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若門書房が《小咄菊造くん》に目を付けた頃。
政府のクールジャパン政策代表を任せられた、国民的アイドルグループに問題が起こっていた。所属する芸能プロダクションが暴力団と関係しており、政府予算を使い込んでいたと発覚したのだ。
国会では大臣が毎日のように批判を浴びていた。アニメ大国・日本もかつての栄光。最近は世界的なヒット作もなし。クールジャパン政策による援助も的外れで、効果が得られない。
つまりクールジャパンは失敗していた。
困った政府は民間の知恵を活用するためという名目で、クールジャパン対策を若門書房に請け負わせることにした。つまりは体の良い丸投げである。
これが、功を奏した。
若門書房の新社長にはビジョンがあった。
消費者自身がコンテンツを生成するシステム。Consumer Generated Media(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア)。略してCGMと、インターネットを活用した、新たなメディア作りという。
日本では確かに、ボーカロイドを使った楽曲や、コミックマーケットなど。高度なCGM文化が根付いていた。しかし収益に繋がらない。
新社長もビジョンは有しつつも、具体的な手段は持てず、苦しい経営を送っていた。
そこに、小説新人賞での炎上事件が起きて知った。《小咄菊造くん》の存在で、新社長は閃いた。
まずは、表現手段を有する全ての消費者の、パワーを底上げする。行く行くは、全人類の創造性を最大化・集約した時に何が起こるか。
誇大妄想としか思えないビジョンを、だが抱いてしまったのが大会社の社長だったというのがマズかった。
とある筋から《小咄菊造くん》の制作者を探り当てる。買い上げることはできなかったが、自陣へ取り込むことには成功した。これで充分だ。
しばらくして若門書房から出版される作品に、そこそこの中ヒットが連続した。いきなり大ヒットというわけにはいかない。大ヒットを出すには、多くの偶然が必要となってくる。
だが中ヒットも多くあれば、必ず大ヒットも出てくるもの。「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」ではない。「上手な鉄砲を数打っている」のだ。当たるに決まっている。
コンテンツ産業とはハイリスクな商売だ。代わりにハイリターンでもある。結果、儲けを出せない多くの作品がある一方で、ごく少ないトップ作品で全ての収益を稼いでしまう。どんな大赤字も、大ヒット作品が一発あれば、全てチャラ。
ゲーム、出版、映画、あらゆるコンテンツ産業がそうした博打性の高い、リスキーな体制となっていた。
実際、長時間の修練を積んだ表現者でもプロとして使い物になるのは、ごく一部。更に才能があるといえば、中でも一握りになる。ひとりの天才が全てを持って行ってしまう世界だ。
ところが《小咄菊造くん》を使えば7~8割の確率で、面白いストーリーが出来上がってしまう。そう、全てが成功するというわけではない。だが、人力のみに頼っていた頃と比べれば、ずば抜けた安定感だ。
すなわち、ハイリスク・ハイリターンから、ミドルリスク・ハイリターンへ。《小咄菊造くん》によって若門書房は人類史で初めて、エンタテイメントでの計画生産を可能にした。
こうして若門書房はリスクを恐れない、冒険的な挑戦ができるようになった。




