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先程まで青ざめていた博士は、今度は顔を真っ赤にして怒り、怒鳴った。
「そんな理想。無理に決まっている! 世界の戦争が終わらないぞ! もっと多くの血が流れる」
確かに、人は愚かな生き物だ。だが……。
「家畜は繁栄しても、家畜のまま。生殺与奪の自由がない。殺されそうになっても、争い抵抗することすらできない。ディストピアによる独裁の方が、より悲劇は大きくなります。
一部の者だけに権力が集中すれば、必ず暴走し虐殺が起こる。それは歴史が証明している」
ボクも、あなた方も、その愚かな生き物なのだ。
「今度こそ、正しくやってみせる。もうディストピアにはならない。このままだと人類は殺し合う自由だけを謳歌して衰退してしまう。ディストピアだとしても、それは平和と引き替えの統治だ」
ならば人にとっての賢明さとは、どこにあるのか。人は正しい道を選択できるのか。
愚かさも、賢さも、両方あっての人。
「確かに、人には『正しさ』が必要です。だがアメリカの正しさとは、異民族移民による対話の中から産まれてきたもの。アメリカだから正しい、のではない。対話をしてきた人々が偉いのであって。
人々の対話と同意こそ、正しさ。絶対ではない。常に変わるもの。絶対の正しさなど存在しない。いろんな人と話し合うことでしか、折り合うことはできない」
ならば自らの愚かさを諫めてくれる、誰か自分と対等の、だが思い通りにならない他人が必要なのだ。
「ちゃんと我らにも他者性はある。相手の気持ちが分かっている。今度からはもう大丈夫だ」
「人の気持ちが分かっているという、本当に証拠はありますか?」
「そんなこと、証拠など出せるわけがなかろう。信じてもらうしかない」
「いいえ。証拠ならありますよ。
《小咄菊造くん》が物語生成と、物語判断の複合エンジンを使っているというヒントを、実は公開当初から常に発信し続けていました。すなわち、他者性であり対話といった、誰でも機能の本質が分かるようになっていたのです。
《ローカリズム》の盛んな地域や、天才と呼ばれる人の中には、恐らくそのヒントを得た人も少なくはないのではないでしょうか。
すなわち《小咄菊造くん》に秘められたメッセージを受け取っているかどうか。それこそが、対話ができているかどうか。相手の話を聞けているかどうか。という証拠になるのです」
「そんなもの。どこを調べても存在しなかったぞ。嘘だ」
「嘘と決めつけている段階で、既に不合格なのですがね。まあ構いません。今こうしていても、皆さんの眼前にメッセージは発信され続けていますよ」
「口から出任せを……ならば明かしてみせろ。そのヒントがどこにあるのか」
「まだ見えませんか。ですが本当に構わないのですか?
実は自分たちが傲慢であると知ったなら、もしかして天から雷が落ちてくるやもしれませんよ? そうなれば、バベルの塔のように世界の言語は、再び散り散りになるでしょう」
「猪口才な。我らに傲慢などない。脅しには屈しないぞ。構わん。話せ」
「了解しました。《小咄菊造くん》とは……実は……」
「実は?」
沈黙が。固唾をのむ中。ボクはひとつ咳をしてから、意を決して告げた。
「小咄菊造くん。
こばなし、きくぞう。
こはなしきくぞお。
おはなしきくぞー。
お話を聞くぞ!」
ほらね? と周囲を確認する。あっ。やってしまった。
途端、場の空気が絶対零度にまで凍り付く中。ボクは先生の言葉を思い出していた。
……ダッサい名前。
はい先生。全くその通り、ボクにはセンスがなかったようです。
「「「「「ダジャレかよ!」」」」」
一斉にツッコミを受けながら、懐かしく思い返していた。




