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緊張高まるアジアとは逆に、ヨーロッパでは雪解けが始まった。
世界不況でEUの求心力は低下。各地で民族独立運動が勃発。内乱までは行かないが、分裂により、国際社会に対するEUの影響力は目に見えて衰えていた。
その隙をハリウッドは見逃さない。
ヨーロッパ全体なら、まだまだ国際社会で無視できない存在だ。文化的に劣っているわけではない。実際に、現代詩や舞踏などの高尚な芸術部門では卓越した作品を世に送り出している。
だが一国一国だけでは弱い。ハリウッドと真正面から太刀打ちできるほどの相手はいないかった。
だというのに排他的な空気が残っており、隣同士の国でも交流を持とうとしない。高尚な芸術にこだわる余り、商業化も苦手。ポピュラー向けのコンテンツは少なかった。
その間にヨーロッパに残る民話、昔話をハリウッドが片っ端から映画化してしまう。
自分たちが先祖代々守ってきた、地元共有の知財を、第三者のヨソ者がかっさっていったのだ。もちろん非難が生じた。だがハリウッドは、昔話なら著作権がなく、人類共有の知財であり、誰が使用しても構わないはずだと主張。
その主張自体は正しかったのだろうが。映画化された作品には著作権が生じてくる。結果、地元の人間が自由に昔話を映像化できなくなってしまった。
かつての文明大国ヨーロッパは追い詰められていた。
だがそこに日本から始まったCGMの大波が押し寄せてくる。まずはコミックだ。
芸術の様式とはパブリック・ドメイン。つまりは共有財産のようなものだ。特に漫画は比較的誰でも真似しやすい。
芸術部門での専門教育を受けて、高度な技術力のある人間なら世界中に大勢いる。ただ、クリエイターとユーザーとを繋げてくれる、発表の場がなかった。
そこへ創作系SNSの流行だ。若門書房は、優秀な二時創作家を引き上げて、商業化するシステムを整えてきた。
若門書房はこれを応用。「スコップ」などの、玉石混交の中から傑作を見つける評価システムも使い。資本の大きさは関係ない。民族芸術でも素晴らしい作品があれば、世界マーケットへ送り出した。
こうして独自の物語が増えると、今度は映画も作られるようになった。
CGMの発達により、ツールは進歩。高度な資材は必要ない。ケータイが一台あれば誰でも、映画が撮影・編集・投稿できるようになっていた。
ここに若門書房がフォーマット・トレードをヨーロッパ各地に企画提案。ヨーロッパを舞台にした「御当地物」が作られた。
ここで役に立ったのが、多言語・多文化圏としてのインドの戦略だ。
地方ごとにより異なる物語を持つのが強みに働いた。
すると今までは隣国同士でもなかった国家間の交流が起こりはじめる。観光はもちろんだが。面白い物語という共有言語が、民族や国家の垣根を越えだした。
特に創作という共有言語は、仲間同士を強く引きつける。日本の地方にリトル・アキバができたように。ヨーロッパ各地で行われるようになったコミックマーケットで若者たちが交流。
ヨーロッパは自分の物語を復権させることで、自信と、対話を取り戻そうとしていた。




