37音目 世界への音
嵐の前の静寂
「世界の壁」を見せつけられた絶望。
バックステージに漂う、言葉にすらならない差別と軽蔑の視線。
しかし、泥濘の中で円陣を組む10人の瞳に、もはや迷いはなかった。
「……ユキくん」
ユウナが愛機を抱え、短く呟く。
「俺の仕事はここまでだ。あとは……そのギターで、あいつら全員黙らせてこい」
ユキの低い声が合図だった。
ドイツの空を裂く不穏なサイレンと共に、W.E.T Stageの巨大な幕が切り落とされた。
Fractal Lily
「We are Fractal Lily from Japan!! Drop your souls!!」
琴音の咆哮が響いた瞬間、凛の高速ツーバスが地雷のように爆ぜた。
一曲目から手加減なしの最高速ナンバー。
YouTubeのバズりを見て「見物」に来ていた数万人のメタラーが、一瞬で耳を疑い、次にその場に釘付けになった。
「……なんだ、あの速度は!?」
ユウナのダウンピッキングは、もはや腕が消えて見えるほどの暴力。レイラのリードギターは、ワッケンの凍える空気を摩擦熱で焼き切るような超絶技巧。
中盤のソロパート、雫のベースが重戦車のように地を這い、全員がピタリと息を合わせた「キメ」を叩きつけるたびに、地平線まで広がるメロイックサインが激しく波打つ。
そしてリリーの演奏、最後の一音を前にして、琴音がマイクスタンドを叩きつけるように掴み、喉が裂けんばかりの声を張り上げた。
「We are Fractal Lily!!! And We Play HEAVY METAL!!!!」
その宣言と共に放たれたラストの爆音は、疑念を抱いていた全ての観衆を、その音圧だけで後方へとのけぞらせた。
直後、ステージ袖からJUPITERのクレナイが野獣のような笑みを浮かべて乱入。
二人の歌姫が一本のマイクを奪い合うように咆哮を重ねる姿に、観客は理性を失い、泥まみれになりながら次々と宙を舞った。
続けて
興奮冷めやらぬ中、バトンを受け取ったJUPITER。
彼女たちの音は、リリーが切り裂いた空間に「巨大な楔」を打ち込むような圧倒的な貫禄だった。
レイのギターが放つ、一音一音が重戦車の砲撃。ジョーベースが刻む、軍隊のような鉄のグルーヴ。
「これが……日本の誇る『純粋な鋼鉄』か!」
言葉の壁は完全に消え去った。
8万人の観衆が、JUPITERの放つ大人の色気と重厚な音圧に平伏する。
そしてクライマックス。クレナイが観客を射抜くような鋭い視線で叫びを上げる。
「We are JUPITER!!! And We Play REAL HARD ROCK!!!!」
その誇り高き咆哮に、リリーの琴音が狂気的なハスキーシャウトで応え、ステージへと駆け戻った。
「Last song!! Burn your heart to the ground!!」
クレナイの重厚な咆哮を、琴音が突き抜けるような高音で切り裂く。
経験に裏打ちされた王者の風格と、全てを喰らい尽くそうとする新星の飢餓感。
二つの才能が火花を散らし、互いを高め合う様は、まさに「神話」の目撃だった。
演奏後。泥と汗にまみれ、肩を組む10人の女性たち。
その前には、かつての軽蔑は微塵もなかった。あるのは、喉が裂けるほどの「We want more!!」のコールと、尊敬を込めて掲げられた数万本の拳だけだった。
「……見たか」
ユキはカメラのモニター越しに、日本で深夜に中継を見守っているはずのサキへ、そして世界へ向けて呟いた。
「これが、俺たちのメタルだ」
ワッケンの大地に深く刻まれた彼女たちの轍。
それは、資本の力でも流行の波でも決して消すことのできない、新たなる伝説の第一章となった。




