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32音目 鋼鉄の胎動


参道の喧騒


1月3日。正月の浮かれた空気も落ち着き始めた明治神宮。


冷え切った空気の中、人混みを縫うように歩くユキとユウナの間には、拳ひとつ分の、もどかしい距離があった。


「……あの。三日になっちゃったけど、初詣、来られてよかったね」


「……ああ。人混み、すごかったな」


ぎこちない会話。ユキは正面を見据えたまま、耳たぶを赤くしている。

隣を歩くユウナは、新調した白いコートの袖をぎゅっと握りしめ、時折、期待に満ちた潤んだ瞳でユキを盗み見ていた。


そんな二人を、十数メートル後方から見守る影がある。


「……ったく。あいつら、大晦日のステージの殺気はどこへ行ったんだよ」


呆れ顔で呟く凛の横で、ワンカップを片手に持った百合先生が深く頷く。


「もどかしいわねぇ。もう付き合っちゃえよ。先生が婚姻届の書き方教えてあげようか?」


「縁起でもねぇこと言うなよ!」


そのさらに後ろでは、大晦日に和解したばかりのレイラ一家と雫一家が、穏やかな表情で歩いていた。

かつての刺々しさは消え、親同士が「あの子たちが、あんなに一生懸命になれるものを見つけて……」と感慨深げに語り合う、円満な光景が広がっている。


お茶の間への「宣戦布告」

その頃、全国のお茶の間では「事件」が起きていた。


朝のワイドショーで大晦日の『鋼鉄の聖戦』が特集されたのだ。

三が日の朝、画面に映し出されたのは、ダイブとモッシュの嵐、それとは対照的な、男子メタラー顔負けの超絶技巧を叩きつける女子高生たちの姿。


「……これ、本当に女の子たちが弾いてるの?」


「時代に取り残されたジャンル」と揶揄されていたヘヴィメタルとハードロック。


その剥き出しの熱量に、コアな音楽ファンだけでなく、大衆がようやく「本物」の存在に気づき始めていた。


SNSは元旦から今に至るまで、リリーとJUPITERのワードで埋め尽くされ、トレンドを独占。

勝ち負けを超えた、二つのバンドによる最高峰の競演として、伝説の幕開けを告げていた。



本殿を前に、思いがけない一行と鉢合わせた。

フィリアの5人だ。

正月らしく華やかな装いの彼女たちは、一般客の中でも異彩を放っていた。


「あら、おめでとう。大晦日のスターズルーム、私たちも現地で観ていたわよ。……なかなか、楽しませてもらったわ」


センターのアイリが、あざといまでの完璧な笑顔で歩み寄る。売上50万枚、不動の頂点に君臨する王者の余裕。


「でも、早く私たちの足元まで追いついてきてね。……ステージの上で待ってるから」


その言葉には、素直な称賛と、圧倒的な格の違いを見せつける残酷なまでの自信が同居していた。



帰り道。夕暮れ時のユウナの自宅前。

街灯が点り、二人の影が雪の残る路面に長く伸びる。


「……ユキくん、今日はありがとう」

「……ああ。……あのさ、ユウナ」


ユキは意を決して、一歩踏み出した。イブの夜に預けられた、あの「約束」の重みが胸を叩く。


「……お返し」


蚊の鳴くような声と共に、ユキはユウナの白い頬に、ぎこちなく唇を寄せた。


「――っ!?」


ユウナの顔が一瞬で林檎のように真っ赤に染まる。彼女は「あ……う、うぅ……!」と震える声を出したかと思うと、脱兎の如く玄関へと退却してしまった。


バタン、という激しいドアの音。

残されたユキは、自分の心臓の音に追いかけられるように、逃げるようにその場を去った。


激動の予感

一方、MADのメンバーたちはスタジオで、酒盛りを兼ねた「新年会」を繰り広げていた。


「リリーもJUPITERも、いい仕事したわね。……だが、次はウチらの番よ」


ゼットがジョッキを掲げる。ガールズバンドならではの華やかさと、ストリートの荒っぽさが混ざり合う熱い空気。


「夏フェス……メジャーシーンのラウドロック野郎どもを、全員まとめて蹴散らしてやろうぜ!」


「当然! 徹底的にブチ壊すわよ!」


ユーカやネオの気合の入った声が、防音室に響く。


そして――。


アゼリアのオフィスでは、三が日早々、サキが冷徹な筆致でプレスリリースの最終確認を行っていた。


彼女の手元には、契約を済ませた3バンドのロゴが並ぶ。

SUGAR★RUSH、VIVID BEAT、PRISM☆DIVA。


「さあ、始めましょうか。ガールズバンド界の『再構築』を」


年明け早々、音楽業界を揺るがすビッグニュースの投下準備は整った。


平和な正月は、嵐の前の静けさに過ぎなかった。

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