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母が重病で入院したと報せがあったのは、ボクが大学を卒業する直前だった。母がいなければ、父は看病をしながら、ひとりで家業の印刷所を営まねばならない。
ボクは大学を卒業したら、すぐ帰郷して家を手伝うことにした。大学のある都会に就職先も内定していたが、謝罪して断った。
大学を卒業させてもらえるだけマシというものだ。
口に出しこそしなかったが、高校生までは、家業が嫌いでたまらなかった。取引先に怒鳴られて、ペコペコと頭を下げる親の姿を見るのがつらかったのだ。だから遠くの大学を選んだというのに。結局は帰ってきてしまう。
どのみち既に、童話作家なんて、夢みたいなこと、いってられる状態ではない。親を見捨てられるほど、冷酷にもなれない。助けられるのは自分だけなのだ。
現在、日本のメディア界は大きな転換点にあった。
外資系の電子書籍が日本中で猛威を振るう一方。国産の電子書籍戦略は、事実上全滅。 国内市場は完全に奪われていた。
さらに、ある大手新聞社がスキャンダルによる信用失墜を取り戻せず倒産。
すると、その空いたシェアに外資系IT企業がなだれ込む。チラシもアプリ化され、町の小さな印刷所は次々と用済みになっていった。
そんな中を父はどうにか悪戦苦闘していたが、経営は思わしくない。
そもそも数年前に起こった全世界同時株安のショックから、各国が回復しきれない中。特に日本が官民癒着の古い構造不況によって、景気回復が出遅れていた。
世間が不景気なら、出版も不景気になるもの。映画、漫画、小説と、長らくヒット作は出ていない。
しかも過去の名作は片っ端から、ハリウッドが映像化権を買い上げてしまっていた。だから日本国内で勝手にメディアミックスができない。なのにハリウッドはそれら、過去の名作を映画化する様子もない。
つまり、権利だけ買って、誰にも映画化させないよう塩漬けにしているのだ。そうすれば、いかに素晴らしい日本コンテンツがあったとしても、世界中の人間は、ハリウッド映画こそ最も面白いと思ってくれる。
もはや日本国内に「次の弾」はなかった。日本メディアは崖っぷち。ペーパーメディアは死に瀕していた。
果てして、そんな時代に自分がどれだけのことをやれるか。不安しかなかった。




