34音目 黄金の進撃
黄金の進撃と、変わりゆく季節
季節はまた巡り、再び焼け付くような夏がやってきた。
年明けにアゼリアのサキが放った「黄金の包囲網」は、瞬く間にガールズバンド界の地図を塗り替えていた。
SUGAR★RUSH、VIVID BEAT、PRISM☆DIVAの三組は、メジャー顔負けの資本力を武器に、怒涛の勢いでライブ動員とCDセールスを更新。
今や絶対王者フィリアの背中を捉えるほどの熱狂を日本中に巻き起こしていた。
一方で、メタル部の風景にも確かな時間の流れが刻まれていた。
生徒会長として部を支えていた雫は、惜しまれつつも高校を卒業。大学へと進学し、以前のように毎日顔を合わせる機会は少なくなったが、その絆が途切れることはなかった。
かつてユキを目の敵にしていた軽音部部長も卒業していったが、その後の進路を知る者はいない。
正直なところ、今のメタル部に彼の不在を惜しむ余裕などなかった。
部室には、彼女たちの活躍に憧れた新入生が数名入部していた。
そこはかつての「はみ出し者の溜まり場」から、真摯に楽器と向き合う「音楽教育の場」へと、本来の部活動らしい平穏を取り戻しつつある。
だが、ソファで相変わらず酒の匂いをさせて微睡んでいる百合先生の姿だけは、変わらぬ部の象徴としてそこにあった。
放課後や週末、ユキとメンバーたちは変わらず聖地『STARS ROOM』のステージに立ち続けていた。
JUPITERと共に鳴らし続ける硬派な音は、インディーズチャートでそこそこの数字を維持してはいたが、アゼリアが作り出した巨大な濁流の前では、どこか静かな孤島のようにさえ見えた。
格付けの固定
現在のガールズバンド業界は、残酷なまでの数字によって明確なランク付けがなされていた。
S級: フィリア(絶対王者)
A級: アゼリア3バンド(新進気鋭の巨大勢力)
B級: MAD(夏フェスを席巻するラウド界の顔)
C級: JUPITER、Fractal Lily(技巧派インディーズ)
特に上位4バンドのCDセールスは驚異的で、オリコンチャートの上位を独占。
MADは各地の夏フェスでメジャーバンドを相手に一歩も引かぬ立ち回りを見せ、ラウドロックの象徴として爆発的なバズを巻き起こしている。
対照的に、技巧を突き詰めるJUPITERとFractal Lilyの二組は、世間的には「一歩遅れた存在」と見なされるようになっていた。
あの大晦日、死力を尽くして鳴らした伝説のツーマンライブでさえ、今では「アゼリア3バンドの躍進を演出するための前座に過ぎなかった」という心ない声さえ囁かれ始めている。
太陽が沈みかけ、熱気を帯びた部室の隅で、ユキはスマートフォンの通知音に目をやった。
世界は数字と流行に支配されている。
本物の音が、資本という名の暴力にかき消されていく焦燥感。しかし、その夜、海を越えた場所から一石が投じられた。
チャンネル登録者数、数百万。世界的な影響力を持つ海外の人気音楽系YouTuberが、一本のリアクション動画をアップロードしたのだ。
画面に映し出されたのは、あの日、スターズルームで火花を散らしたJUPITERとFractal Lilyの演奏シーン。
「Holy shit... なんだこの超絶技巧は!? 日本には、こんな本物のモンスターたちが隠れていたのか!」
大げさな身振りで、しかし真剣な眼差しで、彼は二つのバンドが織りなす「鋼鉄の調和」を絶賛し続けた。
「これはビジネスじゃない、魂の音だ。皆、今すぐこの歴史的な瞬間をチェックしてくれ!」
動画の再生数は、投稿からわずか数時間で、世界中のメタルヘッズや音楽愛好家たちの間で爆発的に拡散され始めた。
停滞していた空気が、再び唸りを上げて動き出す。
黄金の包囲網を切り裂く、鋼鉄の逆襲。その予兆は、真夏の夜風と共に静かに、しかし確実に吹き始めていた。




