4音目 轟音のドラマー
土曜日の夕方。
ユキ、ユウナ、琴音の三人は、
駅前のライブハウス『スターズルーム』の前に立っていた。
ネオンが灯り始め、街が少しずつ夜の顔を見せ始めている中、その場所だけが異様な熱を孕んで胎動している。
ユウナは緊張に肩を震わせ、目の前の扉を見つめた。
「こ、ここが……ガールズバンドの聖地……」
スターズルーム。
ここは、現在の音楽シーンを支配する「ガールズバンド四天王」が全員通った場所として、伝説的な名前を冠している。
ジュピターはここで初めて観客を熱狂させ、
フィリアはアイドルバンドの既成概念を壊し、
MADはミクスチャーの新境地を拓いた。
あのフラクタルクイーンもそうだ。
そして――今夜の主役であるパンクバンド『キラー』が、数々の“伝説のライブ”を刻んできた場所でもある。
だが、そのキラーも、メンバー間の不仲が原因で今夜を最後に解散することが決まっていた。
「うまくいけば、解散後の新しい場所を探しているメンバーを迎えられるかもしれない」
ユキは腕を組み、ステージから漏れ出る重低音を見据えて静かに言った。
「あとはうまい奴がいたら、そいつを勧誘しよう。」
琴音は不安そうにユキの横顔を見上げた。
「で、でも……そんな簡単に見つかるでしょうか……」
「簡単じゃねぇよ」
ユキは微かに笑った。
「でも、ここなら……“本物”がいる」
ライブハウスの中は、すでに溢れんばかりの熱気で満ちていた。
汗とアンプの匂い。観客たちの昂ったざわめき。
ステージのライトが、まるで夜空の星のように激しく瞬いている。
「すごい……! ここで四天王が……!」
ユウナが目を輝かせれば、琴音は胸に手を当て、未体験の音圧に震えていた。
「わ、私……こんな場所初めてです……」
ユキは二人の肩を軽く叩いた。
「楽しめ。音楽は、まず楽しむことから始まるんだ」
数組のバンドが演奏を終え、会場の温度が最高潮に達したその時――。
ステージの照明が一気に落ちた。
「ラスト! 四天王バンド――キラー!」
アナウンスが響く。
「うおおおおおお!!!」
「キラーだ!!」
「凛ちゃあああああん!!」
ユウナは驚きに目を見開いた。
「す、すごい人気……!」
ユキは腕を組んだまま、舞台を見つめる。
「……始まるぞ」
スポットライトの中に現れたのは、青髪ショートの少女だった。
無数のピアスを光らせ、獲物を射抜くような鋭い目つき。
彼女はスティックを指先で器用に回しながら、観客を挑発するように睨みつけた。
凛。キラーのドラマー。
若き天才と呼ばれた少女だ。
ユキは思わず息を呑んだ。「……あれが……」
凛はスティックを天高く掲げ、咆哮した。
「ぶっ壊すぞ、テメェら!!」
ドッッッ!!!
最初の一発、バスドラムの衝撃波が会場の空気を爆発させた。
続くスネア、タム、シンバル。そのすべてが速く、重く、恐ろしいほど正確だった。
それはもはや演奏というより、すべてをなぎ倒す“暴風”そのものだった。
「な、なにこれ……人間の速さじゃ……ない……!」
震えるユウナの隣で、琴音も口を押さえていた。
「すごい……音が……刺さる……!」
ユキはただ、その演奏に魅入られていた。
これが、本物のドラマー。
これが、四天王の音か。
ライブが終わり、観客が興奮冷めやらぬまま去っていく中、ユキたちは裏口の前で凛を待った。
やがて、汗だくのまま機材を背負った凛が出てくる。
ユキは迷わず一歩前に出た。
「お前……すげぇな」
凛は不機嫌そうに眉をひそめた。
「はあ? 誰だよテメェ」
ユウナが慌てて頭を下げる。
「す、すみません! あの、わたしたち……メタル部で……!」
「メタル?」
凛は鼻で笑った。
「今どきやってんの? ダッサ」
ユキは真っ直ぐに言い返した。
「お前のドラム、メタルに合う」
凛の目が、獲物を定めるように細くなった。「……は?」
「一度でいい。セッションしてくれ」
凛は大きく舌打ちをした。
「めんどくせぇ……」
「次のあんたの就職先はここだぜ?」
ユキが続ける。
彼女はスティックを肩に乗せ、不敵にニヤリと笑った。
「面白そうじゃん。ついて来いよ」
学外のスタジオ。
四人しか入れない狭い部屋に、独特の緊張感が漂う。
凛はドラムセットに座ると、軽やかにスティックを回した。「曲は?」
ユキは今日はベースを構え、彼女の目を見た。
「フラクタルクイーンの“Silent Eclipse”」
凛は笑った。
「いいねぇ。あのバンド、昔好きだったわ」
「えっ……!?」
驚くユウナと琴音を尻目に、
ユキは静かにカウントを取った。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
轟音がスタジオの壁を揺らした。
凛のドラムは、ライブの時よりもさらに速く、重く、そして正確だった。
ユウナは必死にギターを食らいつかせ、琴音は喉を震わせて声を張り上げ、ユキはベースでその奔流を支える。
音が完全に重なった瞬間――。
四人の間に、言葉を超えた確かな“シンパシー”が生まれた。
曲が終わると、凛はスティックを膝に置き、満足げに笑った。
「……いいじゃん。あんたら、気に入ったわ」
ユキは間髪入れずに言った。
「キラー解散後の宛は決まっているのか? もし決まってないなら、入ってくれ。メタル部に」
凛は呆れたように肩をすくめた。
「しゃーねぇな。ちょっとお試し期間だな。」
ユウナが歓声を上げ、琴音は安堵で涙ぐんだ。
こうして、四人目のメンバーが決まった。
春の心地よい風が、彼女たちの音をどこかへ運ぼうとしていた。




