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この国では電車や道路といった、物流インフラが充分に整備されていない。郵便が届くのは首都とその周辺だけで、地方までは行き届かない。インターネットも、かつての遮断騒ぎで一度壊滅。今では特権階級のみが使える、貴重なオモチャになっている。
するとバスが唯一の公共交通手段となる。もちろんバスといっても、密林を突っ切ることもあるから、ラリー仕様の頑丈な作りになっている。タイヤだってパンクしても、そのまま走行できる特別製だ。何しろ修理のためにバスを降りたら、山賊に襲われる恐れがある。窓も車体も防弾が施されているから、マシンガンの銃弾程度なら、しばらく耐えられる。
最近は安価な労働力を求めて、国際企業からの工場を誘致。建設ラッシュで好景気に沸いていた。すると地方から出稼ぎ労働者がやってくる。だが、やはり家族と離れて暮らすのは寂しいものだ。
バスの運賃は決して安くなく、一度出稼ぎに来てしまうと、そうそう帰れるものではない。だから年末、クリスマスが近づくと、ここ首都のバスステーションには毎日のように人だかりができる。
せめて郷里の家族へクリスマスカードだけでも送りたい。だがこの国には地方まで届く郵便制度がない。インターネット環境も整っていない。だから、郷里と同じ方向のバスに載る人へ、クリスマスカードを渡してもらうよう、託すのだ。
しかしこの国の人々は識字率が高くない。かろうじて読みができたり、自分の名前が書けたとしても。複雑な文章が書ける人間は限られている。そこでバスステーションでは手紙の代筆業が商売として盛んだ。
ここに、ある青年がいる。青年は代筆業を仕事にしていた。青年には学がある。アメリカの大学を出ているくらいだ。だが特殊な大学で、故郷に帰っても代筆業くらいしか職の当てがなかったのだ。代筆業は安月給で、大卒にしては生活が苦しかった。
この国にはインフラというものが不充分にしか整備されていない。だから夢を見るにも、どうしたって体ひとつでできる仕事ということになる。すなわちスポーツ選手か、さもなくば作家になって一山当てるのが、子供たちの一般的な夢だ。
青年はかつて夢を持っていた。作家になる夢を。




