがしかし盗賊は何者かとぶつかり、その悪辣な手を捻り上げられていた。

「いってて! 離せよ!!」

「盗みはよくねえな」

 赤く燃える様に逆立てた頭髪で、褐色の肌に刺青タトュー

施し、上半身裸の筋肉質な男性が、盗賊から六芒星を取り上げると

私に投げて寄越した。

「大事なモンは服の中にしまっときな。さてと、コイツをどうして

やろうか・・・・・・おーい、そこの番兵! このスリ野郎を牢屋に

ぶちこんどいてくれ!」

 赤毛の男性が闘技場の兵士を呼び寄せ、盗賊を引き渡した。

私は助けてくれた彼に深く頭を下げ礼と尽くしていると「よせよ、

当然の事をしただけだ。まあ、何だ。お前、俺と一緒に武道大会観ようぜ。

一人より二人の方が楽しめるだろ」と強引に私の手を引き、闘技場へ

連れて行かれた。

 そういえば名前を聞いていなかった。私は自分の名を告げると

彼の名を問うが「その内わかる」と先延ばしにされてしまった。


 闘技場コロシアムは歓声に包まれ、興奮と熱気に満ちていた。

私は彼と並んで席に座り試合の始まりを待つ。

「今年はどんな奴が出てくるか楽しみだぜ」

 期待に胸を弾ませているような表情で笑う。

「お、見ろよ巡礼。王が特等席にお出ましだ」

 彼の示す方向へ顔を向ければ、騎士を連れ立った火の国の王が、

試合開始を告げる。

 一回戦は水の国ヴァーテル出身の二刀流の剣士と、光の国シュトラール

出身の長剣の戦士だ。

 両者譲らぬ勝負は長剣の戦士の勝利で終わり、二回戦、三回戦と

大会は順調に進行していく。

 手に汗握る白熱の優勝決定戦は、イグニスの南方より参戦した戦士との

戦いに勝利した、シュトラールの戦士が飾った。

「あの戦士、滅茶苦茶強かったな。俺個人としては南方から来た奴を

応援していたんだけどよ。お前はどいつが気になってたんだ?」

 素直にシュトラールの戦士だと答えた。

「同郷に肩入れしたくなる気持ち、わかるぜ。さーて、祭りも終わったし

お前を連れて帰るとするかな」

 私はその発言に動揺せずにいられなかった。

「やましい真似はしねえよ。とにかく来い」


 彼を信じて同行した場所は精霊神殿だった。

警備を担う兵士が彼を見て頭を下げる。彼もまた兵士の

仕事ぶりを労った。

「ご苦労」

 神殿に入れば神官達が彼の周囲に集まって、小言を口にし始める。

「まったくロッソ様ときたら、我々がお探ししていたのにも

関わらず・・・・・・」

「おいおい今日は年に一度の武道大会だったんだぜ。大目に見てくれても

いいじゃねえか。それによ、新しい巡礼も連れてきたんだし、役目は果たすぜ」

 彼は火の精霊ロッソ様だったのか。

「祭壇はこっちだ」

 ハイビスカスの花で飾り付けられた祭壇の前に、ロッソ様が立ち

腕を組む。

「巡礼者よ、お前に火の刻印を授ける」

 私は目を閉じて祈る。暗闇の中で情熱的に燃え盛る、

熱き炎が揺らめいていた。

「ちゃんと刻印を集めてみせろよ。なあに、お前ならやれる。

胸張って行け」

 私の両肩を、発破をかけるように掴みロッソ様は笑った。

その力強さは私の心に勇気を与えてくれる熱い炎だった。


 次の旅はイグニスの大陸とは地続きにある隣国、水の国ヴァーテルへ

向かう。国境を越えて視界に映る砂浜との距離が近づくにつれて、

冷えた風が通り過ぎていく。

 火の国との温度差に慣れるまで時間が掛かりそうだ。

海岸を抜けた先に白い大地が広がり、陽光を受けて煌く青い水晶が

木々のように生えている。

 澄んだ池を覗き込めば、小魚達が活き活きと泳いでいた。

青水晶の大地を歩いて行く内に、何故だろう、妙な身震いと倦怠感を

身に覚え足取りが重くなる。

 家屋や人の気配が存在せぬ地に、私は気力を振り絞って前進していくが、

止まらぬ震えに、とうとう両膝を地面に着けてしまった。

 杖を支えに立ち上がろうとしたものの、そのまま倒れこんでしまう。

瞼が自然に閉じていく。冷えた風が発熱した私を追い詰めていった。


 詠唱が聞こえる。

薄く開いた視界に、女性らしき姿が見える。状況を把握しようと

頭を動かしてみると私は青白い光に包まれていた。

「目が覚めたようね」

 声の主へ視線を移す。

長い海のようなマリンブルー色の髪を水晶の飾りで結った、

白装束の女性が私に微笑んでいる顔が見える。

 ここはどこなのか尋ねようとしたが、声が出ない。

「まだ本調子ではないでしょう。無理に動く必要は無いわ。

眠っていなさい」

 突き放したような物言いだが、その言葉の根底には労わりを感じる。

私は言われたとおり、目を閉じて眠りに就いた。


 目が覚めた時、私はベッドの上で横になっていた。

体を起こしてみると、昨日の発熱や疲労感が嘘のようになくなってると気付く。

 紙を捲る音が聞こえてきたので、そちらへ顔を向ければ私を助けてくれた

女性が椅子に座って読書に耽る姿があった。

 私は女性に礼を伝え、改めてここはどこなのか尋ねてみた。

「ヴァーテルの精霊神殿。行き倒れていた貴方を見つけて

運んできたの。・・・・・・イグニスから来る子の中には気温の差にやられて

倒れてしまう時があるみたいだから・・・・・・。

助かってよかったわ」

 私は名乗り、貴方は水の精霊アリア様ではないかと問うた。

「ええ、そのとおり。私はヴァーテルを司る精霊、アリアよ」

 冷たい瞳に温かみが灯り、アリア様は小さく微笑んだ。

扉が優しくノックされ、神官がスープを運んできた。

「お食事のご用意が出来ました」

「ご苦労様。ここに置いてちょうだい」

 スープは私のために運ばれてきた料理で、ベッドの傍にある

卓に置かれる。

 アリア様は遠慮なく食べるように私へ促し、私も空腹に逆らえず

良い匂いのする、じゃがいものスープを口にした。

 食事が終わり、私はアリア様へ精霊は普段から人間界で

生活しているのか質問してみた。

「そうよ。精霊界から人々の営みを俯瞰して眺めていては、

見えない部分がある。だから、私達は人々と同じ目線で生きて

役目を全うするの」


 私はアリア様と共にブルースターの花に囲まれた 祭壇の前に立つ。

懐から六芒星を取り出し、自身の胸に宛がうと目を閉じて祈った。

 生命の源たる水流が渦巻き、そして大海へと変化する場面が広がる。

六芒星を確かめれば、右下に青い刻印が輝いている。

「その青き刻印が私と貴方の絆の証。・・・・・・希望を失わずに

旅を続けなさい」

 優しく送り出してくれるアリア様へ礼を尽くし、冷たさの中に

隠された温もりが、とてもありがたいものだと実感した。

 神殿の外に出れば、至る所に水路が流れるヴァーテルの首都が

視界に映る。次の目的地は、遠く離れた北の地にある

風の国ヴィントであり、船で一日の距離に位置している。


 風の国の港町にて一晩宿泊し、翌朝に

ヴィントの首都を目指した。今朝は晴れていたというのに、

やや雲行きが怪しくなってきている。

 だだっ広い平原に生ぬるい風が吹き、小雨が降り始めてきた。

雨の勢いは時が経つほど強くなり、私は雨宿り出来る場所が無いか

周囲を見渡した。

 その視界の先に見える木で妥協し、木陰に座る頃、轟く雷雲が叫び

どしゃぶりの大雨が平原を容赦なく叩き続ける光景を目の当たりにした。

 木陰で雨宿りするものの、外套はすっかり濡れてしまい、また自分が

風邪をひいてしまうのではないかと不安になった。

 一応、ヴァーテルで薬を買っておいたが。

止まぬ雨の平原を眺めていると、遠くに竜巻が見える。

ここまで来ないでほしい、と願いながら視界に据えた荒ぶる

それの向こう側に、何かの影が飛び回っている姿に気付く。

 長い尾と二対の翼が形作る輪郭から、私は竜を連想した。

以前、旅の道中で耳にした噂話を思い出す。風の国には嵐竜ストームドラゴン

称される竜が、雷雨を伴って出現するという内容だった。

 眺めている内に雨の勢いは止まり、雷の轟きは消え、

また竜らしき生物も何処かへ去っていった。


 曇り雲の隙間から陽の光が差し込み、平原を照らす。

私は濡れそぼった外套を強く絞り、大量の水分を地面に捨てた。

 歩いていれば外套はいずれ乾くだろうと楽観視して目的地を目指す。

ヴィント首都は、ヴァーテル側から来た場合、山岳地帯を超えて行かねば

ならず、麓の村で登山の準備をしなくてはならなかった。

 夕暮れになった頃に私は山岳地帯、麓の村へ到着する。

宿で一泊し旅糧の準備を終えた朝、ヴィントの首都を目指して山へ入った。

 杖を支えに山道を行く私の視界の先に、立派な角を生やした雄鹿の

歩く後ろ姿が見える。どうやら鹿は私に気付いていないようだ。

 鹿と私の行く道は同じらしく、吊り橋をなんともないように渡っていく鹿と、

下を見ないように慎重に進む私は対照的だった。

 時々吹く強い風に吊り橋が揺れ、その度に私は冷や汗を流す。

そしてさらに、強い風ではない、大きな翼を広げた者が私の前方を

歩いていた雄鹿を、その鋭い鉤爪で掴み上げる。

 ドラゴンの狩りに驚愕する私の足元が大きく揺れる。

吊り橋は竜によって引き裂かれてしまい、私は谷底へ真っ逆さまに

落ちていく。ここで私の旅も終わってしまうのか・・・・・・。

 助かる術は無く、私は諦めて目を閉じた。しかし、私自身も

鹿と同じように掴まれてしまったようだ。

「大丈夫かい?」

 目を開けると白鷹の頭部に、獅子の体躯から翼を生やした生物、

グリフォンが前足で私を掴み助けてくれたのだ。

 しかし声はグリフォン自身から発せられたものではない。

声の主が顔を見せる。羽飾りを緑色の頭髪に付けた幼い少年がそこにいた。

「災難だったな。ボクが通りかからなかったらお前、今頃は地面に

潰れていたぜ」

 私はグリフォンに乗った少年へ戸惑いつつも、礼を述べた。

「ははは! いいってことよ。ところで、その格好はもしかして

巡礼の途中か?」

 私は少年の予想を肯定した。

「やっぱりそうか! よし、ちょっと待ってろ」

 少年はグリフォンを平地に降下するよう指示し、私は一旦そこに

下ろされた。

「こいつの背中に乗りな。丁度帰ろうかなーって思ってたとこだし、

神殿に連れて行ってやるぜ」

 私は内心、大丈夫だろうかと翼を持つ獣を見る。

グリフォンは少年以外の者を乗せて平気なのだろうか不安になったが、

お言葉に甘えた。

「ようし、出発進行! ボクにしっかり掴まっててよ」

 二対の翼が羽ばたき一気に上空へ飛び立つ。

先程まで歩いて、命を落としそうになった山岳地帯や、

広がる平原が眼下に映る。さっきまでの不安はすっかりなくなり、

今は滅多にお目にかかれぬ光景に、ただ胸を躍らせていた。

 グリフォンを乗りこなすこの少年は、当然だが只者ではない。

もしかして風の精霊、カルム様ではと予想し尋ねてみた。

「そーだよーん。よくわかったなー、さすがは将来の神官、と言っても

ボクの国じゃなくてセレスティんとこの、だよな」

 放している内にカルム様と私はヴィントの首都、外壁門前へ到着する。

グリフォンは私達を下ろし、どこかへ去ってしまった。


 ヴィント首都に足を踏み入れれば、そこかしこに風車が取り付けられた

建物が並ぶ光景が目に入っくる。私はカルム様に手を引かれて歩いており、

ゆっくりと見物して回る暇は、刻印を授かってからになるだろうと思った。

 神殿へ入ると神官達が一斉にカルム様へ頭を下げ、続いて私を見ると

笑顔で迎えてくれた。

 クローバーに囲まれた祭壇の間に連れて来られた私は、

懐から六芒星を取り出し、カルム様と向き合う。

「今からお前に風の刻印を授けるぜ。祈りな」

 目を閉じて祈る私の頭の中に、雷を纏った竜巻が映し出されたかと

思えば、それはそよ風に変わり草原を吹き抜けていく。

 緑色の刻印が六芒星の右上に印される。

「これがボクとお前が友達になったって印さ。残すとこ、

あと二つだぜ! 頑張れよー」

 無邪気に励ましてくれるカルム様に私は頭を下げ、神殿を後にする。

地、水、火、風、四つの刻印を授かり、残すは闇と光になった。


 フィンスターニスの港に到着したが、どうも雲行きがどんより重い。

雨降りを警戒したが、私はかまわず首都を目指して港町へ出た。

 徒歩で幾日かの旅を終え、ようやく首都へたどり着いたものの、

闇の精霊シュヴァルツ様の神殿は、街の中には存在しないという。

 住民に場所を尋ねた所、ここから北東の森の中に神殿は位置している

のだと教えてもらった礼を言い、今だ晴れぬ曇り空の下、私は

森へ向かう。


 鬱蒼とした暗い森林地帯を進み続ける私の周囲に、黒い霧が

漂い始める。その不気味さに負けまいと私は懸命に進むが、

いよいよ視界が黒霧に阻まれてしまった。

 この不可解な霧が晴れるまで、この場で時間を潰そうか。

闇雲に動いて、もし崖に出てしまったらと思うと背筋がゾッとした。

「・・・・・・い」

 誰かの声が聞こえる。苦しい?

「助けて・・・・・・苦しい・・・・・・」

 足首に冷えた何かに触れられる。気付けば私が立つ地面一帯に、

青白い無数の手が伸びて、苦痛に顔を歪める人面が助けを求めて来たのだ。

 悲鳴を上げる間も無く地面に引きずり込まれる。

いくら手を伸ばそうと私を救う者はいなかった。


 寒く、冷たい闇の中で目覚める。

ここはどこなのか辺りを見渡せど、広がる暗黒空間にただ独り、

私は存在している。

 自分は死んでしまったのだろうか。私を引きずり込んだ魂達によって、

巡礼の旅は終わってしまったのだろうかと思えば無念で、

拳に悔しみを込めて地に叩きつけた。痛い。

 赤くなった手を涙目で庇っていると、遠くから靴音が聞こえる。

何者かが私の背後に近づいて来ているのだ。

 恐る恐る後ろを確かめてみれば、紫がかった黒い全身鎧で

赤いマントをはためかせた騎士が立っていた。

「生者が深淵に堕ちるなど、あってはならんだろうに・・・・・・。

すまんな、俺の不手際だ」

 黒騎士の方が私へ手を差し出す。私は支えられながら

立ち上がり貴方は闇の精霊シュヴァルツ様なのかと尋ねた。

「そうだ。俺はフィンスターニスのシュヴァルツ。

精霊であると同時に深淵の管理者でもある。・・・・・・今、

貴様がここにいる羽目になった理由は一つ、どこぞの狼藉者が

この空間に干渉し、秩序を乱したが故よ」

 シュヴァルツ様はマントを翻し、背を見せる。

「・・・・・・深淵へ生身のまま入ったのなら、学びを深める良い機会

かもしれんな。ついて来い。罪を犯した者の魂がどうなるか見せてやる」

 先導するシュヴァルツ様に続いて私は歩き出した。


 紫色の照明が揺らめく広間の中央から、夥しい数の苦痛に呻く声が

聞こえてくる。もがき苦しみ歪む顔面の群れが、逆巻く渦の塔となって

廻り続けている光景に恐れを抱いた。

「生前、罪を犯した者は死後に魂が浄化される日まで

このように苦しみ続ける。深淵とは贖罪しょくざいの地でもあり、

そして浄化された魂を星の海へ還す場所だ」

 罪を犯していない魂はどうなるのか質問した。

「一旦は深淵へ堕ちるが、別の場所にて浄化され星の海へ旅立ち、

別の世界か、それともまたセレスティルへ生まれるのか・・・・・・

その先は俺にも分らん。さて、巡礼者よ。地上へ上がるとしよう」

 シュヴァルツ様と私の足元に紫色の魔法陣が展開され、

光に包まれると、私達は神官や兵士達が慌しく行き来する神殿内へ立っていた。

 帰還に気付いた神官達が深淵の干渉者についての調査を、

シュヴァルツ様に報告し、途中まで耳を傾けていたシュヴァルツ様は

「後で話を聞く」と神官らを制し、私を連れて黒薔薇の咲く祭壇の間へ

入った。

「六芒星を出せ。刻んでやる」

 言われるがまま懐から六芒星を取り出し、目を閉じて祈った。

暗い世界から満月が浮かび、星空が煌くが月は少しずつ欠けていき、

やがて消えて星々も輝きを消失した。

 六芒星を見ると、南の位置に紫色の刻印が印されていた。

「巡礼者よ、残すところ刻印はセレスティのものだけだ。

貴様にとって始まり地にして、終わりとなる光の国で貴様は

何を得るのだろうな。神官としての生もいいが、道の選択肢は

一つではあるまい? ・・・・・・せいぜい頑張れよ」

 兜越しに笑うシュヴァルツ様に私は礼を述べて、晴れてはいるが

陰鬱さを隠せないフィンスターニスの森を後にするのであった。


 巡礼の旅はいよいよ終わりを迎える。

フィンスターニスと私の故郷、シュトラールは地続きであり

徒歩で国境を越えると爽やかな風が吹き、青空に柔らかな白雲が

流れている、暖かな陽光を浴びながら歩く街道は気持ちよく、

幸先の良さを予感させた。

 国境から首都へは徒歩で数日掛かる。道中の村で宿泊し

ベッドで横になると、頭の中にシュヴァルツ様の言葉が浮かべた。

《神官としての生もよいが、道の選択肢は一つだけではあるまい?》

 荷物から五つの刻印が印された六芒星を取り出して、私自身の行く末を

思う。しばらく思案した後、刻印の証を荷物に戻し眠りに就いた。


 村を後にして朝焼けの空の下、私は目的地に向けてひたすら歩いて行く。

冒険者や隊商らとすれ違い、上空に白い鳥達が飛んでいく様子を目に

しながら進む街道の先に首都の外壁が見えた。

 もうすぐ巡礼の旅が終わりを迎えようとしている。

外壁の門をくぐれば故郷の街並みが映り、ここからでも見える

白亜の城が眩しかった。

 時刻は昼頃。私は光の精霊神殿へ向かい、警備の兵士へ

軽く頭を下げて神殿内へ入って行く。

 白の外套を纏った、まだ一つの刻印もない六芒星を首から下げた、

これから旅立つ巡礼者とすれ違う。あの人もいずれ、ここへ

帰ってくるのだろう。

 旅立ちの日に案内してくれた初老の神官へ帰還を告げる。

神官は初めて会った時と変わらぬ笑顔で迎えてくれた。

 老神官と共に白百合が咲き誇る、光の精霊セレスティ様を

奉る祭壇の間へ足を踏み入れる。

「セレスティ様、シュトラールより旅立った巡礼者が、

最後の刻印を望んでおります」

 祭壇が輝き、六枚の白い翼を背に宿す長い金髪で、青い瞳を

持つ男性が現れた。

「ようやく旅を終えたみたいだね」

 微笑むセレスティ様に私は身を硬くする。

「そんなに畏まる必要はないだろう。・・・・・・刻印を授ける前に

一つ聞きたい。君は世界を巡る旅で何を得た?」

 問われた私は何故、神官になるために自分の国のみではなく

世界の国々を巡らなくてはならなかったのか、その理由を

自分なりに解釈し、セレスティ様へ伝える。

 世界とは一つの国、一つの民族のみで成り立っているのではなく、

様々な特色を持つ国と多様な人々によって形作られている。

 見聞を深め、理解する人間性こそが精霊と共に生きる神官に

必要だったのだと。

「そのとおりだ。私は君を神官として迎えるこの日を嬉しく思う。

さあ、祈りなさい。刻印を君に授けよう」

 私は片膝を床に着け、六芒星を手に祈る。

光の粒子が羽根を形成して、青空に舞う。太陽に照らされた羽根は

白い鳥へ変化して蒼穹を自由に羽ばたいていく姿が映った。

 目を開ければ最後の刻印が六芒星に輝いている。

自分は最後まで成し遂げたのだと感極まって、涙が頬を伝った。

その雫をセレスティ様が、そっと指で拭いて下さった。

「私たち精霊は星の調和と統制を司り、星の命脈ある限り存在し続ける

宿命を持つ。半永久的に生きる私達であっても完璧な生命体では

ないから、君たち人間の助けが必要なんだ」


 巡礼の旅を終えた私は、晴れてセレスティ様に仕える

精霊神官となり、日々役割を果たす生活を送っている。

 時折、訪れる巡礼者を見れば旅の思い出が想起され、

またいつの日か天上の星セレスティルを巡る旅に出たいと

夢に見るのであった。

 天上の星セレスティルという世界、星の管理者である六大精霊が

どんなキャラクターなのかをテーマにした、初の一人称小説となります。

 語り部である巡礼者については細かい設定は作ってません。


 この作品の舞台となった『天上の星セレスティル』と

世界を同じくする作品がBLだったり、百合だったりしますので

全年齢対象、恋愛描写なし、なんだけどムーンライトノベルズに

投稿となりました。ご了承くださいませ。


 余談ですが、筆者の作品は別々の星を舞台にしていても、

ゆるやかな世界観の繋がりがあります。


 最後まで読んでいただき、感謝感謝です。

それでは、次の作品でお会いしましょう。

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