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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ダンジョン低階層における殺人

作者: めいそ

 ブラウンが黴臭い食堂で、乾いたエンバクパンを噛み切ろうとがんばっているところに、ほとんど腐った木のドアをドアの役目から解き放とうとするものがやってきた。

 見ればそいつは部下のホックで、すでに泣き出しそうな顔をしていた。

 「ゆっくり開けろっていつも言ってるだろ!」

 つい無作法を注意せずにはいられないで怒鳴ると、ホックが目を見開いて叫んだ。

 「隊長、またです。七階層で鉱夫の死体が!」

 「またか!」

 ブラウンはエンバクパンをテーブルに叩き付けた。ドアなんてどうでもよくなった。

 「ったく、どうしてなんだ! ホック、案内してくれ」

 悪態をつきながら立ち上がる。

 一〇階層の町を出て坂をぐんぐん上り、七階層の、蜘蛛の巣状に広がる細い通路の一つを抜けると、地面には血のプールができており、狭くて蒸し暑い部屋中に胸の悪くなるような濃密な屍臭が漂っていた。隊員の誰かが吐いたのだと思われる嘔吐物もあった。早く調べて片付けないと、このハーモニーは連鎖を呼ぶかもしれないとブラウンは思った。

 死体の首は切断されて脇で自分の体を悲しそうに見つめていた。体には切り裂かれたような深い傷が複数あり、しかも悪いことに所持品には手付かずだった。

 ――いつもの手口だ。

 この猟奇的この上ない殺人も今月通算四度目となるので、気分が悪いことには違いないが、どのように処理するかを冷静に考えることができた。

 「すみません、俺が吐いてしまって」

 ホックは申し訳なさそうに言った。

 「いいよ。とにかく仏を運び出そう」

 ブラウンは指示する。

 「ホックとコリンは担架で仏を運べ。ポールとファーマーは魔石や荷を。俺とあと二人はそれを警護する」

 七人のチームは慣れた手順で、地上へと死体を運び始めた。

 ――今度もまた金銭や魔石には手付かずだった。狂人か魔物か。どちらにせよ性質が悪いことに間違いはない。ブラウンは列の先頭に立って細身の剣を抜いた。

 用心のおかげか、チームは何事もなく一階層まで上ることができた。

 出口にはブラウンの部下ではない隊員たちが、検問を行っていた。

 ブラウンたちを見つけて一人の隊員が声をかけてきた。

 「また例のですか」

 「ああ、そうなんだよ」

 「お急ぎのところ申し訳ないけど、決まりですから」

 「わかってるよ。さっさとしてくれ」

 隊員は断ってからブラウンと隊員たちの全身を触って確かめた。

 身体をまさぐられながら、ブラウンは

 「なんでこんな馬鹿げたことになったのだろう」

 と思わずにいられなかった。

 



2 

 「また鉱夫が殺されただと!」

 ブラウンが地上にあるサイモン魔石坑警備隊本部に戻って、本隊長のマクレインに事件があったことを告げると、彼は口角泡を飛ばして叫んだ。

 「ええ、常に人員をフルにして警備しているのですが――」

 「言い訳はいいよ! こんな低階層で何人も鉱夫が殺されるなんてほかでも聞いたことがない。前代未聞だ」

 魔石坑ダンジョンで魔石の採掘に従事するものを鉱夫というが、ここのところ魔石坑ダンジョンの浅い階層で鉱夫が殺される事件が続いていた。具体的には六階層から一三階層までの間で四人が命を落としている。

 魔石坑ダンジョンの浅い階層は、それより深い階層と比較してたが、それほど危険だとは見なされていない。魔素の濃度が地上とあまり変わらないからだ。

 天然の魔石坑ダンジョンでは階層が深まるほど危険も増すといわれる。それは深層になるほど魔石の埋蔵量が多くなるため、魔素の濃度が高く、有害なガスや魔物が生じやすいからである。

 現在この魔石坑ダンジョンの最前線は四〇階層であるので、その深部ならいざ知らずたかだが一桁台の階層で一ヶ月に四人も死ぬというのはたしかに類を見ない事態ではあった。

 「このままじゃ鉱夫が怯えて仕事にならないぞ」

 マクレインは目頭を押さえる。眉根を寄せ肥った顔を真っ赤にする様はこの世のものとは思えないほど醜かった。

 「それだけじゃない。最近じゃあ警備隊が殺してるんじゃないかと噂も立っているんだ!」

 知っていた。一週間前にブラウンがマクレインに伝えたことだったからだ。

 死んだ鉱夫の持ち物はすべて警備隊のものになる。だからそんな疑惑さえ出てきているのである。

 「他の部隊からしばらくの間人を貸してもらえないでしょうか」

 「言われなくてもそのつもりだよ。お前らだけに任せてたら閉坑になりかねん」

 ブラウンは危うくマクレインを殴るところだったが、今まで、実際に殴ったことは一度もなかった。いつも危うく殴ろうとするだけだった。

 「助かります。何人ほど貸していただけるんです?」

 「一人だ」

 「え?」

 この男。今なんと言った?

 「一人だよ。でも心配するな。その一人というのがモイーズの鉱夫部隊の隊長さんなんだ」

 「モイーズですか!」

 モイーズ魔石坑は群で随一の魔石産出量を誇る大鉱坑で、その産出量が物語る通り非常に危険なことでも知られている。そのため民間の鉱夫には採掘が許されておらず、国営の鉱夫部隊が組織されていて、他の魔石坑ダンジョンの鉱夫部隊や警備隊に比べてはるかに高い練度を誇る。

 「しかし今度の場合、大勢で張り込むべきなのでは?」

 「どこにそんな人員があるんだ!」

 「他の隊から少しずつ……」

 「それができたらそうしてるよ!」

 サイモン魔石坑は借地であるため、実質的な管理を行う警備隊は地主に対して膨大な使用量を支払っていた。魔石が需要の尽きない高価な原料にもかかわらず、ひっ迫した運営を行わざるを得ないのにはそうした理由があった。多分マクレインがいつもイラだっているのにも。

 「それに今回来てくださる方は今まで様々な怪事件を解決してきたという人なんだ。わたしはその評判を聞きつけて呼んだんだよ」

 マクレインはまくし立てた。

 唾を散らさずに喋ってくれれば感心できるものを、とブラウンは思った。

 「それでその方はいつ来られるんです?」

 「もう来られている」

 「え?」

 ブラウンは聞き返す。

 「聞かされてないし、俺まだお会いしていないですが」

 「お前が三日も魔石坑ダンジョンに篭っていたからな。伝える機会がなかった」

 マクレインは悪びれずに言う。

 知っていれば遺体を片付けなかったものを。

 横着せずに伝えにくるか、誰かに言付ければよかっただろうが! と思ったが、もちろん言わなかった。

 「先方はどちらに?」

 「先ほど来られて、坑内に調査に向かわれたよ。多分入れ違ったんだろう」

 「一人でですか? 危険ですよ!」

 「一応止めたんだが一人で入って行かれたよ。まあモイーズの一隊長だからな。お前らが大丈夫なんだから大丈夫だろう」

 「わかりました。俺も一度現場に戻ってみます」

 ブラウンは言った。

 「ところで死体はどうしましょう」

 「ああ、身元は?」

 「他の鉱夫たちの確認では、モビットと名乗っていた男だそうです」

 「モビッドか。えっと」マクレインは書類をめくる。「――あった。無縁墓地行きだな」

 「わかりました。手配しておきます」

 ブラウンは部屋を出る。

 魔石坑ダンジョンで鉱夫をやるような人間には身寄りがないことが多い。鉱夫として登録する際に簡単な書類を作らせるが、名前と年齢と住所さえあれば情報が多い部類に入る。

 普通の鉱坑に比べてはるかに危険で、十分な装備を買う金がない民間の鉱夫は魔物にやられずとも、じん肺などを患う率が高く、概して長くは続けられない。そのため命知らずにしか勤まらないとさえ言われている。

 このサイモン魔石坑では、死んだ鉱夫は身寄りがないことがわかると、そのまま粗末な棺桶に詰められ無縁墓地に埋葬される。埋葬はいくらか手数料を払って他の鉱夫にやらせる。身寄りがあれば一応連絡を付けようとはするが、大抵同じ運命を辿る。

 気の毒に思わないわけではないが、一々同情をかけていては魔石坑ダンジョンの警備隊などやっていられない。

 部下に指示を出してから、ブラウンは再び魔石坑ダンジョンに足を踏み入れた。



 かつて魔物は世界が見る夢だと考えられていた。

 人が集住する地域にはほとんど湧かないのに対して、人の姿の少ない荒野や高地などには多い。

 動物と違って、殺しても血や臓物を残さず、空気中に溶けていく。他の動物に子孫を成すことはない。

 人が作り出す騒音が世界に夢を見させないのだと、古くそう考えられていた。

 しかし今では魔物は魔素の産物だとわかっている。魔素は一定の濃度を越えると、鉱物や動物の形を成す性質がある。鉱物となって人々の役に立てば魔石。人を襲えば魔物。両者が町に少ないのは人々が生活の中で魔素を消費するからにほかならない。

 もっとも両者の生成条件の違いや、そもそも魔素とはなんなのかはわかっていない。わかっているのは大まかな仕組みとそれが役に立つこと、金になること。それで十分なのだった。


 ブラウンは七階層まで一人で降りて来たが、道中の魔物は問題にならなかった。ブラウンは勤務地である一〇階層の町までは魔石を消耗せずとも一人で安全に来られる。それは日常の鍛錬の成果や道筋を把握しているためでもあるが、そもそもこんな浅い階層では新米の鉱夫でさえ迷子になったり怪我を負ったとしても、命を落とすまでいかない。

 一〇階層までで出くわす魔物は巨大地虫か鼻削ぎ蝙蝠程度のもので、両者とも名前の割に大人しい魔物だった。

 もちろん稀に階層にそぐわない凶暴で強力な魔物が生成されることもあるが、それは滅多にないレアケースだといえる。

 この辺りで注意すべきは魔物ではなくその広さだった。特に七階層は細い通路が血管のように入り乱れていて、ちゃんと案内板を設置しているのにもかかわらず遭難してしまう鉱夫が出てくる。彼らを案内するのもブラウンの部隊の仕事の一つだった。

 そのような場所だからこそ、殺人に利用されているのかもしれない。

 ブラウンが考え事をしながら通路を歩いていると、横道から急に、体長が道幅いっぱいほどもある大蜘蛛が飛び出してきた。

 「――わっ!」

 大蜘蛛は不意を突かれてバランスを崩したブラウンの上にのしかかろうとしてくる。

 それをすんでのところでかわす。

 「危ねぇな」

 ブラウンは勢いよく剣を引き抜いて、前足を切り払った。――が弾かれてしまう。

 見かけ以上の硬さに刃が通らない。

 こいつは階層にそぐわないタイプのやつだな、と苦笑して、剣の鍔に仕込んである豆粒大の魔石に魔素を流し込む。

 真っ直ぐに襲い掛かってくる大蜘蛛を押し返すように両腕を振るうと、二つに離れた胴体が地に落ちて音を立てる。死んだ大蜘蛛は魔素に分解され空に消えていった。

 また、剣に埋め込まれた魔石も徐々に魔素に分解されていく。魔石は人間と奇跡との媒介を果たすが、無尽蔵ではない。魔石坑ダンジョンは人々が奇跡を手放さずにいるための場所なのだ。 

 「犯人、ってわけじゃなさそうだな」

 さすがに今の大蜘蛛が連続殺人の犯人ではないだろう。階層にしては強かったが、何人も殺されるほどではない。まあ、もしかしたら一人くらいはあの蜘蛛がやったのかもしれないけれども。

 ブラウンが、今度は注意を払いながら通路を歩いていると、再び横道から黒い影が飛び出してきた。

 「うわっ!」

 のけぞりながらも、バランスを崩さずに剣の柄に手をかける。

 「違いますよ。魔物じゃない」

 黒い影は柔らかい声で制した。

 一歩引いて見やると、黒い影は魔物ではなく、同様に多分殺人鬼でもなさそうだった。

 腕を前に突き出して立っているのは、ブラウンより親指一本分ほど背の低い、グレーの長袖とつなぎを身に着けた初老の男性だった。小柄だが服の上からでもよく鍛えられているのがわかった。

 魔石鉱ダンジョンでその年代の男性と出くわすのは珍しい。鉱夫はある程度歳を取るまでに引退するか死ぬからだ。

 男はブラウンのことをまじまじ見つめて、

 「ここの警備隊の方ですか?」

 「ええ、あなたは?」

 「よかった! 一人で調べて回っていたらいつのまにか迷ってしまって」

 男は安堵のため息を漏らす。

 「おっと、わたしですね。わたしはスタインと言います。モイーズから派遣されて来たものです」

 「あなたが! 本隊長から伺っています。わざわざ遠いところから――」

 「ハハ、堅苦しいのはよしましょう。こんな年寄りで頼りなく思うかもしれませんが、よろしくお願いします」

 「こちらこそ。俺はブラウンと言って一五階層までの警備隊の隊長をやっています」

 ブラウンは続ける。

 「ところで何か見つかりましたか」

 「いいえ。ただ少なくともこの階層に魔石は隠されてなさそうですよ」

 スタインは直角に折れ曲がった金属の棒を見せる。その先端には小さな魔石が取り付けてある。

 魔石探知装置だった。魔石の位置を探知する道具で、シンプルな外見とは裏腹に、扱うには相当の熟練が必要で、この装置を扱う専門の職があるほどだ。

 「どこかにまとめて魔石を隠してあるかもと思ったんですが」

 「しかし、被害者は魔石を盗られてはいませんよ」

 「いや、少しずつくすねているかもしれないのでね」

 「物取りの線でお考えですか?」

 「いえそういうわけじゃなくて、可能性を一つずつ潰しているんですよ。現場も直接見ていないですしね」

 「あっ、すみません。つい先ほど片付けたばかりです。伝達が不十分で」

 「いえいえ、それじゃあ現場の状態をお聞かせいただけますか」

 「はい。実際に現場へ向かいましょうか。すぐ近くなので。こっちです」

 ブラウンはスタインを連れて、鉱夫が殺されていた広がりへ向かった。いまだ血や内臓、嘔吐物の臭いが残っていて頭がくらくらする。

 「鉱夫が一人ここで殺されていました。所持品や魔石は、ずっと把握しているわけではないですが、鞄に入ったままで、手を付けられていなかったように思いますね。遺体の状態ですが、首が切られていて、身体には深い傷がいくつも付けられていました」

 「ひどい殺され方ですね。怨恨でしょうか」

 「ええ、俺も最初はそう考えていました。しかしあと三件も同様の殺しがあるのですからだんだんそうとも思えなくなってきました」

 「殺された鉱夫たちに共通点はありますか?」

 「他の鉱夫たちに聞き取りをしたところ、殺された鉱夫たちは無愛想だったり集団を好まないタイプで、他の鉱夫と組まずに単独で行動していたようです」

 「なるほど。狙われやすかったわけですね」

 「ええ、ただうちで単独行動はそれほど珍しくないんです。出来高制なので組むと魔石の配分で揉めるんですよ」

 「揉める……ですか。ブラウンさんの方で何か諍いがあったなどと聞いていませんか?」

 「取り分や場所取りを巡って、特に深部ではしばしば喧嘩もあるみたいですが、ペナルティを設けているので大きな争いになることはないと思います」

 「水面下ではあるかもしれない?」

 「それは否定できませんが」

 ブラウンは言葉を濁し、言った。。

 「できれば別の場所でお話しませんか。一〇階層の町ならここから二十分程度なのでそちらではいかがでしょう」

 さっきから鼻で呼吸できないでいた。

 「同感です。町はぜひ見ておかねばなりませんし」


 二人が町に降りると、潜まった、活気のない騒がしさがあった。元々陰気な町だが、いつも以上に暗い雰囲気がある。

 この町で寝泊りしている鉱夫たちが、酒場や娼家の付近を不安そうに往来している姿を見て取れた。

 普段ならほとんどの鉱夫が出払っている時間だから、もう事件が町中に知れ渡っているのだろう。前のときも町はこんな風だった。

 ブラウンは町の中心に設けられた隊舎へとスタインを案内した。応接間のような気の利いた部屋はないので、黴臭い食堂で我慢してもらう。

 勤務交替のために食事を取っている隊員が二人いたが、挨拶を交わしただけでブラウンたちは別のテーブルに座った。

 二つ分の椅子の軋みのあとスタインは言った。

 「それにしても大きな町ですね」

 「モイーズの規模だと、もう少し大きいんじゃないですか」

 モイーズという単語を聞きつけて、隊員たちはスタインを一瞥する。

 「モイーズやほかの魔石坑ダンジョンにも町はありますが、ずっと小規模ですよ。交替で警備をしながら寝泊りするだけの場所です」

 「そうなんですか」

 「ええ、ちゃんとした町として機能しているものは珍しいですよ」

 スタインのその言葉にブラウンは気持ちが重くなった。

 「ところでほかの事件についてもお話しましょうか」

 「そうですね。お願いします」

 

 一時間ほどスタインの質問に答えたあと、スタインは言った。

 「ちょっと聞き込みに行ってもよろしいでしょうか」

 「町の鉱夫にですか?」

 「ええ、でも何も出てこないと思いますよ」

 「それでもそこで生活している人間を知るのは大切なことです」

 「わかりました。付いて行きましょうか?」

 「いえ、隊長さんが一緒だと話してくれないこともあるでしょうから」

 と言って、スタインは自らの服を掴んだ。

 「ところでここの鉱夫が着るような服はありませんか。この服装だとちょっと浮いてしまうので。一鉱夫として話を聞きたいんです」

 「それじゃあ、町に被服屋がありますから、ちょっと買ってきますね」

 「申し訳ない」

 スタインは鞄を探ったが、

 「いえ、代金はいいですよ。経費で落としますから」

 とブラウンは制す。実際に経費で落ちるのか少し不安はあった。

 ブラウンが食堂を出て、一一階層への階段の傍にある被服屋に向かう道すがら、一人の鉱夫が声をかけてきた。

 「隊長さん、モビッドが殺されたんだって?」

 鉱夫の顔は赤く、息に酒気が混じっている。

 「ああ、知り合いだったのか?」

 「まあね。あいつも俺と同じで金も魔石もなーんも持っちゃいなかった。それで殺されたときたら俺も次ちゃんと目が覚めるかわからねえな」

 とヤケクソ気味にカラカラ笑った。マクレインと同じで警備体制を責めているのだろう。

 「俺たちから取った魔石で潤ってるんだから、しっかり警備してくれないと困るよ」

 「末端はそれほど潤っていないんだよ」

 「俺たちよりはマシだろう?」

 相手をしていても埒が明かない。こいつはただ絡んできているだけなのだ。早く買い物を済ませなくては。

 無視して行こうとすると、

 「俺だって右手に力が入りゃあこんなとこなぁ!」

 と鉱夫は泣きながら怒鳴った。

 ブラウンは振り返らず数ブロックを進んで、被服屋の戸を叩いた。

 

 「お待たせしました。サイズは大丈夫そうですか?」

 食堂に帰ってスタインに作業着を渡す。

 「バッチリですよ」

 スタインは指で丸印を作る。

 「着替えは空いている部屋があるのでそちらを使ってください。こっちです」

 宿舎の隅の空き部屋に案内する。先日遁走した隊員たちが使っていた部屋だ。この警備隊では待遇の悪さに耐え切れず逃げ出す隊員も多い。ホックやポールは長く勤めてくれているが、それ以外はみなここ一年以内に入って来たものたちだった。

 「そろそろ外も日が暮れる頃ですから、よければここで寝泊りしてください」

 「ありがとうございます。今晩と、もしかしたら何日かお世話になるかもしれません」

 スタインはいそいそと中に入り、

 「ちょっと待っていてくださいね」

 とドア越しに叫んだ。

 そして出てくるなりブラウンに訊いた。

 「不自然ではありませんか」

 服装が違えば、本当に一般の鉱夫に見えた。顔に刻まれた年輪と柔和な表情が少しの違和感を作り出しているが。

 「ええ、とても自然です」

 「年齢は、職にあぶれた年寄りだとかなんとか言ってごまかしますよ」

 スタインはそう冗談めかすが、ブラウンには笑えなかった。

 

 スタインが町に聞き込みへ出かけている間、ブラウンは二人の隊員に、スタインと合流できたことと、今晩はここに泊まるという旨をマクレイン伝えるように言いつけた。

 通信機は魔石をかなり食うので真の緊急時以外に使用が許されていなかった。ブラウンはそれを「使うな」というメッセージとして受け取っていた。おかげで通信機は埃を被ってしまっている。

 マクレインはこちらの連絡が不十分だと怒り狂うので、警備を割いてでも使いをやる必要がある。その隊員を含めて鉱夫全体の危険が増すが、マクレインは自分が事態を把握していることの安全性を過信しているので仕方がない。

 しばらく食堂で事務仕事を行っていると、スタインが帰ってきた。

 「どうでした?」

 「バッチリ彼らの仲間になれましたよ」

 「それはよかった。有用な情報はありましたか?」

 「ええ、おかげでこの魔石坑ダンジョンのことがおおよそわかりました」

 それを聞いてブラウンの表情が曇る。

 スタインはそれ以上言わず、

 「町は食事どきでしたが、隊員さんたちはまだですか」

 「人員が足りないので少人数ずつのローテーションにしているんです。もうすぐ帰ってくると思います。」

 説明していると、折りよくホックやほかの隊員たちが四人連れ立って食堂に入ってきた。

スタインの姿を見つけてそれまでの談笑をやめる。

 「うちの隊員です」

 ブラウンは紹介する。

 「こちらモイーズからいらっしゃったスタインさん。今事件を調査していただいている」

 モイーズと聞くと、隊員たちは積極的にスタインの周りに座して自己紹介やら質問を始めた。

 「あー、大したものはありませんが、準備しましょうか」

 蚊帳の外に置かれたブラウンが訊くと、

 「すみません。町の食堂で聞き込みがてら食べてきたんです」

 スタインはそう答えたが、ほかの隊員たちは一様に

 「お願いします!」

 と言った。スタインも隊員たちに聞きたいことがあるような様子だったので、しかたなく作ってやることにした




4 

 「失礼しますね」

 「どうぞ」

 ノックしてからスタインの部屋にシーツを持って入る。

 スタインは床に座ってこくりこくりとやっていたらしい。よだれが垂れていたし顔に膝のあとが付いていた。魔石坑ダンジョンの調査だけではなく、サイモンまでの行程もあったのだから、今まで元気にしていた方が不思議なくらいだ。

 「おかげで隊員のリフレッシュにもなりましたよ。今日はゆっくり休んで下さい」

 「あ、待って下さい」

 寝室から出ようとするとスタインが呼び止めた。

 「なんでしょう」

 「ここは、少し難がある鉱夫が多いようですね」

 「え、ええ」

 突然の鋭い問いに身体が強張る。

 「ここは片輪ものだったり、まともに会話ができない人間を受け入れているんです」

 「それで、足元を見てひどい採掘料を取るとも聞きました」

 「そうですね」

 ブラウンは観念する。スタインが鉱夫たちに訊いていたのは事件のことではなかったのだ。

 「ここでは魔石坑ダンジョンを出るときにまとめて採掘料を徴収するんですが、採掘料は取れた魔石の八割近くになります」

 出口では鉱夫に対して身体検査が行われる。身体を触っての検査はもちろん、胃の中で運べないよう腹部を抑えられたりもする。

 以前警備隊への賄賂が横行したのもあって、鉱夫に対してほどではないが、簡単な検査は警備隊に対しても行われる。それは一隊長であるブラウンも受けなければならなかった。

 ひどい搾取があっても依然、鉱夫たちにとって、高価である魔石堀りには金銭的なメリットがあるのだが、別の民間が管理する魔石坑ダンジョンに登録したり、スタインのように国営の鉱夫部隊に志願する方が労力に見合った報酬が得られるのは間違いない。

 サイモンではほかのまともな魔石坑ダンジョン労働からあぶれてしまった鉱夫の、その足元を見て利益を上げていた。

 「ええ、聞いています。それで魔石坑ダンジョンの中で生活が完結できるようにと、こんなちゃんとした町ができたわけですね」

 スタインは一拍置いて、批難がましくない口調で喋った。

 しかしブラウンは胃がズキンと痛むのを感じた。

 ちゃんとした町か……。いくら町としての機能を果たしていたとしても、魔石坑ダンジョンの外のほうが空気も清浄で活気に満ちていて、鉱夫にとって望ましいに違いないのだ。

 だが八割という巨額の採掘料が容易な往復を阻み、結果として魔石坑ダンジョンに潜り続ける鉱夫を対象とした経済が出来上がった。

 当然、それらの商売も鉱夫たちの足元を見て相場を吊り上げていた。

 ブラウンもそのことはわかっていたし、自分が搾取した利益の一部で飯を食っていることも自覚していた。しかし一歩間違えばそんな鉱夫たちの仲間になりかねない時世で、変革を起こそうという気もなかった。

 警備隊の仕事をしていれば自然と鉱夫たちと顔見知りになってくる。ちょうど地上の町における役人のように疎まれてはいるが、頼りにもされているし、ときには冗談を交わすこともあった。だから一線を引かねばならないのだ。相手を人間だと考えてしまうと、彼らの顔が見られなくなった。

 「勘違いしてほしくありませんが、わたしは糾弾しているわけではないんです。ただ、これが事件に関係あると思いましてね」

 「たしかに、そんな生活をしておかしくなったものもいるのかもしれませんね」

 「そうではなくて、わたしにはもっと実際的な理由が思い浮かぶんですよ」

 「どういうことでしょうか」

 「一つの可能性ですしもう少し検討させてください」

 スタインにその気はないだろうが、多少思わせぶりにそう言ってから、

 「今日はもう遅い。休みましょう。おやすみなさい」

 「おやすみなさい」



 魔石坑ダンジョン内では時間を知るのも一苦労で、狂うことのない魔石時計が、そこで生活する人々に時間を告げる役目を担っていた。

 魔石時計は町の中央にある警備隊宿舎の外壁に設置されていて、遠くまで時間の節目を伝えるのには、屋上の大きな鐘が使われていた。

 朝になると、夜勤の隊員たちが鐘を鳴らして、それを合図に日勤の隊員たちが起き上がる。鐘の音に叩き起こされた中にはブラウンとスタインも含まれていた。

 食堂でエンバクパンをかじっていると、スタインが最初に会ったときのつなぎ姿で現れた。朝は弱いのか目が半分閉じていた。

 「おはようございます。朝起きると歳を感じますよ」

 「疲れが抜けませんか?」

 「そうなんです」

 「何か食べられますか?」

 「いえ、胃がもたれてしまって」

 ブラウンは苦笑いする。

 「今日はどうされます?」

 「一度地上に出たいのですが」

 「息が詰まりますか?」

 「そうではなくて、墓場に行きたいんですよ」

 「墓場ですか?」

 「ええ、本当は昨日行くべきだったんですが、時間が遅かったし体力が限界でしてね……」

 「墓場ということは、もしかして」

 「ええ、遺体が見たいんですよ」

 ブラウンは、今朝は腹一杯食べるとよくないな、と思った。

 

 地上に出て深呼吸をすると生き返る心地になる。

 朝日に輝く山景色は美しかった。魔石坑ダンジョンの中にはない景色だ。灰色の壁に阻まれる毎日の中で、その彩りは一層効果を発揮した。

 「墓地まで遠いですか?」

 「いえ、すぐですよ」

 「そういえば普段遺体は誰が埋めるんですか?」

 「警備隊やほかの鉱夫の使い走りをして生活する鉱夫たちがいるのですが、彼らです」

 「わかりました」

 スタインは考えを確認するように頷いて、それから明るく言った。

 「さあ早いうちに掘り返しましょう」

 「やっぱり掘り返すんですか」

 「頑張りましょう。それで全部わかりますから。多分ね」

 ブラウンは訝しげにスタインを見つめたが、スタインは眉を動かして微笑むだけだった。

 警備隊本部から二十分ほど歩いて林を抜けると、鉄の柵に囲まれた広い土地があり内側にはいくつかの墓碑が立てられていた。谷の陰になって日が当たらないため周囲より一層暗く、湿った土が陰気さをかもし出していた。

 近くの東屋にスコップが数本転がっているのでそれを取って敷地内に入る。

 「さて、どこに埋めたのでしょう」

 スタインが地面を見渡す。

 「土を掘り返したあとが新しいからここですね」

 ブラウンが言うと、スタインは鞄から魔石探知機を取り出し、その反応に、

 「わたしの盛大な勘違いならいいのですが」

 そう呟いて、地面を掘り始めた。

 ブラウンも向かい側に回って手伝う。

 埋めたばかりで土は柔らかく、スコップの切っ先もすんなりと入っていった。

 スタインが額の汗を拭う。

 少し掘り進めると、スコップの先が硬いものに当たる感覚があった。今ので棺桶の蓋に亀裂が入ったかもしれないと思ったが、実際には少し傷がついた程度だった。

 「ずいぶん浅く埋めたんですね」

 スタインが言った。

 ブラウンも同感だった。 

 「開けますよ」

 ブラウンが縁に手をかけるとスタインが反対側を持ってくれた。

 棺桶を開けると、むっと屍臭が舞い上がった。腐敗が進んでいるせいで昨日よりも臭いがひどい。しかし臭いよりももっとはっきりとした変化が、その遺体に見て取れたために、ブラウンは思わずハッと息を吸い込んでしまった。

 「――なんだこれは!」

 ブラウンは叫んだ。

 遺体の胴体にぽっかり大きな穴が空いていたのだ。こぶし大のものが六つも。傷口が深くなったという程度ではない。明らかに誰かが手をくわえた痕跡だとわかった。

 「昨日発見したときはこんな風じゃなかったんですよね?」

 スタインが尋ねた。

 「ええ……、こんな風に穴が空いてはいなかった」

 「ここでは検死はなさらないんですか?」

 「医者に解剖してもらうってことですか? 遺体は持ち場の担当がチェックするだけです」

 「やはりね」

 スタインは言った。

 「これが連続殺人の動機なんですよ」

 「え?」

 「この穴はどうして空いたんだと思います?」

 「わかりません。自然に空いたわけじゃないとは思いますが」

 「そうです。自然に空いたのではありません。お察しの通り、これは何者かが手を突っ込んだあとです」

 「なんでそんなことを?」

 「密輸のためです」

 「え?」

 ブラウンは聞き返す。

 「――犯人たちは遺体を容れものとして使ったんですよ。魔石を傷口から埋め込んで遺体ごと魔石を警備隊に外へと運ばせていたんです。そして夜になってからここへやってくる。魔石を取り出しにね」

 「なんですって!」

 「警備隊がしっかり遺体を検分せず、埋葬も鉱夫にやらせるということに気づいて、それを利用したんでしょう。死人は盗みをはたらかない。出口で身体検査をされずに済むのは遺体だけのようですからね」

 「そんな……! それじゃあ犯人は埋葬を手伝った鉱夫たちでしょうか」

 ブラウンの問いかけにスタインは頭を振った。

 「彼らだけではないでしょうね。おそらく数人以上のグループがあると思いますよ。まあそれは彼らを締め上げれば芋づる式にわかるでしょう」

 スタインは続ける。

 「魔石坑ダンジョンの浅い階層で殺したのは、遺体を見つけてもらえるようにでしょうね。そうでなければもっと目立たない場所でやるでしょう。首を切ったのは傷口を惨殺死体という隠れ蓑に埋没させるためだと思います。怨恨や狂人の仕事のようにも見えますしね」

 それらの説明もブラウンの耳には届いていなかった。

 視界が揺れて猛烈な罪悪感が押し寄せた。鉱夫たちを追い込んだのも、この狂気を許したのも自分のせいなのではないか。

 「ブラウンさん、大丈夫ですか」

 スタインは心配そうにブラウンの顔を覗き込む。それからブラウンの心情を察してか、諭した。

 「――こう言うのは申し訳ないですが、ここの魔石坑ダンジョンの仕組みに問題があるんですよ。あなた一人が抱え込むことではありません」

 「でも俺、どうしたら……」

 ブラウンは独り言のように言った。スタインに訊くことではないのかもしれないが、口を突いて出てしまった。

 「やめないことですよ。あなたのように感じている人は、ほかにも必ずいます」

 スタインは続ける。

 「この事件はサイモン魔石坑の体質に一石を投じることになるでしょう。ブラウンさん、わたしもマクレインさんに掛け合ってみます。それぞれの一存では何もできなくとも、結束すれば別です。このような体質は結局は地権者の得にもなりません」

 ブラウンは頷いたきり、何も言葉を発することができなかった。

 「マクレインさんを呼んできます。ブラウンさんはここで待っていて下さい」

 スタインは棺にそっと蓋をして、駆けて行った。

 気が付けばブラウンは棺に向けて謝っていた。――いや棺にではなく、鉱夫たちにかもしれなかった。あるいは誰にでもないのかもしれない。しかしそれでも、今はそうせずにはいられなかった。

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