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 だが、ひとつだけ。確かめねばならぬことがある。

「教えてくださいませんか、なぜこうも《小咄菊三くん》を必要としているのか」


 すると博士は、出来の悪い生徒を諭すように答えた。

「欲しいのではない。物語の持つ力とは、元から我らのモノ。それを取り戻すだけなのだよ」

 いやいやいや。

「そんなことはないでしょう。誰しもに物語を語る権利がある。物語は人類の共有財産ではないでしょうか」

「もちろん他愛ないお喋りを、勝手にやるだけなら構わないだろう。だが強い力を持った物語となれば、話は別だ。人類を導くのは我らの義務。何者も先に行ってはならない。

 それを好き勝手やっているだけの日本人と、その真似をしただけの人間たちに、なぜ邪魔をされなければならない?」


 クラクラしだした。

「確かに日本の物語は、意外性と新奇さが売りなのだろう。だがそれだけだ。刺激だけでは、動物と一緒だ。文明的でない。

 世界はむしろ、アメリカの物語を喜んで受け入れるべきなのだよ。いやむしろ感謝されているに決まっている」

 どうやら彼らは、物語の力を「失った」、日本に「奪われた」と思っているらしい。だから「取り戻す」のが当然だと。

 別に、誰からも頼まれたわけではないだろうに。自分でない者の気持ちを勝手に代弁して、勝手に判断を下している。

「二人称の代弁は、プロパガンダの常套手段ですよ」

「いやいや、これは語る言葉を持たぬ人々のための、高尚な義務なのだよ」


「そもそも、物語が誰もが持つ権利だというのなら、我々も自由にして構わないという道理だろう」

「いやそれは不公平だ」

「フェアだとも。むしろ我らはスクリーンクォーターといった、市場における不公平を是正している側だといっていい」

 弱者に対する、強者の自由とは不公平にしかならない。力量差の大きな者しか、自由を振るえないからだ。例えば近親者を人質にとっての交渉が、対等ではないように。

 武力と金で脅す自由とは、既に暴力でしかない。

「我らに傲慢はないのだからな。天に届く塔を築いたとて、神の雷は当たらないよ」


「不公平というなら世界市場における日本のシェアも相当なものだが。これは問題ないのかね? 実際、中国などは困っていたぞ」

 あれは向こうが勝手にやったこと、と返そうとしてやめる。いや確かに同じことだ。


「いいかね。アメリカは別に不公平によって圧力を広めようという算段ではないのだ。なぜなら、これは啓蒙なのだから!」

 古来より戦争の絶えぬ地球人類に、いかにすれば恒久的な平和をもたらすことができるのか?

 そのためには、個人と地域との同一化だけでは不足だ。全人類をこの惑星と同一化するような神話が必要なのだ。

 だがアメリカは十三の植民国家が、共同の利益のため協力している。つまり合衆国こそが人類の共有すべき神話の雛形にふさわしい。アメリカの神話を広めることこそが、地球の平和につながるのだ!」


 バベルの塔が描かれた絵画を背に、語りきった博士は恍惚の表情すら浮かべていた。つまりは第二マンハッタン計画とは、全世界の言語を統一するのが目的で。だからバベルの塔がシンボルなわけだ。自分たちがバベルの塔以前のように、人類を統一するぞ、という。

 ブリーフィングルームにいたスタッフ一同からは、満場の拍手が送られる。

 つられて、やる気のない拍手しながらも、ボクは心の中で「あちゃー」と頭を抱えていた。予想していた中で、もっともいけないパターンだ。


 啓蒙というが、その「正しい知識」を作り出したのは自分たち。ならばアメリカの邪魔になる、他の考え方は排除されてしまう。民衆に選択権はない。

 それは愚民政治というのだ。


 しかも表現・思想の自由を弾圧するのではない。

 コモンセンスや倫理とは、気分の創意だ。気分を支配するのが物語。物語を使って、無意識から支配。気分の自由がない。誰も疑問に思わない。自ら喜んで、自由を差し出す。


「自分の考え通りに全ての人間が統一されなければならないとしたら……。それはディストピアだ」

 どうやらボクは思わず呟いてしまったらしい。そしてディストピアという言葉が逆鱗に触れてしまったのだろう。

 博士は激昂して怒鳴り散らした。

「だったら! 争いの絶えない、この世の中を! どうしろというのだ!」


 確かに、批判するなら対案があってしかるべき。ならば、どう答えるべきか。

 自分も家族を養わなくてはならない。そのためならどんなことでもやる覚悟はある。他人がどうなっても構わない、という気持ちは分かる。


 だから、一番悪いのはボクなのだろう。

 誰でも面白い小説が書けるようになれば、きっとみんな幸せになれると思っていた。単純にも。

 けど努力で得たのではない、チョロい力を前にして。人は欲に目がくらんでしまうもの。そして身に余る力を得れば、傲慢になるのは当然。

 《小咄菊造くん》は、今の人類には早すぎた。ボクがそのことに気づくのが遅すぎたのだろうか。いやまだ間に合う。

 思い出させてやらねば。争いも懲り懲りだが、ディストピアも勘弁被る。


 まだ誰も見たことのない風景がどこにあるのか。在処を彼らはまだ知らない。今のうちなら、《小咄菊造くん》を封印できる。

 しかしサーバーは相手の手の内。どうするか。


「第一、わたしは人類の進歩を思って《神話シート》を公開したのだ。君も人類の平和、進歩のため、責任あるはずではないのかね?」

 そこを指摘されると弱い。ボクは仕方なく決意することにした。

 ボクはサーバーをポンポンと叩き、

「わかりました。このプログラムの秘密をお教えしましょう」

 ボクはバベルの塔を背に、雷のような鬨の声を上げた。さあ戦いだ。

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