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 意外性とはつまり、多様な意見ということだ。自分にとって耳に痛い意見と、唯一の正義とは相性が悪い。もはや《ギフト》を使えば使うほど、アメリカは理想としていた「強いアメリカ」からかけ離れてしまう。


 ローマ帝国は冊封地の文化を吸い上げ、自分の所有物として使ってやった。アメリカは、パックス・アメリカーナとしてローマ帝国主義の後継者をうそぶいている。だから植民地の文化を自分たちの所有物として使い、恥じることはない。

 しかし付け焼き刃の、他人から得たチョロい力というのは、身にならないものだ。イチから自分で作ったものではないから、応用が利かない。


 だがもうアメリカは《ギフト》の面白さを手放せないだろう。自分が面白い作品を書け、大勢の受け手から賞賛を受ける快感というのは、麻薬のように創作者を引きつけて離さないものだ。

 つまりアメリカは他者という爆弾を食べてしまい、もう吐き出せなくなったようなものだ。


 ネズミー戦争と、《ギフト》による自信喪失で、アメリカは魅力が減衰。移民が散ってしまい、人口が減少してしまう。これからは他国の文化に頼ることなく、自国内で真の多様性を育まなくてはならない、ということなのだろう。


 最近のハリウッド映画には、自省的な作品や、カントリーもの、土着としてのアメリカを描いたものが増えてきた。《ギフト》の失敗は、逆に自らを省みる機会をアメリカに与えた。きっとアメリカはこれから、自分たちの手で自分たちが共有する神話を作ってゆくのかもしれない。

 それに、アメリカは不明な未来に備えるのは確かに苦手だが。既に起きてしまった問題への対処は早い。優秀な人材も揃っていて、努力を惜しむことがない。きっと近い未来に警句エンジンも解析されるだろう。

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