31音目 純粋な音楽
聖地の胎動、交錯する視線
12月31日。大晦日の『STARS ROOM』は、開演前から異常な熱気に包まれていた。
フロアを見渡せば、この1年のガールズバンドシーンを象徴する顔ぶれが揃っている。
最前列付近には、私服姿ながらも圧倒的なオーラを放つフィリアの5人が。
アイドルの仮面を脱いだ冷徹なプロの目でステージを睨みつけている。
その後方では、MADの面々が「暴れる準備はできてるぜ」と言わんばかりに不敵に笑い、肩を回していた。
四天王候補から陥落したSUGAR★RUSH、VIVID BEAT、PRISM☆DIVAの3バンド、さらには大阪から駆けつけた**『通天閣デスラップ』のケンジたちの姿まである。
音楽雑誌の編集者たちが手帳を握りしめ、かつての絶対王者『Killer』**の元メンバーたちが静かに酒を煽る。
その喧騒の中、百合先生が4人の男女を連れてフロアに入ってきた。雫とレイラの両親だ。
「……先生。本当に、あの子たちがここで……?」
厳格な家庭環境ゆえにバンド活動を猛反対していた彼らを、百合先生は数ヶ月かけて説得し続けてきた。
今日の彼女はジャージではなく、一人の「教師」として、教え子の晴れ舞台を見せるために彼らの手を引いている。
「見ていてください。これが、お二人の娘さんが選んだ『本物』です」
先行、鋼鉄の猛攻
暗転。地響きのようなSEと共に、Fractal Lilyがステージに現れた。
全10曲。構成はツアーで磨き上げた殺傷能力の高いメタルナンバーの連打だ。
1曲目、凛の高速ツーバスが心臓を直撃し、フロアの空気を一瞬で「メタル」の色に塗り替えた。ユウナの重厚なダウンピッキングと、レイラの稲妻のようなリードが火花を散らす。琴音のシャウトは、かつてないほど高く、鋭く、聖地の天井を突き抜けた。
「……っ、なんだ、この圧は!」
最前列にいた音楽ライターが息を呑む。地方ドサ回りで鍛え上げられた彼女たちの音には、もはや迷いがない。
中盤、代表曲『Fractal Chaos』が始まると、フロアは完全に決壊した。
MADのゼットやジンが真っ先にクラウドサーフを敢行し、大阪の荒くれ者たちが巨大なモッシュの渦を作る。
ダイブした観客の手が、ステージ上のメンバーに届きそうなほどの熱狂。
最後尾。
轟音の中で、雫とレイラの両親は立ち尽くしていた。
爆音に耳を塞ぐことも忘れ、ステージの上で誰よりも輝き、咆哮し、楽器をかき鳴らす愛娘の姿。
「……あんな顔、家では一度も……」
厳格だった父親の目からも、一筋の涙がこぼれ落ちる。
そこには「不良の遊び」ではなく、命を削って何かを表現しようとする表現者の姿があった。
隣で、百合先生は優しく、誇らしげに微笑んでいた。
継承されるピック
演奏を終え、汗だくで袖にはけるリリーの5人。そこへ、後攻のJUPITERが姿を現した。
「……最高のステージだったわよ。小娘たち」
リーダーのクレナイが、プロデューサーであるユキの肩を叩き、ガッチリとハイタッチを交わす。
ギタリストのレイは、肩で息をするレイラの前に立つと、彼女の手に握られていた使い古しのピックを指差した。
「それ、一枚貸して。……今日は、これで弾くわ」
「……! はいっ、喜んで!」
憧れの先輩からの、最大の敬意。
レイはレイラのピックを愛機に滑らせ、余裕の表情で戦場へと踏み出した。
王者のハードロックショー
JUPITERの演奏が始まった瞬間、空気の質が「熱」から「重圧」へと変わった。
一糸乱れぬ完璧なアンサンブル。
メトロノームのように正確でありながら、一音一音が重戦車の砲撃のように重い。
これが四天王ナンバーワンの技巧を誇る、ベテランの音だ。
「……速いだけじゃない。休符の一音にまで、重みがある」
ユキは袖で、レイの指使いから目を離せずにいた。
序盤から代表曲を惜しみなく投入。
クレナイのハスキーな声が、会場全体を支配していく。
フロアはヘドバンとダイブの嵐に飲み込まれ、カオス状態に陥る。
最前列のパンクスたちが、彼女たちの音圧に圧倒され、恍惚とした表情で拳を突き上げていた。
そしてラスト。
激しい熱狂の果てに奏でられたのは、魂を揺さぶる重厚なバラードだった。
ハードロックの力強さを保ったまま、クレナイが震えるような繊細さで歌い上げる。
「――この夜が、いつか伝説になるように」
その旋律は、ダイブしていた観客も、冷笑を浮かべていた編集者も、そして反対していた両親たちの心をも等しく震わせた。会場全体が、言葉にならない感動の涙に包まれていく。
勝ち負けなど、もはや誰も気にしてはいなかった。
大晦日の夜。オワコンと嘲笑われたヘヴィメタルとハードロックが、手を取り合って音楽界全体に盛大な喧嘩を売った――。
後に「鋼鉄の聖戦」と語り継がれる伝説のツーマンは、鳴り止まないアンコールの声の中で幕を閉じた。




