出撃
2496年8月5日
ネイピア、ライジング・ヒル城内、飛行場にて
そこはまさに戦場だった。
多くの人々が右往左往し、飛行船の発進準備を進めていた。
ネイピアの飛行船は30人乗級で、たくさんの人間を運ぶことは出来ない。
今回の第一次遠征では10人の部下を連れ、残った隙間に資材を積むことにしたのだ。
「SDHA-96」通称「バタフライ」。
それが、人的資材を削ってまで積んだ物だ。
(「バタフライ」は一人乗級の小型飛行機械で、簡単に言うと「空飛ぶスクーター」と言った感じです。)
小型飛行艇の実戦配備に成功しているのは、今の所ネイピア・ギルギット・パブロダールの三国のみ。
これを持っていけば、逆転を狙った作戦を敢行することができる、という訳だ。
ナハトムジーク将軍と協力し、9人の部下と5台のバタフライ、これで敵をリグネッド砦に押しこみ、第二次遠征軍によって砦を落とす作戦なのだ。
ヘスラーが周りを見渡すと、9人の部下達が家族や恋人と別れの挨拶をしているのが目に入った。
ヘスラーも「昔はこうやって見送ってもらったものだ」と懐かしく思いながら眺めていた。
王妃は約10年前に既に亡くなっており、今ヘスラーを見送りに来てくれているのは宰相のカノンである。
それを寂しく思ったわけではないのだが、不意に王妃だったミューフィ(ミューフィーリーファーリア・ネイピアの事をヘスラーはこう呼んだ)の事を思い出した。
そんな自分に苦笑しながら周りを見やっていると、整備隊の者が発進準備が整った旨を伝えてきた。
皆、名残惜しそうだが、急いで出発しなければならない。
「総員搭乗!」
カノンの良く通る声が飛行場に響き渡ると、一人、また一人と飛行船に乗り込んで行く。
最後に乗り込んだヘスラーが一言「頼んだぞ」とカノンに言うと、カノンは深く頭を垂れて返事とした。
乗降口が閉まるとパン・パンと繋留フックの外れる音がした。
そして、飛行船はゆっくりと飛行場を離れていった。
カノンは見守る人々の中に見知った顔を見つけて声をかけた。
「シヴァリア殿、大丈夫ですよ。
そんな心配そうな顔をなさらないで下さい。」
シヴァリアと呼ばれた女性はカノンに気付くと軽く頭を下げた。
この女性はエミッタの妻であり、シルフェの妹でもある人だ。
二人の見送りに来たのだろう。
「はい。
分かってはいるのですが・・・女のつまらぬ感傷とお笑い下さい。」
カノンは軽く顔を横に振った。
「心配する気持ちは誰も同じ事。
我々は無事をお祈りしましょう。」
そう言って、カノンは飛行場を後にした。
シヴァリアは飛行船が見えなくなるまで、ずっとそこを離れる事は無かった。
2496年8月6日夕刻
ホワイトサイド、レイニング・パレス城内、発着場にて
ヘスラー達の乗る飛行船がホワイトサイドの王城、レイニング・パレス城に到着したのは日がほとんど沈んだ頃だった。
発着場にはホワイトサイド国王モジュールだった。
ヘスラーのみが飛行船から降り、モジュールに対した。
「これほど早く来て頂けるとは思いもしませんでした。」
「ホワイトサイドは東の要。
南部連合に付入る隙を与えるわけにはいかんからな。」
「あいすいませぬ。
しかし、この時期に反乱や海賊の出現が重なるとは・・・偶然とは思えないのですがな。」
「私もそう思う。
裏で何者かが糸を引いているはずだ。」
「再び始まるのですかな?」
「まだ分からぬ。
しかし、この紛争を長続きさせるわけにはいかぬ。
その為に私が来たのだ。」
「よろしくお願い申す。
こんな時、自分が剣を使えぬのが悔しくて仕方ありません。」
「こちらの事は任せて頂こう。
その代わり、やつらに関する調査はお任せする。」
「それこそお任せ下さい。
下着の色まで調べ上げて見せますよ。」
二人は笑って堅く握手をすると、ヘスラーは飛行船に戻りモジュールは城へと戻っていった。
「急いでクランベル城へ向え。
明日の朝にも撃って出るぞ。」
飛行船に戻ったヘスラーは兵士を集めそう切り出した。
「明日ですか?」
「我々が来た事に感づかれる前に叩き潰したいのでな。」
その言葉を聞くと、飛行船の操縦者達は急いで持ち場につこうと立ち上がった。
「それから、我々を降ろしたら急いで本国に戻り、第二次遠征軍を連れて来い。
敵に気付かれるなよ。」
「「ハッ!」」
飛行艇部隊の者達が敬礼し応えて出ていく。
飛び立った飛行船は最大船速でクランベル城に向った。
その姿は夜の闇の中に溶ける様に消えていった。




