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 かつて修道僧の布教[プロパガンダ]は、聖書の写本を持ち込むことによって行われた。だが写本の持ち込みが全て歓迎されたわけではない。

 数学や読み書きは本来、統治者による社会支配のためのツールだった。それが広まれば、支配すべき民が税制を理解してしまう。法律を理解してしまう。思い通りの支配が揺るぎかねない。

 ゆえに写本の持ち込みは、見つかれば殺されかねない。命がけの行いだった。


 だが写本を行う写経僧にも、聖書を正確に写すだけはない。創作欲の沸く者がいた。そうした彼ら写経僧が、聖書の言葉を書き込んだ、隅っこの余白に詩を残す。それが当時に許された、唯一の創作行為だった。

 そして写本の布教と共に、創作された詩だけではない。農法や医学も伝来される。

 皮肉にも食糧と水不足による戦争から、人々を救ったのもローカリズムによる物語の伝来だった。


 日本の昔話が流行した際。ある者が興味を持った。昔の日本人が使っている、この農機具は何だ? と。

 江戸時代の農村は、現代と比べても実はかなり技術が発達していたという。といっても電気を大量消費する先進国の科学文明から、江戸時代にまで生活を戻すことはできないが。電気が使えない地域の生活水準を、江戸時代のレベルまで引き上げることなら可能ではないか。

 当時の農機具ならば、大量生産に頼らない。ゆえに資本がなくても、手作りで組み立てられる。故障しても自分で直せる。電気が必要ないので、文化的インフラも必要ない。


 既に日本では使われなくなった、だが非電源としては充分に発達したテクノロジーが途上国に流れ出した。

 日本にとっては既に廃れた古い知恵なので惜しくはない。だが国によっては最先端技術になる。


 例えば、熱効率の高いカマドの作り方が伝わる。水道の代わりに、井戸掘りの職人が日本から途上国へ教えに行った。

 驚いたのは、近所の留学生が、農機具を造る鍛冶屋に弟子入りするためやって来たとのことだった。そもそも、まだそうした鍛冶屋が日本にいたという事実に驚く。

 またインドネシアの流通王だという男も町にやって来た。地元スーパーに視察するという。移動スーパーのノウハウを学びに来たとのことだった。話をする機会があって聞くと、彼は貧しい村の出だという。山間部や島嶼部など、インフラの整っていない地域にも、どうすれば商品を届けられるか。そのヒントを得に来たそうだ。


 やがて日本から、途上国の困った人たちに自活の手段を伝えようというNPO団体が結成された。

 苗は土地由来の原種を使う。遺伝子組み換え作物と違い、元からの生えていた種なら著作権や特許はない。農機具や肥料といった農法は、江戸時代までの伝統的なものを使う。そのため日本各地を回り、薬草や、井戸掘りといった、古い知恵も集積した。


 つまりは種苗、農法、生活様式のフリーウェア化だった。貧しいなりに、自分でどう工夫すれば食うに困らなくなるか。日本コンテンツの面白さによって抵抗感をなくした人々へ、知恵がスムーズに伝播していった。

 そして、そのNPO団体は依頼があれば、どんな国にも農法を伝える。

 情報学系の大学に進んでいたはずの息子は、唐突に農学へ転向。そうしたNPO団体所属の農業指導員になっていた。

 きっと父も、印刷屋の孫が農家かよ、と天国で苦笑いしているに違いない。

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