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ネヴァー・ビフォー・シーン・イメージズ。これまで誰も見たことのない風景を目指して、ストーリーテラーたちは物語を綴る。
だが、そんな風景がどこにあるのか。誰か、知る者はいるのだろうか。
……夢を見ていたのかもしれない。
目が覚め、ベッドから身を起こす。特殊部隊のような連中が我が家に入り込んだところまでは記憶がある。とすると自分は拉致されたのだろう。
そこは近代的な建物の中だった。カーテンを開くと、窓の外に拡がる景色は、地平線まで続く、砂漠というより荒野か。日本ではない。更に自分がどこにいるのか、分からなくなってきた。だが荒野を見て、不意に言葉が口をついて出た。
「アメリカ……第二、マンハッタン計画?」
同時にチャイムが鳴り、部屋のドアが開いた。電動車椅子に乗った老人が入ってくる。かなり高齢のようで、声は弱々しいが、態度には張りがある。
「察しが良いと助かるよ。いや失礼、入ろうとしたら聞こえたのでね。そうだ。ここは第二マンハッタン計画の研究所だ」
英語だ。それも典型的な移民英語。
老人の顔には見覚えがあった。かつてボクも何度となく愛読した本の、著者近影。かなりお年を召しているが間違いない。アメリカを代表する神話学者の大家、チャーチベル博士だ。
「ようこそ、アメリカへ。会えて嬉しいよ、ミスターキクゾー。わが友よ」
……誰それ?
え、ボクってばキクゾーとか呼ばれてたのか。知らなかった。
身支度を調えると、ある部屋に案内された。ブリーフィングルームというより、大学の講義室に近い。
入った途端、拍手で出迎えられる。田舎に引きこもっていた自分では、写真でしか知らない。有名な人文学者ばかり。そうか。プロジェクトの面々か。ボクみたいな田舎者では、場違いな気分だ。
壁には有名な絵画が飾られている。バベルの塔だ。
「人間の傲慢に怒った神は、言語をバラバラにしてしまった。争いの絶えぬ現在のようじゃないかね」
大学の講義室に喩えるなら、ボクとチャーチベル博士は教壇に立つことになった。ボクは返答せず、絵画から目を逸らす。
「少々、乱暴な招待をしてしまった。謝罪しよう。そして息子さんを不幸な事故で亡くしたそうだね。お悔やみ申し上げる」
博士は紳士的な笑みを崩さず、大げさに十字を切ってみせた。
にしても催眠ガスと特殊部隊を使って、外国の人間を誘拐が少々なのか。さすがスケールの大きな国だ。
「招待したのは他でもない。頼みがある。《コバナシ・キクゾー・クン》の謎について教えてもらえないだろうか」
ほら来た。
「ここはヒーローらしく、断るといったら?」
「ならば自分たちで勝手に解析することを許してもらおうかな。このサーバーを使ってね」
合図で、助手らしき男が台車で運んできたのは、ウチにあったはずの自宅サーバーだ。やられた。中身が見られるよう、既にモニターとキーボードも接続してある。
「それは随分と乱暴が過ぎませんかね。面白くない話だ」
さすがのボクも怒って席を立とうとする。するとチャーチベル博士は引き留めて、出口を指さした。
「出口ならあちらになる。だが、君と一緒に来てもらったお孫さんなら、逆方向の扉の向こうだ。安心してくれ。ちゃんと無事に預かっている」
再びやられた。いや、まだ負けたとは限らない。
「ウチから持ってきたのは、ボクと、孫と、サーバーだけですか?」
「その通り」
「他には、例えば妻や、それに着替えとか」
「君らふたりだけだよ。ああ、着替えは失念していた。サーバーの他には何も持ってきていないんだ。
だが心配しないでくれ。用意させよう。全てが終わった後に、帰路も送らせよう。神に誓って約束するよ。良き友人としてね」
なるほど。孫という心配事はひとつ増えたが、別の案件がなくなった。これなら、もしかして……。




