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三流というわけではないが、就職が有利になるというほど一流でもない。とある二流大学の児童発達心理学科、研究棟。
老朽化のため、リノリウムの廊下はとっくに磨り減っていて、コンクリ壁のあちこちにヒビが入っている。通い詰めた研究棟も、もうこれで来る機会はなくなるだろう。
その一室で卒業論文、最後の口頭試問が行われた。
ボクは担当の先生方に、持参したノートパソコンを見せる。《小咄菊造くん》というソフトが起動され、ディスプレイにはいくつかのテキスト入力欄が表示された。
この《小咄菊造くん》こそがボクの卒業論文代わりだった。
「……ダッサい名前」
先生が呟く。軽くショックを受けたが、平静を装ってボクは説明を続ける。自分ではイケてると思ったんだがなあ。
「では指示に従って、欄に文字列を入力してください。それが物語の基本設定となります」
「へえ、基本的には5W1Hになってるんだね。それじゃ……」
文字列が入力されると次にボクは、画面下方にあるメーターについて説明した。
「このパラメーターで、今から作られる物語のジャンルが決定します。どうぞご自由に選んでください」
「どれどれ。泣き、笑い、恐怖、スリル、熱血……へえ」
「決まったら完了ボタンを」
という間に完了ボタンが押された。数秒の計算のうちに、数十行のテクストが表示される。そのテキストを読んだ先生たちはプッと吹き出し笑いだした。
オモチャを見つけた子供のように、先生たちは次々とテキストを入力しては関心してみたり、面白がる。
「ははは。こりゃ良いね。何より面白いというのが凄い」
ボクが卒業論文代わりに作ったのは、物語生成プログラムだった。
「ええ。従来の物語生成プログラムのように神話構造に沿ったストーリーを作るのではない。逆転の発想で、少々の辻褄は合ってなくて構わないから、ともかく面白さを追求しようと思ってプログラミングしました」
ボクに童話作家になる才能はなかった。けど人の喜ぶ顔は好きだった。だから、しょっちゅう養護施設や介護施設で、朗読のボランティアをしていた。だが、単に朗読をしていたわけではない。物語のどこが受けるのか。聴衆の様子を観察しながら、受けたタイミングを計測、統計を取った。
その結果を参考にプログラムを作成。するとボクもあまり基本原理は分かってないが、なぜか面白いストーリーのできてしまう物語生成プログラムができていたわけである。
多分これ以上は心理学ですらない。脳生理学の領域なのかもしれない。自分としても《小咄菊造くん》は完全にブラックボックスと化していた。
「えっと具体的には、入力した設定から、内蔵辞書に関連項目がないか検索します。例えば夏と入力したのなら、海水浴や花火や夏休みというように。
その時、パラメーターの傾向に沿って、どんな連想を行うかの方向性を決定します。そうして抽出された語を再構成して物語を作ります」
「ははは、すごいすごい」
説明している間も、先生方は《小咄菊造くん》に夢中のようだった。人の話も聞かずに、面白がって操作している。
「日本語が持つ独特の機能に着目しまして……」
やはり聞いてないし。
「『連想→再構成』というプロセスの中に、意外性を出すエンジンを入れおりまして。これが面白さとして機能しているわけです」
それがどこかは企業秘密ということで、とドヤ顔しようとしたが。
「いや構わないよ、どうせ分からないし」
肩すかしを食らう。
「確か、どっかの大学でもやってたよねー」
「はい人工知能で。ですがボクは市販されているパソコンのスペックだけで……」
「へー、すごいねー」
あっれー、反応薄くね? 画期的だと思ったんだけどな。
どうも先生方の表情はパッとしない。心理学や児童文学には詳しくても、コンピューターの専門家じゃないんだし。当然か。
「いや、期待の新人が書いた作品だと聞いても、この出来なら納得できるよ。しかし皮肉だねえ。君が書いた作品より、君のプログラムの方が面白いんだから」
何気ない言葉が胸に刺さる。そうなのだ。悔しいことに、ボクの書いた小説より、《小咄菊造くん》で生成したストーリーの方が面白いのだ。
期待の新人くらい、ということは。どのみち、ボクよりは上ということになる。
担当教授は御自身も人気作家として活躍なさっている。ボクが書いた作品も何度か読んでもらったことがあるが、その度に酷評を頂いていた。
ウチの学部じゃ卒業論文なんて本気で書く人間の方が少ない。大して真面目というわけでもない。卒論の口頭試問はそのままグダグダと、ついでということで話題が逸れ、卒業後の進路の話になる。
「実家に帰って後を継ごうと思います」
「そうか。君は真面目な生徒だったから惜しいねえ。印刷所だったっけ。心理学とは違う畑だけど。きっとどこかで学んだことが活かされるはずだよ」
自分なりに大学四年間。真面目に勉強してきたつもりだった。小説だけでなく、もっと勉強もしたかった。
だけどタイムリミットだ。
先生は強く肩を叩いてくれた。
「なあ。才能ないとか酷評はしてきたけどね。これほどのプログラムを作った君だ。きっといつか、世の中をあっと驚かせる作品を書けるはずだ。書き続けたまえよ」
気休めの言葉にしても嬉しかった。今はその言葉だけで、悔いなく大学を去れる。うん、実家に帰っても頑張ろう。少しだけ勇気が出てきた。
この時はまだ夢にも思わなかった。世の中が驚くどころではない。以後、自分を中心に人類の歴史が激動することになるなどと。話したって誰が信じただろう。




