32
ある日のこと。若門書房の人間が、自分に会いたいという外国人を連れてきた。どうせまたインタビューだと思って断っていたが、何度も何度も頼まれる。とうとう根負けして用件を聞いてみると、来賓として自分たちの国に来ないかという。
そういえば父は生前、幼かった息子を連れて、よく近場へ小旅行へ行っていた。考えてみると自分はずっと忙しく、息子とどこかへ行ったという機会が少なかったのではないか。
テロ事件以来、塞ぎ込みがちだったボクを気遣ってか。妻も旅行を薦めてくれた。
それに自分が何をやってしまったのか。この目で見たいという気持ちも膨らんでいたし。ボクは招待に応じることにした。同行者は息子だ。
ジャンボジェットに何時間も乗ったら、次はセスナに乗り継ぎ。さらにジープで走る。砂と草原ばかりが続く光景を丸一日も過ぎた頃。朝方になって、その国の首都だという町に着いた。
首都とはいっても低いビルが何棟か建っているくらい。あとはバラックのような民家が密集して続いていた。
住宅地の屋根にはパラポラアンテナが点在し、そこから絡んだスパゲッティのようなコード束が周囲の家屋へ広がっている。
あれは何かと尋ねると、どうやらインターネットの衛星アンテナらしい。金持ちの家がアンテナを設置し、周囲の家は電波のお裾分けをしてもらうということだ。
案内人は、何もない国だが、インターネットと日本アニメだけはあると笑った。もしかして、それって海賊版じゃないかと思ったが、黙っておく。
町中に入っても道路は舗装されていない。自動車は自分ら意外に珍しいらしい。二人乗りをしたバイクが砂埃をあげ、走り回っていた。
牛が道を横切るたびに停車する。ふいに見ると、日本の有名バイクメーカーの看板があった。高級車だから、バイクタクシーとして人気があるらしい。なるほど。さっきの二人乗りバイクはタクシーか。
ちょうどマーケットも開かれていた。見たこともない果実や、農作物。ぶら下げられ、血抜きをしている最中の家畜が並んでいる。活気はあるようだ。
なにより遊び回る子供たちで、この国の若さを察することができる。
到着したのは、荒野続きの周辺とは場違いなくらいに豪華な、レンガ造りの洋館だった。ヨーロッパ植民統治時代の名残らしい。それが今では大統領邸として使われているという。
ここでボクはようやく「えっ、大統領に会うの?」と知って驚くと、息子から「人の話くらい聞いてから招待を受けろよな」と叱られた。
ボクらは夕食会が開かれ、歓待を受ける。
この国では母国語の他にフランス語も通用しているらしく。ボクが通訳なしでも会話できているのを見て、息子は悔しがっていた。ああ勉強して良かった。
説明も受けた。
かつて、この国はレアメタルが採掘できるため、「資源の呪い」に悩まされていたという。レアメタルがあっても利益は列強にピンハネされ、国が豊かになることはない。飢餓によって多くの人々が死んでいたそうだ。
だがローカリズムによって言葉を覚えた者たちが、自民族の誇りを取り戻そうと動き出す。まずは農業振興によって自給自足を確立。飢えをなくした。今はレアメタルの自国活用に向けて、人材育成をしているそうだ。
従来の母国語によって歌われる詩吟に、民族楽器の演奏で、独特なダンスが振る舞われる。さすがに、この国の母国語までは勉強していなかったが。素朴な韻律が心地良い。
町内会の飲み会のような、気さくな雰囲気だ。
大統領はボクの肩を叩きながら「オテットサマーが見てるから自分たちは正しく生きられるのさ」と嬉しげに語った。
どうやら「お天道様」といいたいらしい。
この場でボクは「ローカリズムの父」と称されていると、初めて知った。
自分は特に何もしてなかったはずなのに。だが我がことのように誇らしかった。
「書き続けなさいよ」という言葉が蘇る。これが続けてきた成果に違いない。
自らの幸福を、自らの努力によって追求する権利を、きっと誰もが等しく有しているはず。ボクは祈らずにいられなかった。
誰もが好きに語り合い、自由に歌う。こんな光景が続きますように。誰からも邪魔されませんように、と。




