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《小咄菊造くん》をフリー公開することになったボクだったが。実は算段があった。フリーで公開したのは、機能を制限したパイロット版だったのだ。パイロット版になれさせてから、ゆくゆくは全機能を搭載したパッケージ版を有料で売りつけようという、取らぬ狸の皮算用だった。
だが現実は予想のナナメ上方向へと進む。
最初の一ヶ月ちょっとは、訪れる人すらまばらだった。開設したばかりで検索にも引っかからない。認知もされてない。営業回りのように、他人のサイトに出入りしては、うるさがられてしまうから、おおっぴらに宣伝もできない。
当然といえば当然だ。
それが、個人ブログで紹介してくれる人が、ひとりふたりと現れた。口コミは広がり、《小咄菊造くん》に関する紹介記事が増えてくる。訪問者はジワジワと増えてきた。
この頃、不思議に思う人々が出てくる。しょせんはアマチュアが書いているに過ぎないネット小説の、クオリティがやたらと上がってきた。そうだ《小咄菊造くん》のおかげだ。
だが、まだ世間の大半は《小咄菊造くん》の存在を知らない。
そして最初の炎上事件が起こった。
小説の新人賞受賞者が、実は《小咄菊造くん》を使って作品を書いたのだと告白したのだ。すると今度は、自分も《小咄菊造くん》を使っていると告白するプロ作家が、芋づる式にどんどん現れた。
すると騒ぎを大手ニュースブログに取り沙汰されて、ネット中で大論争となった。
果たして《小咄菊造くん》を使って、オリジナリティは存在するのか。自分で書かないのなら、作家に価値はあるのか。人間なんて必要ないんじゃないか。
大半が「使うな」という意見で占められた。だが《小咄菊造くん》は便利すぎた。
ここで《小咄菊造くん》の性能について、軽く説明しておこう。
基本的には、入力した基本設定に対して、意外性があって驚ける展開を出力してくれる。意外性があるとはいっても唐突過ぎず、自然な流れで納得できる。気持ちよく読み終われる。ちょっとしたドンデン返し。
恐らく、お伽噺のイソップ童話に雰囲気が近いかもしれない。
「意外な展開」の作り方とは技法というより、発想の問題とされてきた。そして発想の問題ということは、才能に属する領域のはず。
だから「意外な展開」を考えられない、才能のない人間がどう頑張っても、思いつかない。何とかアイデアを捻りだしても、唐突過ぎて突拍子もない展開になるか。さもなくば《小咄菊造くん》には勝てなかった。
才能の壁を越えようにも、どうすれば良いのか。どの作劇書にも載ってない。そう簡単に、真似できる芸当ではなかった。
しかも《小咄菊造くん》は作家が、肉体的精神的にどんなコンディションでも安定して、面白い作品を出力してくれる。
もはや、あらゆるジャンルのストーリーテラーにとって《小咄菊造くん》は手放せない存在となっていた。
かくして議論は沈静化する。
ボーカロイドの登場で歌い手の存在が不要になるかといえば、そうはならなかった。歌の下手な人なら用はなくなるけど、機械では高レベルの人間に敵わない。
実際、《小咄菊造くん》で制作可能なストーリーとは、せいぜいが「期待の新人」レベル。天才の6~7割といった力量だろう。
そもそも基本の設定を入力するのは人間だ。だから人の手は用済みにはならないだろう……という結論で、この炎上騒ぎはいったん落ち着いた。
これは恐らく、大昔にあったというワープロ論争に似ていたのかもしれない。
当時も、文章は人の手で原稿用紙に書かねば魂が入らないといって、ワープロの使用を拒否する作家が大勢いたという。
やがて《小咄菊造くん》は、現代の人々がコンピューターで文章を書くのが当然となった現在のように。使って当たり前のインフラと化した。




