35音目 伝説への招待
世界を揺らす数分の衝撃
それは、一本のリアクション動画から始まった。
「Holy shit... なんだこの超絶技巧は!? 日本には、こんな本物のモンスターたちが隠れていたのか!」
チャンネル登録者数、数百万。世界的な影響力を持つ海外の人気音楽系YouTuberが、あの大晦日の『JUPITER vs Fractal Lily』のライブ映像を絶賛したのだ。
その動画は瞬く間に世界中のメタルヘッズ、そして音楽愛好家たちの間で爆発的に拡散された。
「ビジネスじゃない、魂の音だ」「17歳の少女がこのピッキング? 信じられない」
英語、ドイツ語、スペイン語。無数の言語で称賛のコメントが溢れ、動画再生数は数日のうちに数百万を突破。今やその勢いは、不動の王者フィリアの数字に肉薄するほどに膨れ上がっていた。
都内の高級マンション。
鏡の前で完璧なメイクを整えていたフィリアのアイリは、スマートフォンの画面を無表情で見つめていた。
「……そう。ようやく、数字が実力に追いついてきたってわけね」
その瞳には、かつての余裕に加えて、本物の好敵手を迎える「狩人」の鋭い光が宿っていた。
一方、MADのスタジオでは、ゼットがスマホを放り投げ、両手を派手にならした。
「ぎゃはは! 来たな! 時代がようやくあいつらに追いついたぜ!」
「夏フェスの熱狂が冷める前に、最高のライバルが現れたわね」
ユーカやネオも、闘争本能を剥き出しにして楽器を構え直す。
アゼリアが誇る3バンドにも激震が走っていた。
SUGAR★RUSHはライブの合間に困惑し、VIVID BEATは焦燥を隠せず、PRISM☆DIVAは自分たちの「作られた輝き」と、画面の向こうで荒ぶる「本物の歪み」の差に、言葉を失っていた。
アゼリアの最上階オフィス。
窓の外に広がる冬の東京を眺めながら、サキは深くため息をつき、手元のスマホをデスクに放り出した。
「……気づかれたか」
その瞳の奥にある炎は、苦々しい屈辱に燃えている。
技巧派のバンドは、ひとたび海外で火がつけば国境を越えて瞬く間に拡散される。
もし自分が彼女たちをプロモーションしていたなら、真っ先にその「世界戦略」を選んでいただろう。
地道なライブ活動と「現場の熱」に重きを置くMM2の神崎には、欠けていたはずの視点。
だが、その愚直なまでの積み重ねが、結果として世界中の「本物志向」のファンを撃ち抜く弾丸となったのだ。
時はさらに流れ、季節は10月。
涼やかな秋風が吹く東京。MM2の神崎と、キュアの西野。二人の敏腕マネージャーの手元に、一通のメールが届いた。
その送信元を見て、二人は同時に、震える手で受話器を取った。
「……ユキ、リリーの全員を集めろ。……とんでもないことになったわよ」
それは、ドイツから届いた「伝説」への招待状だった。
『Wacken Open Air』。
世界最大、最高峰のメタルフェスティバルからの、正式な出演オファー。
JUPITER、そしてFractal Lily。
日本の地下から響いていた鋼鉄の咆哮が、ついに世界の中心へと突き刺さる。
音楽業界の激震は、もはや日本という枠を完全に超え、巨大なうねりとなって加速し始めた。




