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30音目 聖夜の約束


狂乱の招集


12月初旬。MM2事務所の会議室には、重苦しいほどに濃密な空気が漂っていた。


「……いい、落ち着いて聞きなさい。これは『チャンス』なんて言葉じゃ片付かない、劇薬よ」


神崎がテーブルに叩きつけたのは、ライバル事務所『キュア』のロゴが入った一冊の企画書。それを見たユキの目が、驚愕に見開かれた。


「JUPITERとの……ツーマンライブ……!?」


「しかも場所は『STARS ROOM』。日付は大晦日よ」

メンバーの間に激震が走る。


JUPITER。正確無比な技巧と圧倒的なキャリアを誇る、ハードロック界の絶対王者。

本来、結成1年にも満たないFractal Lilyが並び立てる相手ではない。


年末定休日だった聖地を、キュアのマネージャー西野が莫大な費用を投じて強引にこじ開けたのだという。

そこにあるのは、フィリアやMADの躍進に対する、ベテランゆえの剥き出しの「焦燥」だった。


「事務所同士は既に握ってるわ。オワコン扱いされているメタルとハードロックを、もう一度メジャーのド真ん中に引きずり出す……。そのための、骨肉の争いよ」


先輩の背中、後輩の覚悟


「……JUPITERと、同じステージに」


レイラが震える指先で企画書をなぞる。彼女にとって、JUPITERのギタリスト・レイは、その背中を追い続けてきた象徴だ。


四天王の中でも、演奏スキルにおいては間違いなくナンバーワン。

華やかさで売るフィリアとは対照的な、現場主義の硬派バンド。


「光栄ですわ。……いいえ、武者震いが止まりませんことよ。あの方々の完璧な旋律を、私たちの重低音で塗り潰せるなんて!」


リリーの面々は、その場で承諾を即答した。

憧れを殺し、ライバルとして喰らい付く。

対JUPITER用の、殺傷能力に特化したセットリスト構築が始まった。



一方、キュアの事務所内。


JUPITERのメンバーもまた、険しい表情でホワイトボードに向かっていた。


「……新しい芽は、一番勢いがあるうちに摘んでおくのが礼儀よね」


リーダーのクレナイが不敵に笑う。


「ええ。最高のライバルとして、完膚なきまでに叩き潰してあげるわ」


ベテランの意地と、新星の勢い。


大晦日の聖地は、かつてない熱量に包まれようとしていた。


嫉妬の部室、躍進の影

同時刻、MADは来夏のフェス制覇に向け、スタジオに籠もって新曲の錬成に励んでいた。


一方、学校の軽音部部室では、不穏な空気が渦巻いている。


「……チッ、インディーズ契約だと? 運が良かっただけのメタル部が、調子に乗りやがって」


部長の男が、スマホに映るリリーの記事を忌々しげに睨みつける。


自分たちが燻っている間に、見下していたユキたちが遥か高みへ登っていく事実が、彼のプライドをズタズタに引き裂いていた。




時は流れ、12月24日。クリスマスイブ。

メタル部の部室の外では、珍しく粉雪が舞い始めていた。


「よーし、今日はここまで! ほら、ユキとユウナ。あんたたち、さっさと帰りなさいよ」


練習後、凛がニヤニヤしながら二人を部室から追い出した。背後ではレイラが優雅に手を振り、雫と琴音が顔を真っ赤にしてソワソワしている。


「先生、あんたも彼氏いねーのかよ! 寂しく部室で酒飲んでんじゃないわよ!」


「……うるさいわねぇ。先生はね、ビールという名の恋人がいるからいいのよ! ほら、若者は行け行け!」


百合先生の自虐混じりの怒声に送られ、二人は夜の校門を抜けた。


静まり返った帰り道。街路樹のイルミネーションが、降り積もる雪に反射して幻想的な光を放っている。


「……雪、積もるかな」

「……そうだね」


会話は続かない。冷たい空気の中、二人の間に流れる沈黙は、切なく、どこか甘い。

ユキは隣を歩くユウナの体温を、これまでにないほど近くに感じていた。


ユウナの自宅前。街灯の下、ユキが足を止める。


「じゃあ、また明日。……メリークリスマス」


手を振って背を向けようとした瞬間。


「……ユキくん」


柔らかな感触が、ユキの頬を掠めた。


驚いて振り向くユキの目の前で、ユウナが少しだけいたずらっぽく、そして真剣な瞳で微笑んでいた。


「……JUPITERに、私たちが勝てたら。その時、お返しをくださいね」 


粉雪の中で立ち尽くすユキを残し、ユウナは小走りで家の中へ消えていった。


頬に残る熱と、大晦日の決戦。



少年の胸の中で、冷たい冬の夜が、静かに、激しく燃え始めた。

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