8音目 フラクタルリリー
メタル部が正式に部として認められた、その翌週。
旧校舎の一番奥にある部室には、これまでとはまったく違う熱い空気が流れていた。
アンプの電源を入れると、低いハムノイズが部屋を満たしていく。
「よし……今日から本格的に始めるぞ」
ユウナが愛機フライングVを抱え、喜びを隠しきれずに跳ねる。
「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」
琴音はマイクを大切に胸に抱え、緊張で肩をすくめながらも、その目はまっすぐ前を見ている。
凛はスティックを器用に指で回しながら、ニヤリと笑った。
「やっと“部活”って感じだな。ぶっ壊す勢いで叩いてやるよ」
レイラは愛用のホライゾンを丁寧に磨き、優雅に言い放つ。
「わたくしの音で、この学校のレベルを底上げして差し上げますわ」
雫は自身のベースを構え、静かに頷いた。
「……では、始めましょう」
その時――。
ソファで寝転がっていた百合先生が、ポテチを齧りながら気だるげに言った。
「はいはい、勝手にどうぞ〜。私は寝るから〜」
「ほんとに寝る気かよ、この人……」と凛が呆れ、
「顧問とは……何なのかしら……」とレイラが困惑する。
ユウナは苦笑いしながらフォローした。「で、でも……優しい先生ですよ……?」
「ね、寝てるだけですけど……」と琴音。
「まあ……あれでいいんだよ。顧問がいないよりマシだ」
ユキの言葉に、百合が毛布の中から応える。
「聞こえてるぞー」
練習が開始される。凛が力強くカウントを取った。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
再び、轟音が部室を揺らす。
凛のドラムは暴風。ユウナのギターは稲妻。レイラのリードは白い閃光。雫のベースは大地の鼓動。そして琴音の声はすべてを切り裂く鋭い刃。
五人の音が重なった瞬間、部室の空気は一気に熱を帯び、極限まで圧縮された。
百合先生は毛布を被ったまま、わずかに目を開けた。
(……悪くない)
そう心の中で呟くと、すぐに目を閉じ、寝たふりに戻った。
休憩時間。
ユウナがユキの隣にちょこんと座り、顔を綻ばせる。
「ユキ先輩……すごく楽しいです、メタル部」
「……お前のギターが良かったからだよ」
ユキの何気ない一言に、ユウナの顔は一気にトマトのように真っ赤になった。
「おーおー、青春してんなぁ」と凛が冷やかし、
「ユウナさん、お顔が真っ赤ですわよ?」とレイラが微笑む。
「わ、わたし……見てません……!」と琴音が慌てて顔を伏せ、
「……練習に集中してください」と雫が釘を刺した。
「恋バナはほどほどにね〜」と百合の声が重なる。
「先生、寝てろよ……」
その頃、軽音部の部室では不穏な空気が流れていた。
メタル部の轟音が響いてくるたび、軽音部部長は顔を屈辱に歪ませていた。
「……なんだよあいつ……急にハーレムみたいになりやがって……!」
「生徒会長も入ったらしいっすよ」
「ギターの子、めっちゃ上手いって噂で……」
部員たちの声に、部長は叫んだ。
「うるせぇ!! あいつらはメタルだぞ!? 時代遅れなんだよ!!」
出口のない嫉妬が、彼の胸を黒く、深く染めていく。
練習を終えたメタル部が部室を出ると、廊下には軽音部の部長が待ち構えていた。
「おい、メタル部。部室、そろそろ返してくれよ」
ユキは足を止めずに答える。
「は? 正式に認められたんだぞ」
「軽音部は50人いるんだよ。お前ら6人のために部室を占拠させるとか、おかしいだろ?」
凛が鼻で笑った。「人数で音楽の価値が決まんのかよ」
「わたくしたちの音を聞いてから言いなさい」とレイラが優雅に一蹴し、
「そ、そうです……!」と琴音が、
「わ、わたしたち……頑張ってます……!」とユウナが続く。
雫は一歩前に出ると、冷徹な事務口調で告げた。
「正式に認められた以上、部室の使用権はメタル部にあります。不服なら手続きを通してください」
部長は激しい舌打ちを残し、去っていった。
「……これからもっと嫌がらせしてくるぞ、あいつ」
ユキの懸念に、部室の奥から百合がのっそりと口を開く。
「まあ、気にすんな。音楽やってりゃ敵もできるさ」
「先生、寝てたんじゃ……」
その日の帰り道。夕陽が校舎を長く伸ばす中、雫が切り出した。
「……6月の校内の音楽祭のステージについて、生徒会で話し合いが始まります」
「す、ステージ……!」
「ライブかよ。燃えるじゃねぇか」
「わたくしの出番ですわね」
「わ、わたし……大丈夫かな……」
不安がる琴音に、ユキは静かに告げた。
「大丈夫だ。お前の声なら絶対に届く」
琴音は驚いたように顔を上げ、小さく、けれど力強く頷いた。
夕陽の中、5人と1人の影が並んで長く伸びていた。
バンド名Fractal Lily――。
少女たちの、そして一人の作曲家の、本当の物語がここから始まる。




