33音目 黄金の包囲網
新学期の微熱と、静かな昼休み
1月、冬休みが明け、新学期が始まった。
校舎の中庭にあるベンチでは、学外者の凛を除くメンバーたちが集まり、冬の柔らかな日差しの中で昼食を摂っていた。
「……ユウナ。その、卵焼き、食べるか?」
「……あっ、うん。ありがとう、ユキくん」
どこかよそよそしく、ぎこちない手つきで箸を動かす二人。
3日の初詣以来、二人の間には薄氷を踏むような、しかしどこか甘い空気が漂っている。
「あらあら。お二人さん、随分と『奥ゆかしい』距離感ですこと」
レイラが優雅に紅茶を啜りながら、扇子の陰でニヤニヤと笑みを浮かべる。
「本当ねぇ。青春してるわねぇ。先生、見てるだけで胸焼けしそうよ」
隣で学食のカレーを掻き込む百合先生の下世話な視線に、ユキは居心地悪そうに視線を泳がせた。
その時、ユキのポケットでスマートフォンが激しく震えた。マネージャーの神崎からだ。
「……はい、神崎さん。……えっ?」
電話越しの神崎の声は、かつてないほど切迫していた。
「ユキ、今すぐ音楽ニュースを見なさい。……やられたわ」
ユキが震える指でブラウザを開くと、そこにはスマートフォンの画面を焼き切らんばかりの派手な見出しが並んでいた。
『大ガールズバンド時代の到来! 大手アゼリア、3バンド同時インディーズ契約発表』
アゼリアのサキがついに動いたのだ。
SUGAR★RUSH、VIVID BEAT、PRISM☆DIVA。
かつて四天王候補としてリリーに煮湯を飲まされた3バンドが、アゼリアの巨大資本を背に、正式なインディーズ契約を締結。
「現在の四天王を全員引きずり下ろす。この三組こそが、次世代の真の覇者だ」
記事の末尾には、サキによる傲慢なまでの宣戦布告が堂々と記されていた。
「……何よ、このクオリティ」
雫が声を震わせる。
ニュースと同時に公開された3バンドのプロモーションビデオ(PV)は、インディーズの枠を完全に逸脱していた。
メジャー一線級のクリエイターを起用したハイクオリティな映像。洗練された新しいバンドロゴ。SNSを意識したキャッチーな仕掛け。
アゼリアは、資本の力で「人気を約束された未来」を強引に作り上げていた。
興奮冷めやらぬ翌日、アゼリアはさらなる爆弾を投下した。
2月、ガールズバンドの聖地にて開催される3バンド合同のスリーマン対バン企画。
タイトルは、『異種格闘技戦・大ガールズバンド時代!!』。
さらに同日、3バンド一斉のインディーズアルバム発売も告知された。
「……数時間で30万再生突破……?」
琴音が画面を見つめたまま呆然とする。PVの再生数は、リリーが地道に積み上げてきた数字を、数時間で軽々と抜き去っていた。
その期待値は、もはや絶対王者フィリアに次ぐ勢いへと膨れ上がっている。
都内のスタジオ。ニュース映像を睨みつけながら、MADのゼットが不敵に笑い、スティックを指先で回した。
「……面白ぇじゃねぇか。アゼリアの魔女が、本気でガールズバンド界を買い叩きに来たってわけだ」
「夏フェスの前に、片付けるべき敵が増えたわね」
ユーカやネオも、闘争本能を剥き出しにして楽器を構え直す。
ガールズバンドならではの華やかさと、ストリートの荒っぽさが混ざり合う熱い空気がスタジオを満たした。
一方、JUPITERのスタジオでも、冷徹なまでの闘志が静かに燃え上がっていた。
「……資本力でねじ伏せるのがサキのやり方。だが、最後に残るのは本物の『音』だけよ」
ジョーがベースの弦を叩き、レイがピックを握りしめる。
「受けて立つわよ、大ガールズバンド時代。……偽物の輝きを、私たちの歪みで焼き切ってあげる」
アゼリアが放った黄金の包囲網。
かつてない荒波が、リリーたちの「鋼鉄の航路」を飲み込もうとしていた。




