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「だったら移動図書館をやるくらいだし、爺さんも金持ちなのか?」

「いや日本人といっても全員が金持ちというわけじゃなくてね。実家は小さな印刷屋だよ」

「なら本はどこから。ポンポンと印刷なんてして、著作権は大丈夫なのか」

「アフェリエイト広告でそれなりに稼いだつもりだったんだがね。取り損ねちゃったんだ。だから代わりに、いくつかの作品を、出版社から紙として配布する権利だけ無理矢理、借りてきたんだ」

 パウロは説明の内容を理解できても、権利を借りるとか、どうやって出来たのか。見当もつかないようだ。


 とそこで気づく。スポーツをするでも、本を読むでもない。輪の中に入らず、ひとりぽつんと座ったままの子供がいることに。

「こちらも質問して良いかな。あの子は誰だい」

 パウロの弟、ヨハネだ。

 ヨハネは両親がギャングに殺されるのを目の当たりにしていた。以来、ショックでふさぎ込んだままになっている。誰とも遊ぼうともしない。パウロも帰国してから、ヨハネの笑顔を見たことがなかった。


 事情を聞いた老人は、ヨハネに話しかける。

「辛いことがあったんだってね。その時のこと話してくれないかな」

 パウロは問いかけにも興味を示したりしない。ただ機械的に二言、三言と呟く。

「ふむ……だったら……」


 老人は荷物からボロボロになったノートを取り出し、いくつかの項目を調べる。そして、彼は物語を紡ぎ始める。彼は語り部だった。

 少年の拙い言葉は、とたん雄大な物語として展開する。

 退屈は笑いに、挫折は勇気に、悲しみは出会いにと、めまぐるしく転変する。

 物語を聞いているうちに、ヨハネの暗く沈んだ瞳は、ストーリーへの興味にキラキラと輝きだした。涙に濡れた表情は柔らかく融け、笑顔になる。

 気づくとコミックを読んでいた子供たちも、まわりに集まって物語を聞いていた。


 その様をパウロは驚きの表情で見ていた。まるで魔法のようだと思った。

 それは、ありふれた物語だ。だが自分の愛する身近な人間を笑顔にできるとしたら、それはきっと、世界で最も偉大な物語に違いない。

 物語が仮にそんな魔法の力を持つとしたら。パウロにすれば、原初の神話が目の前で創成されているに等しい。まさしく奇跡に見えた。


 やがて物語はラストシーンを迎え、万雷の拍手に包まれる老人。ヨハネはすっかり子供らしく明るい表情に変わっている。パウロは信じられないというような顔で呟く。

「まるで魔法使いだ」


 作家への憧れと、自分より面白い物語を作れる人間に対する、ちょっぴりの嫉妬。

 大学生の頃、童話作家になりたかった自分と同じ。いや、もっとギラギラした情熱を感じる。

「じゃあ、魔法使いの弟子にでもなってみないか?」

 パウロはボクがどういう意味で、そういったのか。意図を把握し損ねているようだ。

「作家になる夢、諦めきれないんだろ? ボクが物語の作り方を教えてやるっていってんだよ」

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