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最も大きな変化があったのは中東、イスラム圏だ。
イスラムの指導者たちはようやく、プロパガンダ戦争におけるイメージの重要さを理解。政治方針の転換を図っていた。
軍事よりも福祉と教育。そして求心力のためにエンタテイメントが必要だ。
とっくにアメリカは介入している。CIAを通じて親米的なエジプトの放送局と接触。陰からアメリカへのイメージ改善戦略を行っていた。うかうかしている暇はない。
イスラム教徒としてはアメリカの身勝手な自由主義が気に食わない。
だがオイルマネーで資金はあっても、クリエイターもストーリーも不足している。
欧米の影響を受けず、イスラムとしての独自性を保ったまま、どう現代化すれば良いのか。
そこにインドからどっと押し寄せる、大量かつ面白い物語。中東は驚いた。
今までもイスラムのモラルに抵触しづらい、ヒンズーのコンテンツなら一般的に流通していた。けど最近はマンネリになっていたはず。
だが近頃はやけに面白い。なぜだ。どうやらバックには日本がいるようだ。あの前世紀の戦争で憎たらしい白人どもと戦った、あの日本人が。敗戦で欧米の犬に成り下がったんじゃないのか。リメンバー・トーゴースピリッツなのか。
指導者たちは、こぞって若門書房との接触を図る。
まずはドラマだ。
イスラムでは断食月・ラマダンの時期になると、もちろんお腹が空いているので自宅でじっとしていることになる。すると暇なので、ラマダンに合わせてテレビで放送される大河ドラマを、家族で見て過ごすのが定番だ。ラマダンの時期のために作られたテレビドラマを、ラマダンシリーズという。
つまりイスラムではドラマの大きな需要がある。過去に日本のドラマがイスラム圏で大ヒットしたこともある。インドでのローカリゼーションのノウハウも蓄積されてきた。勝算はある。
そして目算通り、作られたドラマはイスラムで人気が出た。
問題は文学だ。
ドラマにより、イスラムのための、だが今風の面白い物語が揃った。すると古来から優れた詩人の多い土地柄だ。更なる才能を持った詩人が登場する。そして元は『千夜一夜物語』のあった地だ。小説家も才能を開花させる。
そしてドラマのテーマソングから影響を受け、ミュージシャンも現れた。詩人が多いこともあり、イスラムはヒップホップ最先端の地になる。
独自の「クール」が、若者の間から生じつつあった。
偶像崇拝の禁止が緩いペルシアから、コミックの流行も起こる。
恋愛というものは本能ではない。フィクションをモデルに真似て行われる、一種の演劇だという説があるが。イスラムの若い女性あいだで密かに少女漫画が流行した。やがて自分たちでも物語を作ろうと、女流作家が次々に誕生し、傑作を産み出していく。
ところでイスラムでは偶像崇拝の禁止により、国柄による違いもあるが、ポルノに厳しい。だが絵で描かれた挿絵さえなければ構わないだろうと、若い男にライトノベルが広まる。
そしてポルノが禁止されているのでイスラムでは必然的に、出会い系サイトが盛んだ。ところが、どうやら女性の間で少女漫画なるものが流行しているらしい。ならば相手に話を合わせるためにと、男たちも少女漫画を読み始めてしまった。
結果、男たちはライトノベルによって非ポルノなのに性的だという感情を知る。少女漫画で女性の立場になった感情移入を知る。ふたつ合わせて、萌えを知ってしまった。
イスラムではずっと、女性の抑圧が社会問題となっていた。旧来のままの性観念でいてはいけない。
だがアメリカのようなフリーセックスははしたない。何もかもをブチ壊す、脱抑圧を目指すだけの西欧型フェミニズムではない。ベールを脱がないフェミニズムとはどのようなものなのか。
恋愛は物語のように行われる。新しく作られた物語のように、男と女の互いから。しかし西欧を真似るのではなく。イスラムの若者たちは自分たちの姿を模索し始めた。
この過程で作られていった珠玉の物語群れを指して、イスラムのルネッサンスと呼ぶ有識者もいた。
そして若者たちというのは原理的に、暇だと政治運動や戦争に参加したがるか。さもなくばクールな映画を恋人と見たがるものだ。だが面白い物語と、素敵な恋の出会いが多くなってしまった。となると戦争をしてる暇なんてあるわけがない。
と共に「面白いドラマ」という共通の話題ができたことで、互いの対話がスムーズになった。部族間の抗争が、ほんの少しだけ減少する。
つまりは、戦火の止まなかった中東が、少しだけ平和になった。




