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やはり来たか。
「確かに、その通りです。《小咄菊造くん》も《中国人の部屋》です」
ある小部屋に漢字の知らない人が入っている。彼には漢字を見ても、無意味な記号の羅列にしか見えない。そこに漢字で書かれた手紙が部屋に差し入れられる。この手紙を《質問》と呼ぶ。
彼はあらかじめ手渡されたマニュアル通りに、手紙に対応した返事を書いて外に送り出す。この返事を《回答》と呼ぶ。
すると部屋の外にいる者は、この部屋には中国語を理解している人がいると勘違いする。対話が成立してしまうのだ。
《神話シート》もつまりは同じ要領だ。いくつかの要素を順番通りに並べれば、辻褄の合った物語が出来上がってしまう。これも一種の《中国人の部屋》といえるだろう。そして、それら要素を並べる順序の法則性を、《物語元型》と呼ぶ。
「プロップ、バルト、ブレモン、グレマス、エーコ。過去の偉大な研究家たちが様々なパターンを発見してきた」
ランダムで並べられた言葉でも意味が通じれば、文章になる。ならば物語も同じように、何か並べ方があるはずではないか。そうして研究の果てに《神話シート》が作られた。
「《神話シート》は偉大な発明だ。だが残念ながら、《キクゾー》は面白さで、その上を行ってしまっている」
だが《神話シート》も、面白さまでは再現できなかった。ならばその、面白さを出す組み合わせ方とはどのようなものなのか?
「貴様、見つけたのだろう。教えろ。神話の根源、絶対唯一無二の、《万能元型》を!」
それをチャーチベル博士は《万能元型》と名付けた。が、結局は自分の手で発見できはしなかった。
「《神話シート》とは、表層的な、考え方のパターンに過ぎません。ですが《万能元型》とは、全人類に共通した、語る動機そのものを無意識から文法として抽出したものといえる。
恐らく天才とは、無意識とのチャンネルを開き、自在に行き来することのできる人間なのでしょうね」
「ゆえに《万能元型》を支配する者は、無意識より更に奥底の、集合的無意識のレベルから民衆を掌握することができる。我らに逆らい争う気持ちすら生じない」
という博士の言葉に、ボクは腹を抱えて笑ってやった。
「民衆のコントロール? おかしな冗談ですね。絶対で、唯一の物語? 無意識の掌握? そんなものあるわけないじゃないですか」
大笑いするボクに、博士は不機嫌そうに。
「なにを笑うか。
物語研究は進むにつれ、プロップから要素は増え続け、神話シートも複雑化するしかなかった。
だが物語の真理とは、本来、シンプルなはずなのだ!」
「……そうですね。《小咄菊造くん》の原理も、突き詰めれば、ごくごくシンプルなものになります」
「ならば」
「ですが、絶対とも唯一とも縁遠い。人間心理の支配と関係するとも限らない」
ブリーフィングルームの面々は騒然としだした。
誰も解っていないようだ。よし。
「でしたら、その根源に関する講義を始めましょう。




