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と大きな企業なんかが、いろいろ大変な頃。大学の先生がテレビのニュース番組に出演していた。ボクは思わず夕飯の味噌汁を吹き出すかと思うくらいに驚いた。
どうやら《小咄菊造くん》の解説をしているらしい。ボクの卒業論文を元に、《小咄菊造くん》は日本語の特性を活かして、物語を作っているとか、ドヤ顔で説明している。家族の前だというのに。テレビを見ながらボクは思わず、恥ずかしさに頭を抱えてしまった。
さすがにボクの名前は出さなかったが。母校へ行けば全ての卒業論文がアーカイブ化されており、誰でも探して読めるはず。だからといって勝手に漏らして良いものか。
後日、知ったのだが。どうやら若門書房の人間にウチを教えたのは、先生の仕業だったらしい。そういえば先生は、作家として若門書房から本を出していたっけ。
テレビに出演していた先生は、すっかり老けていた。だが嬉しそうに語る顔を見るうちに、怒りなどはどうでも良くなってしまった。
テレビ放送後、どこから聞きつけてきたのか。取材の依頼が殺到する。だが全て拒否。一ヶ月もすると落ち着いた、かに見えた。
今度は何人か、地元の知り合いから、「アンタが《小咄菊造くん》の開発者だったんだって?」と尋ねられた。仕方ないので言いふらさないよう、そのたびに口止めしたが。
とうとう、ある日。作文とか物語の書き方を教えてくれと頼まれてしまった。これがまた何度も頼まれて、断り切れない。仕方ないので、ボランティアで金は取らずに。たまに気が向いたら、初歩的な作劇法の教室を、子供向けでやることになってしまった。
本当に凄いのはボクではなく、《小咄菊造くん》の方なのだが。才能のないボクが教えて良いものか。仕事は暇なまま、生活だけは忙しくなっていた。




