脱出
2496年8月3日
クロス・メイス vs ビスケットの地点にて
「カグヤ、君はおとなしくしてなさい。」
クロス・メイスの言葉には力がない。
「やーだ、私も混ぜてよ。」
どうやら、クロス・メイスはこの言葉が返って来るのがわかっていた様だ。
そんな二人を交互に眺めるビスケット。
「なんだこいつは。」
クロスメイスはげんなりした顔をビスケットに向けた。
「一応私の連れなんですがね、こいつが来ると話がややこしくなるので置いてきたのですが、ついて来てしまいました。」
そしてクロス・メイスはにっこり笑って、
「無視しましょう。」
「そっちが良いなら、俺は構わんよ。」
ビスケットの返事に、クロス・メイスはうなずいて、
「では、行きますよ。」
クロス・メイスが細かく大鎌を振ると、いくつもの見えない刃が発生しビスケットに襲いかかる。
ビスケットは寸前で飛んでかわす。
次の瞬間、ビスケットを魔法紋様が包んだかと思うと、一瞬で数十のエネルギー弾がビスケットの周りに発生し、様々な方向からクロス・メイスに迫る。
ズンッ!
集約したエネルギー弾が弾け、鈍い炸裂音と共に強烈な爆発を起こす。
一瞬の間を置いて、爆煙を切り裂いてクロス・メイスの魔力刃が飛んでくる。
ビスケットは右手を振り、同じ魔力の刃を飛ばす。
キーン・・・・
甲高い音を立てて、双方の魔力刃が相殺される。
魔力刃が相殺された衝撃で爆煙が吹き飛ぶと、そこにはすでにクロス・メイスはいなかった。
ビスケットの後ろに幻の様にすっと現れるクロス・メイス、その手に握られた大鎌がビスケットを両断する。
しかし、両断されたビスケットの姿がスーッと空気に溶けるように消えた。
「分身ですか。
捉えたと思ったんですがねぇ。」
「御期待に添えなくて悪かったな。」
そう言うビスケットは、クロス・メイスの真後ろに浮いていた。
クロス・メイスは振りかえりながらビスケットに向かって大鎌を振った。
ビスケットは魔力剣で大鎌を受け止めた。
「面白くなってきましたねぇ。」
クロス・メイスの台詞に、ビスケットは口元で笑って見せることで返事をした。
こんな格闘マニアくさい二人を、カグヤは下から見上げていた。
カグヤは顔を真っ赤にして頬を膨らませている。
どうやら自分を無視する二人を怒っている様だ。
「私も遊んでー!」
と、叫んだかと思うと突進してきた。
クロス・メイスにだ・・・・・
「のわっ!」
ビスケットに注意を払っていたクロス・メイスは、カグヤの体当たりをかわせず吹っ飛ばされてしまった。
ビスケットは、クロス・メイスが見えなくなるまでその姿を見つめていた。
その額には嫌な汗が流れていた。
地面に着地したカグヤは、今度はビスケットに照準を合わせている。
「遊んでー!」
飛んできたカグヤをビスケットは寸前でかわす。
そして、後退しながらカグヤに向かってエネルギー弾を飛ばした。
ズン、ズン・・・
きゃははははは・・・・・
「もっと遊んでー!」
くるりと後ろを向き、脱兎のごとく逃げ出すビスケット。
「何なんだ、アイツは!」
「今度は追いかけっこね、待てー!」
後ろを見ると、ぴょんぴょこ跳ねながら追いかけてくるカグヤの姿が見える。
ビスケットは建物が残っている辺りで下に降りると、建物に隠れる様にビスケットも跳ねながら逃げ出した。
何度か跳ねた後降り立った場所は少し開けた場所で、人が3人いた。
ヒザ立ちの男とその男に攻撃しようとする女、2人の間にスタッと降り立った。
「邪魔する気?」
カリンがビスケットに詰問する。
「そんな暇はない。」
ビスケットは、さっとその場を離れる。
間髪入れずにカグヤが降り立った。
「追いついた~と。」
カグヤはまわりを見渡して、
「何してんの~?」
のんきなカグヤに、カリンはマサムネに放つはずだったエネルギー弾を放つ。
「ぼ~ん。」
と言って、カグヤはそれをあっさり跳ね返した。
エネルギー弾はあさっての方向に向かって飛んでいく。
ズド~ン
「な、何なのコイツ・・・」
さすがのカリンも度肝を抜かれた様だ・・・・・
「遊んで~♪」
と言いながらカリンの方に向かって跳ねてきた。
カリンはカグヤをかわすとオルヤードの側に移動した。
カグヤはカリンへの興味が薄れると、何かを思い出した様だ。
「あれ?ビスケットちゃんは?」
周りを見渡すと、ビスケットはマサムネの傍らにいた。
と、突然ビスケットを中心に五重の完全球形立体魔法紋様が出現した。
「ここらで退かせてもらうよ。
またな。」
台詞が終わると同時に魔法紋様が輝き始めた。
キュゴッ!
魔法陣の輝きが一瞬二人を包んだかと思うと、すでに二人の姿はその場から消えていた。
魔法紋様はその後スー・・・と消え、二人がいた場所は地面が半球状にえぐれていた。
「転移魔法か・・・」
カリンが呟く。
その言葉が聞こえたのか、カグヤがすねてしまった。
「あ~ん、ビスケットちゃん帰っちゃった~」
「カグヤ、帰りますよ。
我々の出番はここまでの様です。」
いったい何時の間に帰ってきていたのか、クロス・メイスがカグヤを諭す様に言う。
「簡単に帰すと思っているの?」
カリンの口からC・Lの特殊な音階が流れ出す。
しかし、クロス・メイスの姿はスー・・・と空の青に溶ける様に消えてしまった。
「!?」
カリンが驚いている間にカグヤも建物の向こうに跳んでいっている。
「あ~ん、待ってよクロス・メイス―――――・・・・・」
カグヤはドップラー効果を体現しながら跳んでいき、森の方に消えていった。
「な、何だったの・・・・・」
カリンの呟きだけがむなしく流れていた。
同刻
プリアクレスト郊外の森の中にて
・・・ヒュゴッ!
球形の魔法紋様が消え、ビスケットとマサムネはプリアクレスト郊外の森の中に現れた。
二人が降り立った場所には、地面に魔法紋様が描かれていた。
そして、その上にえぐれた地面が乗っかっていた。
「おい、生きてるか?」
ビスケットが話し掛けるとマサムネは僅かに顔を上げた。
「貴様に助けられるとはな・・・」
息遣いは荒いが、言葉はしっかりしている。
「お前がそこまでやられるとは、あの女相当な強さだな。」
「・・・・・」
マサムネは何も答えなかった。
ビスケットは一息つくとマサムネの傷を調べ始めた。
「かなり深いな、ここでの手当ては無理だ。」
「構うな・・・グッ」
マサムネは無理に立とうとしたが、足に力が入らず倒れそうになる。
ビスケットがそれを受け止め支えてやる。
「無理をするな、一度帰城する、お前も来い。
手当てくらいはしてやるぞ。」
「帰城?」
その疑問には答えずに、ビスケットはマサムネを抱えると空中へと浮いた。
そんな二人を今度は七重の完全球形立体魔法紋様が包んだ。
「ちょいと負担がかかるかもしれんが、我慢しろよ。」
ヒュッ!
再び二人の姿が消えた。
同刻
パブロダール魔法士王国、ベイル城内部、魔法研究部内にて
窓から射し込む光が、部屋の中央に描かれた魔法紋様を浮かび上がらせる。
同じ魔法紋様が天井、そして、前後左右の壁にも描かれている。
魔法紋様はわずかに発光しているため、起動中であることを表している。
部屋は壁の一面だけがガラス張りで、そちらの部屋には数人の魔法士がいた。
うららかな夏の陽射しを受けて、魔法士達はのんびりと仕事をこなしている。
が、そんな静寂を破って、突如魔法紋様が強い光を発した。
魔法士達はガラス越しに、隣室の様子をうかがう。
魔法紋様は淡い燐光を発していたが、だんだん強くなり、魔法紋様が床や壁から浮いて見えるほどになった時、部屋の中央に三重の完全球形魔法紋様が現れた。
ヒュオッ!
なんの前触れもなく立体魔法紋様も光も消え、部屋の中央に浮いたビスケットとマサムネのみが残る。
部屋の壁にはヒビが走り、魔法紋様も消えていた。
魔法士達のうちの一人が部屋の中に足を踏み入れる。
「お帰りなさいませ、ビスケット様。」
挨拶をし、頭を垂れたのは頭に少し白いものが混じった初老の男だった。
この男の名は「ストゥーク・サン・フラット」と言う。
四大魔法士直属で、魔法研究部を総括する人物である。
「こいつの手当てを頼む。」
ビスケットはマサムネを床に下ろした。
「はい。
・・・・・おい、道士と薬師を集めろ。」
ストゥークは後ろの部下達に素早く指示を与えると、自身はマサムネの傷の具合を診はじめた。
マサムネは顔を上げて周りを見渡している。
「ここは・・・・・?」
マサムネとビスケットの視線が合う。
ビスケットはにっと笑って、
「ようこそ、我がパブロダール魔法士王国へ。」