プリアクレストの悲劇
初めに
地図に関しては、NeverEver(設定)の世界地図を参照ください。
基本設定に関しては、NeverEver(設定)の基本設定を参照ください。
その他の設定に関してもNeverEver(設定)内に記述しています。
2496年7月27日
ギルギット領内イン・ファン山脈ふもとにて
正午が近付き、日差しが少しづつ強くなり出したころ、事は起こった。
ギルギット領内に点在する研究所のひとつ、プリアクレスト研究所は、この日、この時、消えることとなる。
それは突然の光だった。紫色の光が、研究所の中心に現れたかと思えば、次の瞬間、天への柱となって突き立った。
魔法嵐が吹き荒れ、紫一色の世界となった。
「AT暦2496年、世界は再び動乱の時代へと突入する。」
2496年7月28日
パブロダール、ベイル城にて
カッ、カッ、カッ、・・・・・・・・・
夜明け前の静けさに満ちた長い廊下を、一人の女性が足早に歩いている。
短い髪と、大きめの眼鏡が目立つ知的な女性だ。
彼女の名は「ソレーフィア」、四大魔法士の秘書を勤めている。
落ち着いた物腰と的確な判断により皆から信頼されているのだが、今の彼女は少しいつもと違って見えた。
カチャッ、と、とある一室の扉を空ける。
「どうしたんだい、そんなに慌てて。」
静かな口調でソレーフィアに話し掛けたのは、パブロダール四大魔法士の一人、主席国家元首のクライファートだった。
「まだ起きていらしたんですか?」
「ああ、ちょっと気になることがあってね。
調べ物をしてたんだ。」
驚きながらもソレーフィアは、急ぎ足でクライファートに近づくと一枚の紙を手渡した。
「これをご覧頂きたいのです。」
「なんだい?」
慌てているソレーフィアが珍しいのか、嬉しそうな笑顔を見せながら受け取る。
「ω隊からの緊急メールです。
昨日のことと何か関係あるのではと思いまして・・・・・。」
しかし、クライファートはソレーフィアにそれ以上何も言わせなかった。
さっきまでの笑顔が消えて、厳しい表情になっている。
「レイファ、アオイを呼んで来てくれ。」
「はい!」
ソレーフィアは弾かれた様に飛び出していった。
「何の用よ、やっと寝入ったとこだったのに。」
クライファートの部屋に入ってきたアオイは、さっきまで寝てましたと言わんばかりの格好だった。
音符の模様が入った寝巻きを着て、それと揃えたような音符入りの枕を抱えていた。
非常に情けない姿だが、これでもパブロダール国家元首の一人、アオイである。
ものすごい不機嫌な表情で発したのが先ほどの台詞だ。
「嫁入り前の娘が、そんなはしたない格好で歩き回るな。」
「相変わらず堅いんだから。
それより何の用よ、アタシは徹夜明けで今すごい眠いんだけど。」
「これを見ろ。
さっきω隊から入った緊急メールだ。」
クライファートが紙切れを投げると、テーブルの上を滑り、アオイのところまで流れてきた。
それに目をやったアオイの表情が変わる。
「ん・・・、何これ。
ギルギットのプリアクレストで紫色の光?これがどうかしたの?」
しかし、アオイの質問には答えず、逆に質問を返す。
「昨夜我々が貫徹を強いられた理由は?」
「はぁ?」
アオイが怪訝な表情をする。
しかし、それにはかまわず重ねて尋ねる。
「いいから。」
「昨日城の結界が消えたからじゃない。
魔法は使えないし、それどころか、魔法便さえ使えないし・・・。」
答えているアオイの表情がどんどん怪しくなっていく。
「まぁ、一時経って元に戻ったし、たいした事は無かったから、結界の修復をして今から寝ようとしてたんじゃないの?」
最後の方では、クライファートを睨み付けるようにして、言っている。
かなり眠いようだ。
「そう、そして、この紫色の光。
この二つが同時に観測されたことが昔ある。」
「?」
アオイが不思議そうな顔をする。
「昔、お師匠様が一度だけ話してくれたことがあるじゃないか、忘れたのか?」
「2476年5月8日だ。」
アオイの顔が、目に見えて青くなる。
「まさか・・・・・」
「そう、そのまさかだよ。
私は良く覚えている。」
呆然とした顔のアオイがつぶやく・・・
「 パルトミセルの悲劇 」
2476年5月8日
ゲイトレック領内、シャッセケープとの国境近く、パルトミセルにて
この日、北部アトラス連合と南部国際連合は、パルトミセルにて主戦力同士の決戦となった。
午前中に始まった戦闘は日が落ちてきても一向に休まる気配は無かった。
飛び交う魔法、交わる剣から飛び散る火花。
そして、絶えることの無い怒声。
数十万の命がぶつかる。
日は傾き暑さのピークはとうの昔に過ぎているのだが、彼らを包む熱気はさらに激しさを増していた。
しかし、突然現れた紫色の光がすべてを包み静寂へと導く。
全ての音が遠のき、再び音が蘇ったとき、生き残った人々は信じられない光景を目にする。
半径3Kmにも及ぶクレーター
人々は何が起きたのかも解らず、ただ立ち尽くすのみだった。
後世の人々は、瞬時に数百万の命が失われたこの不可思議な現象を「パルトミセルの悲劇」と呼んだ。
2496年7月29日
再び、パブロダール、ベイル城にて
「ギルギットでまた起きたって言うの?」
アオイは、さっきまでの不機嫌な顔はどこへいったのか、深刻な、国家元首としての表情だった。
「わからない・・・だが、嫌な予感がする。」
「これから何か起きるって言うの?」
「かもしれない。
だから先手を打とうと思う。
ビスケットとの次の定時連絡は?」
「今日の正午になるけど。」
「プリアクレストへ向かうように言ってほしい。」
「わかった。
アタシは休ませてもらうわね。」
何か考え事でもしているかの様な顔で、扉へと向かう。
「ああ、急に呼び出してすまなかった。」
「ギルギットの動向には気を付けたほうが良さそうね。
恐らくネイピアも動くはずだわ。」
そう言って、部屋を出ていった。
それを見届けて、クライファートは一つ息をついた。
「はぁ・・・・・お師匠様・・・・・」