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真実の愛を見つけたと言われて婚約破棄されました。後悔しても失ったものは元には戻りません。

作者: 文月 ふな
掲載日:2026/09/24


「エレノア・グランシェ! 俺は真実の愛を見つけた! よって君との婚約は破棄することにした!」


 王宮の応接室でそう高らかに宣言したのは、誰あろう私の婚約者であるレオナード・アストレイア様だ。アストレイア国の第二王子殿下である。

 レオナード様の隣には、まるでしなだれかかるように身を寄せるピンク色の髪のご令嬢がいた。直接こうして対面するのは初めてだけれど、その噂は私の耳にも届いている。レオナード様と好い仲であるらしい、ミレーヌ・ベルローズ男爵令嬢。その目が勝ち誇ったように私を見ている。


 いきなり王宮に呼び出されて何事かと思ったら、どうやらレオナード様は真実の愛とやらを見つけたらしい。それで私との婚約を破棄したいと。なるほど。



 彼と私が婚約したのは八年前。レオナード様が十二歳、私が十歳の時のことだった。

 第二王子の婚約者として子爵家の娘である私が選ばれたのは、ひとえに私の魔力が多かったからだ。王家の男子は魔力の多い令嬢を婚約者に迎え、何事もなければそのまま結婚するのが慣例となっている。


 というのも、王家には呪いがかけられているからだ。

 かつての王様だか王子様だかが、その傲慢さから強大な魔力を持つ魔女を大層怒らせたらしい。その結果、末代まで続く呪いをかけられてしまったのだ。


 王家の人間やその側近たちはいたく慌てて、どうにか呪いを解く方法はないかと模索したらしい。しかし歴代最強の魔力を持っていたと言われる魔女による呪いはどうやっても解くことはできなかった。その代わり何年にも及ぶ研究の結果、呪いを軽減させる方法を発見した。


 それは『魔力の強い人間と魔法契約を結ぶことによって魔力を共有し、強まった魔力で呪いを抑える』というものだ。つまり力業(ちからわざ)である。

 それだけならば別に婚約したり結婚したりする必然性はないのだが、傲慢さ故に魔女から呪いをかけられることになったという経緯がある。さすがに痛い目にあった王家としては、魔力だけ差し出させるという傲慢極まりない手段を取ることは憚られたらしい。

 そこで魔力を差し出させる代わりに妃として迎えるという、王家としてできる最上級の見返りを提供することにしたわけだ。


 そんな事情から、幼少期からだいぶ魔力の多かった私は第二王子殿下の婚約者に選ばれた。

 ちなみに第一王子殿下には私よりもさらに魔力の強い伯爵家出身の妃がいらっしゃる。魔力によって繋がれた縁だけれど、両殿下は非常に仲睦まじい。第一王子のアルベルト殿下にとっては、妃殿下は魔力を共有して呪いを抑えてくれる相手だ。当然大切にしているし、そうしているうちに愛が芽生えるのも頷ける。

 まあ、私とレオナード様の間には残念ながら愛はないわけだけれど。



「聞いているのか、エレノア!」

 いけない、つい物思いにふけってしまった。

 反応を返さない私に、レオナード様が苛立たしげに舌打ちをする。

「はい、聞いております。婚約破棄ですね? 私は構いません」

「……ッなんだその態度は!」

 えー……婚約破棄するっていうから了承しただけなのに。なぜ怒られなければならないのか。

「レオナード様、いいじゃありませんかぁ。エレノア様は婚約破棄してくださるそうですから、これでわたくしがレオナード様の婚約者になれるってことですよね?」

「ああ、そうだなミレーヌ。こんな女の態度なんかどうでも良いな。大事なのはこれでミレーヌを俺の婚約者にできるということだ」

「嬉しいですわぁ!」

 ねっとりまとわりつくような高い声が耳に刺さる。あれをすぐそばで聞いているレオナード様は頭が痛くなったりしないんだろうか。しないんだろうな。ある意味尊敬する。まったく羨ましくはないけれど。


 私としては、婚約破棄に関して思うところはまったくない。王子妃になりたいわけでもないし、どうぞご自由にといったところだ。むしろ第二王子殿下と婚約関係にあるせいで行動が制限されてしまう部分もあったので、それが解消されるなら願ったりだ。

 何より、婚約破棄ということは、私とレオナード様の間で交わされている魔法契約も破棄されるはずである。つまり私の魔力をレオナード様と共有しなくて済むようになるのだ。魔法理論研究者としては、自分の魔力を自分で自由に使えるというのはとてもありがたい。


 私は昔から魔法が好きで、魔力の共有契約を交わして自由に魔力を使えなくなってしまった後も魔法理論の研究は続けていた。好きが高じたおかげか、今ではその界隈ではだいぶ名の知れた研究者になっている。今日も自分の研究室で論文を書いていたところを急に呼び出されてこうして王宮に参じたわけだけれど、できれば論文の続きを書いていたかったくらいだ。

 婚約破棄すれば研究に自分の魔力を使えるようになるし、こんな風に急に呼び出されることもなくなると思うとただただありがたい。

 だけど。


「レオナード様、魔法契約を破棄しても大丈夫なんですか?」

 魔法契約を破棄すると、私の魔力はレオナード様に共有されなくなる。

 つまり、レオナード様の魔力が減って呪いの抑制が効かなくなるのだ。それでも大丈夫なのだろうかと思って確認のために訊ねたわけだけれど、レオナード様に鼻で笑われた。


「魔法契約でお前に縛られるなんて俺はまっぴらだったんだ。やっと解放されて清々する」

 いや縛られてるのは私ですが?

「お前は今後一切俺に近づくなよ。俺にはミレーヌがいるんだからな。俺たちは真実の愛で結ばれてるんだ」

「まあレオナード様ったら」

 レオナード様の宣言にミレーヌ嬢が頬を染めて、ますますしなだれかかっている。


 なるほど真実の愛。それなら大丈夫なのか。


 慣例として続いているものの、王家の男性は必ずしも魔力の多い女と結婚しなくてはならないというわけではない。

 実際三代前のギルバート王は魔力の強い女性を婚約者に迎えず、幼馴染でもあった公爵家の令嬢と結婚したのは有名な話だ。当然魔力が足りなくて呪いは発動したけれど、ギルバート王と王妃は互いに慈しみ、末永く幸せであったという。呪いをものともしないほど、二人は真実の愛で結ばれていたのだ。


 レオナード様もミレーヌ嬢との間に真実の愛があるそうなので、呪いなんて問題にもならないだろう。だとしたらそれは私が憂慮すべきことではない。喜んで婚約破棄、そして魔法契約破棄に同意しよう。


 ミレーヌ嬢にひっつかれてでれでれしていたレオナード様だったが、おもむろに懐から書類を取り出した。羊皮紙で作成されているその書類は、婚約に際して私とレオナード様の間で結ばれた魔法契約が記されているものだ。


 魔法契約はその契約が記されている契約書を破ることで破棄することができる。といっても魔法契約書を破るには両者の同意と相応の魔力が必要だ。今のレオナード様はまだ私の魔力の共有を受けているので、魔力は充分足りるだろう。

 レオナード様に促されて契約破棄に同意する旨のサインをする。レオナード様のサインは既に記入されていた。用意周到なことだ。


 さて、後は魔法契約書を破るだけ――というところで、応接室の外からバタバタと足音が近づいて来て、無遠慮に扉が開け放たれた。

 王城の応接室は、通常王侯貴族や他国からの貴賓が使用する場所である。当然、そこをノックもなしに開け放つなんて言語道断だ。一体誰が、と思ったが、直後響いた声にその正体を知る。


「レオナード! 何をしている!」

「兄上、丁度良いところに。エレノアとの婚約を破棄してミレーヌと婚約しなおすので、立ち合い人になってください」

「お前は一体何を言っているんだ!」


 応接室に駆け込んできたのは、レオナード様の実兄でありアストレイア国の第一王子であるアルベルト殿下だった。

 非常に焦った様子で、何やら顔を青ざめさせている。

 その様子に私は「おや?」と思ったが、レオナード様はアルベルト殿下の常ならぬ様子に気づいていないようだ。

「エレノア嬢との婚約を破棄するということは、魔法契約も破棄するということだぞ! わかっているのか!」

「わかっていますとも。俺にはエレノアとの魔法契約は必要ありません。むしろ邪魔です。俺とミレーヌの間には真実の愛があるんです! 俺はミレーヌと結婚します!」


 そして両者のサインが揃った魔法契約書に手をかける。


「お前……勝手に魔法契約書を持ち出して……!」

 あ、やっぱり。

 アルベルト殿下の慌てっぷりからまさかとは思ったけれど、どうやらレオナード様は無断で魔法契約書を持ち出したらしい。ということはもしかして私との婚約破棄もレオナード様の独断ってこと? てっきり国王陛下の承認を得ているものと思っていたのに。

 そういえば国王陛下と王妃陛下は現在隣国へ外交に赴いていることを思い出した。両陛下の不在を狙ってレオナード様が暴走したというわけか。


 だけど今更婚約破棄は止められない。アルベルト殿下の「やめろ!」の声もむなしく、レオナード様の手に力が込められて魔法契約書は真っ二つに破られた。

 破られた魔法契約書は、そのまま魔法の炎で燃え去って塵一つ残らなかった。


 魔法契約書が破られた瞬間、私の中に膨大な魔力が戻って来たのを感じた。ずっとレオナード様と共有していた魔力が、魔法契約の破棄によって私に戻ってきたのだ。一瞬その衝撃に息が詰まる。


「ああ……なんてことだ……父上と母上になんと言えばいいんだ……」

 アルベルト殿下が絶望に染まった顔でよろけた。

「兄上は大げさなんですよ。これで晴れてミレーヌと婚約することができる。さあミレーヌ、俺と……」

 兄君とは対照的な晴れやかな表情でレオナード様がミレーヌ嬢に手を伸ばした、その時。

 ――はらり、はらり。

 かすかな音を立て、細い糸のようなものが床に落ちる。

 そしてそれはすぐにぱさりぱさりという音に変わり、床には糸のようなものが積もっていく。


「……え?」

 糸のようなもの――レオナード様の髪が、まるで全ての支えを失ったように頭部から次々落ちているのだ。


「ななななななんだこれは……!」

 床に落ちていくのが自身の髪だと気づいたレオナード様が、落ちる髪を必死に押しとどめようとしているのか、抱えるように頭を押さえる。しかし努力もむなしく、その髪は全て、一本残らず落ちて床に積もる。

 

「ヒッ……!」

 ミレーヌ嬢が小さく悲鳴を上げた。

 うん、その気持ちはよくわかる。私はこの事態を予想していたからそれほどの衝撃ではないけれど、床に積もった人一人分の頭髪は軽くホラーだ。


「なんで、どうして!」

 ついに全て床に落ちてしまった髪を、日焼けしていないからか生白い頭皮を露わにしたレオナード様が必死にかき集めようとしている。

「これは一体何なんだ!」

「レオナード、お前も知っているだろう? これが王家の“呪い”だ」

「呪い……? これが……? そんな……」


 王家が受けた呪いの内容は国民には知らされていない。しかし当然当事者である王家の男子は幼い頃から呪いについて教わっているはずだ。将来王子妃となる予定の私ですら早い段階で呪いの内容は把握しているのだから。そのはずなのに。

「こんなのが呪いだなんて聞いていない!」

「何度も言っただろう! 王家の男には髪が抜ける呪いがかけられていると!」



 ――かつて傲慢な王家の王様だか王子様だかが、偉大な魔女を怒らせた。怒った魔女は言い放ったそうだ。

『お前ら全員ハゲやがれ!!』

 強大な魔力を持つ魔女のその言葉は呪いとなり、それ以降王家に生まれた男は十五歳から少しずつ髪が抜け始め、二十歳を迎える頃に全ての髪がなくなるようになった。そしてレオナード様は先月二十歳を迎えたばかり。これまで私からの魔力共有によって抑えられていた呪いが一気に進行し、まとめて髪が抜けたといったところだろう。


 魔法契約を使って魔力の供給を受けることで呪いの進行を抑えるという対処法が取られるようになったが、それがなければ、彼らは二十歳という未来ある若者の時点で頭髪を全て失うことになるのだ。

 しかしどうやら少し年の離れた第二王子として生まれために若干甘やかされて育ってしまったレオナード様は、正しく呪いを理解していなかったようだ。


「髪が抜けるとは聞いていたけど、こんなに抜けるなんて聞いてない!」

 まだ必死に床に落ちた自身の髪をかき集めているレオナード様は、今にも泣きそうな顔をしている。というか泣いている。


 なるほど、と私は他人事のように状況を整理する。

 つまり高貴であらせられる王族の方々は、呪いの内容を『髪が抜ける』という柔らかい表現でレオナード様に伝えたのだろう。そしてその言葉をそのまま受け取ったレオナード様は、王家にかけられた呪いは『少し髪が抜ける程度』のものだと解釈したに違いない。自分に都合の良い受け取り方しかしない人だから。

 だけど実際の呪いは一本残らず見事に全ての髪が抜け落ちるというものだ。もっと分かりやすく『ハゲる呪い』だと伝えていれば誤解はなかっただろうに。


 そして、呪いを正しく理解しないままレオナード様は真実の愛の相手であるミレーヌ嬢と婚約を結びなおすために独断で私との婚約破棄に至った、と。


「俺の、俺の髪が……!」

 抜け落ちた髪を両手ですくいながら嘆く姿はやはりホラーだ。



 魔力の強い伴侶を選ばなかった三代前のギルバート王も、二十歳を迎える頃に頭髪は全て失われていたらしい。実際、肖像画に描かれているギルバート王はスキンヘッドだ。しかし真実の愛で結ばれていた王妃陛下はそんなギルバート王を変わらず愛していたそうだ。


 そう。真実の愛の前では髪の有無なんて些細なことだ。


 だからきっと、レオナード様いわく真実の愛の相手であるというミレーヌ嬢も、たとえ髪がなくてもレオナード様を受け入れるはず。

 と思ってミレーヌ嬢の様子を窺う。さっきは小さい悲鳴を上げていたが――今の彼女はなんとも表現しがたい形相をしていた。驚愕と嫌悪を混ぜたような。


「ミレーヌ……っ! こんな俺でも君は愛してくれるだろう!?」

 情けなく混乱しながらも私と同じ結論に至ったのか、レオナード様がミレーヌ嬢に縋りつこうと手を伸ばした。が。

「嫌! ハゲは無理!」

 ミレーヌ嬢はさっきまでのまとわりつくような喋り方ではなく刃物のような鋭さで叫び、その手をぱしん、と跳ねのける。

 あれ? 真実の愛どこいった?


「そんな……ミレーヌ……!」

「わたくしに殿下の婚約者は無理です! どうぞ他の方をお探しになって! わたくし、失礼します!」

 叫ぶように早口で告げたミレーヌ嬢は、ごてごてした装飾の多いドレスの裾をがばっと持ち上げ、逃げるように走り去っていった。走りづらそうなドレスとヒールなのにまるで風のような走りっぷりだった。実は意外と身体能力が高いのかもしれない。



 さて残された私もさっさと退散して論文の続きを書こうかと思っていたのだけれど、涙と鼻水で顔を汚したレオナード様に悲鳴のような声で呼び止められてしまった。


「エレノア! どうにかしてくれ!」

「どうにか、と言われましても。素敵なスキンヘッドが似合う男性になれば良いのでは? ギルバート王はスキンヘッドが似合っていて魅力的だと一部の女性の間では評判だったそうですよ」


 肖像画のギルバート王はスキンヘッドが似合う魅力的な男性だ。鍛えられた体と野性味のあるスキンヘッド。そこに惹かれる女性は一定数いるだろう。私もギルバート王はちょっとかっこいいと思っている。

 ……まあ、レオナード様はひょろりとした体つきだから野性味のある男性を目指すのは難しいかもしれないけれど。


「嫌だ! 俺の髪が……! そうだ、お前ともう一度婚約して魔法契約を交わせば呪いも収まるだろう!? そうだそうしよう!」

 どうやらレオナード様はスキンヘッドは嫌らしい。ついさっきまで健在だった髪が突然全てなくなってしまったから、そう簡単には受け入れられないのかもしれない。とはいえそんなこと言われても困る。


「それは無理ですね。そもそも私はあなたの婚約者には戻りたくありませんし、たとえ再び魔法契約を結んだとしてもレオナード様が望む結果にはならないでしょう」

 なぜなら。


「一度失った毛根(もの)は元には戻りません」




最後の一文が書きたかっただけ。

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