B/M(ブラック・メン)
2496年8月3日
プリアクレストにて
日は高く上り、そろそろ中天を指そうとしていた。
一人の男が、小高い丘の上から、廃墟と化したプリアクレスト研究所を見下ろしていた。
男は全身黒ずくめで、サングラスをかけている。
全身に行き渡った力と隙の無さが、男の敏捷さを物語っている。
そこに、別の黒ずくめの男が近寄ってくる。
男はまだ若く、どちらかかと言うと細い印象を受ける。
「隊長、魔力嵐が完全に収まりましたよ。
下に下りましょう。」
隊長と呼ばれた男は、振り向かずに返事を返す。
「ああ、要救助者の救助を優先しろ。」
「はい。」
それだけ答えて、男は後ろを向いて歩いていった。
「いればの話だがな・・・・・」
男は廃墟を見下ろしたままつぶやいた。
この男達は、ギルギット帝国の闇に存在する非公式の部隊に所属する者たちである。
B/M部隊。
死神部隊とも呼ばれ、恐れられている部隊である。
黒ずくめの一団が廃墟に降り立つ。
5人、B/M部隊勢ぞろいである。
隊長の「オルヤード・ジュピトリス」、先ほどオルヤードに声をかけていた「キャリー・ドット」、無精ひげを生やし、少し頼りなさそうに見える「ヒート・ゲイル」、盛り上がった筋肉と見上げるほどの体格を持つ「ゴート・リジェル」、最後に、この部隊の紅一点で、紫色の長い髪をポニーテールにした「レジィ・ザーランド」この5人である。
「派手にやったもんね。」
レジィが足元の石を蹴りながらつぶやく。
「ぼやくな、仕事だ。
要救助者の救助を急げ。」
キャリーが注意をする。
「いるわけ無いでしょうが、一週間も魔力嵐が吹き荒れてたのに。」
反論するレジィを諭そうとしたキャリーより先に、ヒートが進み出る。
「それが俺らの仕事だろ・・・・・な。」
と、ぽんとレジィの頭に手を置きながらキャリーに同意を求める。
キャリーは何も言わずに黙った。
「行くぞ。」
ヒートはレジィの肩を押し、促す。
5人はそれぞれ別の方向へと歩き出した。
まだ形を残している建物を見上げていたオルヤードにキャリーが近付いてきた。
「生存者は?」
キャリーのほうを向き尋ねる。
キャリーは無言で、首を横に振った。
「そうか・・・」
と、無言の二人に、突然横手から声がかけられた。
「状況は?」
声をかけてきたのはまだ若い女性だ。
赤茶色の髪に茶の瞳をしている。
「カリン様、いらしていたのですか?」
オルヤードが驚いたような声をあげる。
この女性は「カリン・ヤマグチ」、ギルギット帝国の二大騎士団の一つ「魔道騎士団」の総隊長である。
「やっぱり気になってね。
で、どうなの?」
「今の所、生存者はありません。
この状況ですし、どうしようもありません。」
「施設のほうは?」
この質問にはキャリーが答える。
「全施設の3/5が完全消滅、残った部分の地表施設は全て使用不可、地下施設は1/5が一部使用可です。」
「実質的な施設稼働率は?」
「最大で3%です。」
この答えを聞いてカリンは少し考え込んでいた。
二人はカリンの言葉を待っていた。
暫く考えて、カリンは顔を上げる。
「現時刻をもって、当施設から完全撤退します。
資材や機材など最大限搬出なさい。
搬出不可能なものは処分してしまってかまいません。
急ぎなさい、すぐに煩いねずみが集まってくるわ。」
「はい。」
二人が同時に返事をする。
そして、オルヤードが口を開く。
「キャリー、使用可能な施設は全て結界の維持にまわせ。
それから、レジィ、ヒート、ゴートは見回りに行かせろ。
お前は施設のほうで指揮をしろ。
俺は搬出作業のほうで指示を出す。」
「しかし、今の状態ではアタックシールドを張るのは無理です。
探査シールドのみならば何とかなりますが。」
「なんのために俺たちがいると思っている。
探査シールドだけで十分だ。」
そこにカリンが口を挟む。
「じゃあ、私は不要になった施設を片っ端から壊していくから。」
「お体のほうは大丈夫なのですか?」
オルヤードが心配そうに尋ねる。
「リオル司令の命令できたのに、そんなこと言ってらんないわよ。」
「ご無理をなさいません様に。」
「ありがと。
じゃあ、早速やりますか。
急ぐわよ。」
二人は一礼して散っていった。
「あ~、も~、なんでこんなに広いのよ。」
瓦礫の山の間を歩いているレジィが、周りに人がいないのを良いことに思いっきりぼやいている。
「こんなところを3人で見回れなんて無茶も良いところだわ。」
レジィは周りを見渡す。
この辺は施設の端のほうなので、割と原型を残しているものが多い。
しかし、ヒビが入ったりしていて、今にも崩れそうである。
暫く歩いていると、前のほうからヒートが歩いてくるのが見えた。
ヒートはレジィを見つけると近寄ってきた。
「どうだ?」
「異常無しよ。」
「夕方には搬出作業が終わるらしいから、それまでの辛抱だ。」
まるでレジィの心中が分かっているかのように言う。
「解ってるわよ。
ところで・・・・・静かすぎると思わない?」
「ん、ああ、それは俺も気になってた。
パブロダールもネイピアも動いているはずだしな。」
「このまま何事も無く・・・・・」
フィ-----!フィ-----!フィ-----!
レジィが言おうとしたとたん警報が鳴り出した。
プリアクレスト研究所の端、木々が茂っている場所に黒い影がよぎる。
その影は木々の間に身を潜ませる。
「チッ、油断した。
まさか結界が生きていたとは。」
レジィとヒートは同時に警報のした方に振り向いた。
「近いわ。」
二人はダッシュで現場に向かう。
レジィが先行し、ヒートは少し後ろを走っている。
二人は揃って研究所と森との境目のあたりにたどり着いた。
二人はそれぞれに武器を取り出し身構えると、油断無くあたりの気配を探った。
「気をつけろ、いるぞ。」
ヒートは微かな気配に気付き、レジィに注意をする。
・・・・・・・・・・
ザサッ・・・・
「そこっ!」
レジィはわずかな気配の流れを読み、武器である鋼線を飛ばした。
レジィの鋼線はオリハルコンと特殊オリハルコンの合金で出来ていて、さらに剃刀よりもさらに研ぎ上げてあり、レジィが使えば鋼の鎧を着た人間を鎧ごと両断することさえ簡単なのだ。
そのレジィの鋼線が周辺の木々も巻き込んで目標を切り刻む。
「伏せろ!」
ヒートが叫ぶと、レジィは疑うこともせず、さっと伏せた。
ヒートは間髪いれずに2発3発と打ち込む。
この武器は「法銃」と呼ばれる銃である。
普通の銃と違い、法銃は使い手の魔力を弾丸として打ち出すものである。
が、キン・キンと言う乾いた音がするだけだった。
レジィはひざ立ちのまま鋼線を放つ。
侵入者に巻きつき、切り刻まれるかと思いきや、侵入者は軽く手を振っただけで、レジィの鋼線を粉々に切り飛ばしてしまった。
そこに再びヒートが銃を撃つがやはり弾かれる。
しかし、その隙をついてレジィは体勢を立て直す。
侵入者は少し後ろに下がり、倒れた木の上に立った。
その姿を見てヒートは少し動揺する。
いや、少しではないかもしれない。
ヒートほどの男が顔に動揺が出たほどなのだから。
「・・・まさか四大魔法士自らのお出ましとは。
パブロダール国家元首のお一人、ビスケット様ですね。」
そう呼ばれた人物は、どこからどう見ても大きめの熊のぬいぐるみにしか見えない奇妙な生物だった。