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最後の1音 まだ本物を知らない誰かへ


聖域の静寂、そして狂乱


4月1日、午後5時。


渋谷の路地裏にあるライブハウス『STARS ROOM』の周辺は、異常な熱気に包まれていた。

世界中から集まった数千人のファンが歩道を埋め尽くし、各国メディアが詰めかける。

しかし、鉄扉の向こう側は完全なる「聖域」だった。


「報道陣も関係者も、今日は1人も入れさせない。カメラも、配信も無しだ。これは、あの子たちと、ここにいる500人だけの秘密だ」


オーナーの宣言通り、記録メディアは一切排除された。

そこにあるのは、プラチナチケットを勝ち取った選ばれし者たちの熱気と、かつて彼女たちを支えた『ライブハウス・スラッシュ』の懐かしい面々。


そしてオーナーの隣には、腕組みをしてステージを睨む百合先生の姿があった。



第一幕:絶対王者の回帰「フィリア」


静寂を切り裂いたのは、フィリアの意外なアンサンブルだった。


現在、チャートを席巻している華やかなヒット曲を彼女たちは一切「封印」した。

今日、この場所で奏でるために選んだのは、まだ何者でもなかった頃の、剥き出しの初期ナンバーたち。


「同窓会なんて、甘っちょろい遊びじゃない。私たちの原点を見せてあげるわ」


アイリの歌声は、最新のポップスよりも遥かに鋭く、渇いたエモーションを孕んでいた。

洗練された技術で再構築された「初期の名曲」たちは、かつての輝き以上に鮮烈に500人の胸を突く。王者の貫禄、そして聖地への最大級の敬意。観客はその気高い「裏切り」に、ただ圧倒されるしかなかった。



第二幕:鋭利なる刃「Fractal Lily」


続いてステージに上がったのは、世界を震撼させたFractal Lily。


「We are Fractal Lily!!! And We Play HEAVY METAL!!!!」


琴音の叫びと共に、ワッケンを黙らせたあの超絶技巧が狭い地下室に凝縮される。

ユウナとレイラのツインギターが火花を散らし、ハイスピードなユニゾンを叩きつけるたびに、観客の心拍数は跳ね上がった。

雫のベースが床を割り、凛のドラムが空気を圧縮する。


3年前、ここで産声を上げた時の青さは、今や世界基準の「殺傷能力」へと変わっていた。

狭い箱だからこそ伝わる、弦の震え、飛び散る汗。

ユキが書き上げた執念の8曲が、500人の鼓膜を物理的に引き裂かんばかりに響き渡った。



第三幕:破壊の重戦車「MAD」


三番手、メジャーの巨獣となったMADが全てを破壊しにかかる。


「おい渋谷! 聖地ごとブチ壊してやるよ!!」


ゼットの咆哮と共に、フロアは巨大なモッシュピットへと変貌した。


DJネオが放つ歪んだ低音ノイズが、地下室の温度をさらに上昇させる。

ユーカのドラムは大地を穿つ杭のように重く、正確だ。

メジャーの洗練と、ストリートの凶暴性。一瞬の隙も与えない怒涛のメドレーに、観客はもはや理性を失い、ただ咆哮を上げるだけの獣と化した。



第四幕:鋼鉄の母神「JUPITER」


そしてトリを飾るのは、JUPITER。


「We are JUPITER!!! And We Play REAL HARD ROCK!!!!」


クレナイの重厚な声が響いた瞬間、空気が変わった。速さや激しさではない、大地を揺らすようなドッシリとした「重み」。レイのギターソロが、咽び泣くようなビブラートで物語を語り出す。ジョーのベースがその旋律を優しく、しかし強固に支える。


世界を旅して手に入れた圧倒的な「説得力」。彼女たちが鳴らす一音一音は、もはや音楽を超えた祈りのようでもあった。

古参のファンは涙を流し、新しいファンはその魂の深さに沈んだ。




全バンドの演奏が終わり、アンコールを求める地鳴りのような拍手の中、総勢18人の戦士たちがステージに勢揃いした。


「最後は特別に、即興でカバーを一曲。……『フラクタルクイーン』をやりましょう」


フィリアのアイリの提案に、会場は発狂せんばかりに沸き立つ。メンバーはその場で選抜されることになった。


ボーカルはアイリ、琴音、ゼット、クレナイの4名全員。


ドラムはMADのユーカ、

ベースはJUPITERのジョー。

そしてキーボード不在の穴を埋めるべく、ユキが機材の前に立った。

さらに特別枠として、MADのネオがスクラッチで加わる。


最後に残ったのはギター。


「ギターは、もちろん奪い合いよね」


ユウナ、レイ、レイラが手を挙げる。白熱のジャンケンを制し、最初の1枠を掴み取ったのは、瞳を輝かせたユウナだった。


そして、もう1枠を巡る最後の選抜。


ユキが静かに、フロアの後方で見守る一人の女性へ視線を送る。


「……百合先生。……あんたが弾いてくださいよ。皆、なんとなく正体には気づいてますから」




会場にどよめきが走る中、百合先生は観念したように、しぶしぶとステージへ上がった。

彼女はレイラからギターを受け取ると、マイクを引き寄せ、鋭い眼光で500人を射抜いた。


「いい? 今日のことを絶対に口外しない。SNSにも書かない。……この『墓場』まで持っていく約束ができるなら、弾いてあげるわ」




一呼吸置き、彼女は静かに、しかし誇らしげに告げた。




「私が、元フラクタルクイーンのギタリスト。……ユリだよ」







その瞬間、会場は割れんばかりの叫びと、衝撃に包まれた。古参のファンは声を上げて泣き崩れ、誰もが伝説の帰還に震えた。



「ワン、ツー、スリー、フォー!!」

ユリが最初の一音を奏でた瞬間、空気の「質」が変わった。


現役のトップランナーたちすら戦慄する、神懸かり的なピッキング。


ユウナとユリ、師弟二人が並んで奏でる旋律は、時空を超えて聖地を焼き尽くした。


4人の歌姫が声を重ね、ユキの奏でるキーボードが重厚な物語性を加え、ネオのスクラッチが現代の鋭さを刻み込む。


そこにあるのは、音楽に人生を捧げた女たちの、剥き出しの喜びだけだった。


演奏中、ユウナとユリが視線を交わし、不敵に笑い合う。琴音とアイリが背中を合わせ、喉を震わせる。


最後の一音が消え、静寂が訪れる。


誰からともなく涙が溢れ、ユキ、そして18人の戦士たちが肩を組み合って、客席へ深々と頭を下げる。



その日、聖地『STARS ROOM』は伝説と共に幕を閉じた。



記録はどこにも残っていない。



しかし、その夜の「音」は、500人の魂に、永遠に消えない鋼鉄の轍として刻み込まれたのだった。


聖地の外、群衆の中に1人のまだ若いホームレスの男性の姿があった。

なんだか見覚えのある顔だった。

ふと、軽音部の懐かしい喧騒が脳裏によぎったが、


それはきっと気のせいだ。



(完)




これにて、Fractal Lilyの物語は堂々の終演です。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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